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第二十話 蒼天教

「――いたぞっ!」


 現れたのは黒装束の男たちだ。

 フードを被りながら仮面を被っているので、七罪教団かニレイムの者のどちらかは、菊花には分からなかった。その仮面は木製であるが、中央に大きく二重丸が描かれている。

 だが、目の前にいる“敵”の目が滾っていることには気がついた。例え木製の仮面に隠れていたとしても。

 彼らの誰もが剣を持ちながらこちらへと向けてくる。木々に隠れてよく見えないが、今のところ確認できるのは人数にしては六人ほど。すぐにでもこちらに斬りかかってきそうだ。


「罪人め! 罪人め! お前は罪を犯したのだぞ!」


 その中の一人が菊花を見て、呪いのように呟きながら斬りかかる。

 菊花はすぐに一歩後ろへ下がって、手で菫とプリシラを庇いながら黒装束の男たちを睨んだ。

 剣を空振りした男はそれ以上追いかけることはなく、ゆっくりと三人を囲うように追い詰める。周りは木々ばかりで隠れ場所は多いが、逃げるとなると多くの植物に邪魔されて大変だ。特にこの森には“食人植物”がいるのだから。


「さあ、その子を渡してもらおうか?」


 先ほど斬りかかった者とは別の男が、ニヤけた表情で菊花に言った。

 その時、彼らが七罪教団の者達なのではなく、ニレイムから来た刺客なのだと分かった。


「待て! あいつは殺すのだ! 神罰者はなんとしても殺すのだ!」


 黒装束たちの中でも一段と血気盛んな男は今にも菊花へと飛びかかってきそうだが、先程の男がそれをたしなめるように後ろへ下がるよう言った。

 それと同時に、男は菊花へゆっくりと近づきながら仮面を外した。


「君が何のためにその子を誘拐したのかは知らないが、こちらとしては、必ずその子を保護したいのだよ? 私達の城にその子の保護者がいる。彼女も――瑠奈と名乗る女性も彼女がいなくて悲しんでいるらしい。是非とも、その子を返してほしい。そうすれば、君を見逃すことも考えよう」


 仮面の下からは頬に大きな傷が見えて、優しそうな笑みを浮かべて、菫に両腕を広げながら菊花を諭そうとする。

 男の提案は至極納得できるものだったが、それはニレイムの思惑を知らなかった場合だけだ。

 今の菊花に、菫の命運をニレイムに預ける気など毛頭なかった。

実際に菫も傷の男に近づく気配はなく、菊花の腕の後ろで大人しく身を縮ませている。瑠奈の名前が出た時には瞳が揺れ動いて、思わず彼女の名前が口から出そうになったが、ぐっと堪えて菊花の後ろ姿を見据えていた。


「まあ」


 そんな話を聞いたプリシラは、フードで隠した顔の下で面白おかしく傷の男を笑う。


「君もその服装から察するに君たちも私達と同じく教会の人間だろう? 巡礼者かな? 是非とも彼を罪から救うために、君も一緒になって説得してくれないだろうか?」


 どうやらプリシラの格好は、それなりにメジャーであるらしい。

 菊花としては、白いスカートに黒いローブを着ていることしか特徴のないように思えるが、土や埃で汚れたローブの右腕へと巻き付くように七色の線が刺繍に入っている。おそらくこれが七代神教の証なのだろうか。


