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第四話 紋章術

 次の日の朝。菊花も含めた異邦者たちは宿舎にある大広間で集まって朝食を食べた後、今日の簡単な予定が告げられた。

 それは――紋章術の簡単な講義だ。この世界では基本的な技術である紋章術を、この国でも有名な神官たちがわざわざ来て教えてくれるらしい。


 その講義は強制ではないのだが反対をする者など誰もいなかった。

 仮とはいえ、覇王を斃すと決めた異邦者たちにこの世界で生きていくための力は必須だ。それの基礎を教わる講義を休んで、自力で紋章術を使おうとする馬鹿など誰もいない。昨日に自らの紋章に目覚めた人も、どうにか紋章術を使おうとしたのだが上手く行かなかったらしい。


 異邦者たちは一人の凛々しい貴族の男の案内の元、教師の用意された一角に集まった。ここは城内などの建物の中ではない。外だった。城から少し離れた場所にある広い草原の上だった。近くには花畑や果樹園などもある。なんでも最初に紋章術を使う人の多くは暴走する人も多いようで、外で行えば被害が少なく都合がいいみたいである。そんな場所で違法者たちは、燕尾服のように動きづらい服ではなく、下がだぼっとした綿製のズボンに上は前をボタンで止める分厚いシャツのような服装をしていた。


 異邦者たちがそこに着いて数分経つとすぐに神官たちは来た。

 もちろんその中にはエレンシアも含まれており、十人ほどいる。どうやら幾つかのグループに別れて教えるようだ。また彼らの後を追うようにして女中や執事が大量の手袋を持ってきた。それは皮製だが遠目でも甲の辺りに円の中に三角形や四角形などの模様が描かれており、紋章術を使うために用いられるのだろうと菊花は簡単に予測できた。


「それでは幾人かに別れましょう。ですが……」


 エレンシアはそこで話を止めて、菊花や菫などを見た。

 その数は六人。

 誰もが“刺青”を持つ者だった。


「……あの……少し言い難いんですけど……黒い印を持つ方々は外れて貰ってかまいませんか?」


 エレンシアは節目になりながら言った。


「何故ですか?」


 そういったのは、菊花と同じ学生の刺青持ちだった。


「実は……その印を持つ者は……紋章術を使えないんですよ」


 エレンシアは声を喉から捻り出しているようだった。


「えっ――」


 先程の質問をした者の顔色が悪くなる。


「わざわざここまで来てもらって申し訳ないと思います。ですが、その紋章を持つ者は、紋章術の一切の類を使えません。もし疑うのであれば、参加してもらっても構いませんが……おそらく、発動はできないと思います」


 エレンシアは断言した。

 それに意義を唱える異邦者はいなかったが、わざわざ自室に帰る異邦者もいなかった。地球でいうところの魔法のような技術である紋章術に期待が高まってそれを見たいと思ったのかもしれないし、もしくは自分の手で行うまで信じられないといった人もいるのだろう。


 エレンシアは全員が話を聞くことを確認してから、紋章術の簡単な概要を総括して話しだした。

 その話を纏めると、この世界には空気に“オド”が含まれているらしく、人はそれを呼吸によって体内へと取り込んで紋章に流すことによって紋章術は発動するらしい。気を取り込める量や蓄蔵する量は人によって違うらしく、その差が紋章術師を分けるとのこと。


 だが、どれだけ紋章術が下手な一般人でも、基本的な紋章術なら使えるらしく、今日はそれを使う特訓をするみたいだ。

 それが――あの手袋だった。

 どうやらあれに気が流れると、僅かに発光するらしく、それによって紋章術のさわりだけを味あわせようと思ったらしい。

 念のため、刺青を持っている菊花たちにもその手袋は回されて菊花もそれを受け取った。


 それからも異邦者の訓練はずっと続いた。

 ほぼ全員がエーテルの感覚を身に付けたみたいだ。それはというのも、用意された神官と握手をして、手を介して無理矢理エーテルを流してもらい、それを利用して手袋を発光させるという手段を用いたのだ。最初は気を流されても上手く制御できず手袋に到着する前に霧散してしまった者達も、やがて何度も流してもらっているうちにその感覚を――五感とも違う新たな感覚を手に入れて、ホタルのように乏しい光だったが僅かながらも発光することはできた。発光ができないとしても、身体に血とは別の熱いものが流れて、オドの感覚を知ることだけは出来たらしい。


 それを行えなかったのは六人――菊花も含めた刺青を持つ“罪人”だけだった。

 そこで、菊花は異変に気付いた。

 昨日会った両崎茂の姿がどこにも見えなかったのだ。

 菊花は宗敦と秀、それに菫とグループを組んで男の神官に教わっていたのだが、菊花と菫が紋章術を発動できない以前に、神官から厳しい目つきだったのは気にしない。他のグループにもそんな者は数人いたからだ。


 罪人たちは他の異邦者たちとは違って、神官にオドを流してもらってもその感覚を身につけることが出来なかったため、徐々にグループから外れていったが、その人数が合わない。手袋を外して、紋章術を用いようとしていないのは菊花もふくめて 六人だったのだ。

 それに気付いた菊花は、もう一人を探すように異邦者たちを探して残りの一人を見つけるが、それがどこにもいなくて、両崎茂だったことに気がついた。


 心臓が早鐘を打った。

 だが、まだ部屋に残っているという可能性もある。

 今日の講義は自主参加だ。

 まだ、参加していないという考えも頭に過ぎった。

 ならば、あの屋敷にいるのではないか、と菊花は考えた。

 そして菊花は近くに待機していた女中に話しかけて、両崎茂のことを聞いたが、知らないとのこと。

 そこで――貴族の一人が菊花へと近づいた。

 男だった。


「どうしたのかね?」


 その男は美男子だった。

 鮮やかに映えた金髪が太陽のように眩しい。目顔の造形は整っていて、笑顔の時に見せる歯は貝殻の裏側のように白かった。

 昨日ずっと菊花達を取り囲むようにいた貴族の一人である。


「両崎茂という、三十代ぐらいの人は知りませんか?」


「どんな人なんだね?」


「昨日、最初に黒い刺青が発生して、倒れこんだ人です」


「……知らないな」


 その男は首を横に振った。


「分かりました。ならば、屋敷に帰ることは出来ますか? ちょっと彼と会って話したいことがありますので」


 菊花がそう言うと、貴族の男が喋る前に女中が声を出した。


「……あれ、今、屋敷には誰もいないはずですよ。私達女子衆一同屋敷全ての掃除をしましたが、誰もいませんでしたから。気になるようでしたら他の女中も呼びましょうか? おそらく同じ答えが帰ってくると思いますが」


 女中の言葉に目の前の貴族は顔色を変えない。

 むしろ顎を擦って悩むように言った。


「ほう。ならば、君たちのお友達の一人が、この辺りからいなくなったようだね。どこに行ったのだろうか? 心配だから探しておくよ」


「どこに行ったか心当たりがあるんですか?」


 菊花が素直に尋ねると、男は残念そうに首を横に振った。


「さあ。僕に心当たりはないがね。念のため、門番などにそのような男の出入りがないか聞いとこう」


「……お願いします」


「分かった。こちらも全力で探すよ。ああ。そうだ。僕の名前を教えておこう。僕の名前は、トルべ・フェアファクス。短くトルベ、とでも呼んでくれ」


「俺の名前は菊花です」


「よろしく頼むよ」


 トルベは決して手を差し出そうとしない菊花の右手を強引に取って、両手で強く握って大きく振った。

 その顔には笑顔が貼り付けられていた。


 その後、すぐに昼食の時間となった。

 菊花は両崎の件もあってか、あまり喉に食物が通らなかったが、その心配は見事当たってしまった。

 菊花は食事後に城内にあるトルベの私室に呼び出された結果、多くの者を動員させて異邦者を探したらしいが、その足取りも見つけられないと言われた。門番もそのような人物は見ていないようだ。また両崎の部屋と思われる場所も探したらしいが、中には私物すら発見できず、最初の状態が続けられていたので女中からは無人の部屋として処理されていたらしい。

 菊花はその話を受けて、様々な考えが頭を過ぎった。

 それと同時に、トルベがこう話を付け足したのだ。


「――ただね、これは僕の調べた話なんだけど、どうやらどこからか情報が漏れているようでね、君たちのことを狙っている組織もあるようだ。特に覇王の一味は聖痕スティグマが現れた者を非常に警戒している。僕達も君たちが強くなるまでの警護は精一杯頑張るつもりだが、できれば君たちも注意してくれるといい。“何か”があってからは遅いからな。」


「……分かりました。ところで、お聞きしたいんですけど、トルベさんはこのことを皆に発表しますよね?」


 菊花の質問にトルベは少し考えてから頷いた。


「ああ。するつもりだよ。だが、今晩というわけにはいかないね。僕達にも調査がある。このことを詳しく調べて、侵入経路などを探さなくてはいけない。だがね、もしこのことが公になれば、君たちは混乱するだろう。中には比較的安全なここから抜け出す人もいるかも知れない。僕はできるだけそれを避けたい。だから解決するまで、君はこの件を黙っていてくれないか?」


 トルベの提案に菊花は少しだけ悩んでから口を開いた。


「分かりました。ですが、俺以外の人に遠回しには注意するべきだと思います。そういうのが無いのとあるのでは全然違いますから」


「分かった。そうしよう。僕のほうから夕食時にでも遠回しに伝えるよ。それじゃあ、僕は新たな仕事が出来たから、また気付いたことがあったら行ってくれたまえ」


「分かりました。わざわざありがとうございました」


 菊花は軽く会釈してから部屋を出て行った。

 もちろん向かうのは午前と同じ場所だ。どうやら午後も異邦者たちはまだ紋章術の訓練をするようで、全員がそれに参加しているとのこと。菊花はそれに混じっても意味はないのだが、瑠奈に菫の世話をお願いしたために様子を見に行ったのもある。またそこに行く以外に用事がないというのも理由の一つだった。

 そして何よりも――菊花は一人でいることに少しの恐怖を感じていたのだ。


 その日の晩、夕食時にトルべは異邦者たちに遠回しに屋敷内などでも気をつけることを言ったが、誰も真剣には捉えていないようだった。漠然と注意することだけを言ったので、現実味が無かったのだろう。

 ただ、菊花は友達だけには今日あったことを細やかに言っていた。

 もちろんそれは菫、瑠奈、宗敦、秀の四人だった。

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