「……そうですね。菊花さん、どうしますか?」


 どうやらプリシラは彼らの意見に従うつもりはないらしく、黒装束の男たちからは見えないように菊花の背中の服を軽く引っ張った。

 おそらくはなんとしても逃げよう、との意思表示だった。


「……分かった」


 菊花は顔を伏せたまま言う。


「そうかい! 分かってくれたかい!」


 傷の男が嬉しそうになった時に、菊花は動く。

 体中に紫電を流し込んだ上で、自身の誇る最速の反応と最高の早さで傷の男に迫り、顔面を殴り飛ばした。

 傷の男は咄嗟に後ろへと飛んで衝撃は逃がすが、拳から流れる紫電は避けられない。傷の男は瞬間に大量の電撃が流れて、顔をやけどして、立ち尽くしたまま悲鳴を上げた。


「逃げるぞっ!」


 菊花はすぐに踵を返して、森の奥へと逃げてようとする。プリシラも菊花が逃げるより早く菫を抱えたまま、森の奥へと消えていった。

 黒装束の男たちはすぐに剣を菊花たちに向けて斬りかかるが、何よりも早く菊花はあの時の感覚を思い出す。

 トルべに雷撃を撃たれて気絶し、起きた時に感じたあの時の衝撃を再来させる。

 左腕の刺青へと入った熱い感覚が、今度は痺れへと無尽蔵に変化させて、血管を通して今度は痺れが全身に滾った。死の一歩手前の高揚を感じながら、痺れが、痛みが、この流れが、まだ菫と共に生きていることを実感させてくれる。

 そして、その全てを爆発させ。

 菊花は咆哮して。

 慣れてきた感覚とともに、全身から吐き出した。


 ――瞬間、菊花は雷光に包まれた。


 まるで天へと昇る稲妻のように。

その雷光に方向性はなく、あたり一面を無造作に破壊する。草も焼かれて、地も焦げて、立ち昇るそれは天をも貫き、上空にあった厚い雲に丸い空洞ができてそこから青空がのぞき見える。


 技の名前は――《陽の如き雷光ヴァジュラ》。

 自身の持つ烙印の新しい使い方を考える暇もなく、試す余裕もなく、苦し紛れに思いついたのが草原での記憶。あの時のことは曖昧にしか覚えていないが、確かに周りにいた獣達は雷に焼かれたように死んでいた。

 もしかしたら、あれは自分の行いによって起きたのではないかと思った。その結果、心当たりとしては全身を起爆剤とし、紫電を発散させる方法だ。

 事実、それは菊花の目論よりも上手くいった。

 範囲は狭いが、この技によって、菊花の周りにいた男の何人かが焼かれたのだから。残った人数は菊花に対しておぞましい目を向けながら呟いた。


「――化け物め」


 菊花にも当然ながらその声は聞こえていたが、無視しながらプリシラたちの後を追う。

 全身から紫電をまき散らした影響か、体には痺れと倦怠感が残るが、それすらも菊花は新たに生んだ紫電によって無理矢理体を動かしながら走り続ける。

 そんな菊花の背中へ、黒装束の男は吐き捨てるように言った。


「この光景は俺達全員部隊が見ている! お前たちは死ぬんだ! 死ぬんだ! 死ね! 神に仇なす俗物め! 断罪されろ! お前にはヘルヘイムへ行って、千の苦痛を味わうのが相応しいのだ!!」


 俗物?

 菊花はその言葉を聞いても、全く心に響かなかった。

 むしろ、冷めた感情でニレイムの者たちを見られる。

 たかだか“ただ”の紋章士が咎人である自分をどうやって断罪するのだろうか。草原で目覚めてからまだ一週間も経っておらず、紋章術も殆ど鍛錬した覚えなど無い。自身にあるオドを烙印に流し込んで、紫電を気が向くままに使うだけだ。

 それなのに戦闘においてはここまでの力を発揮する。

 咎人と烙印にはあまりいいイメージを持たない菊花だったが、ことの力だけは素直に使えると考えている。

 菊花は小さく嗤いながら二人を追いかけて行った。



 ◆◆◆



「彼らは蒼天教の人たちです」


 菊花が二人に追い付くと、プリシラが菫を背負いながら告げた。


「蒼天教って、あの?」


「はい。間違いありません。私が見たところ、彼らの仮面には蒼天教の象徴である“二重丸”が描かれていました」


 確かに菊花の記憶にも仮面に二重丸が書かれてあった。


「へえ。あいつらが蒼天教の……ニレイムの騎士が来たんじゃないんだな」


 菊花としては、自分たちを追ってくるのはトルべのような騎士だと思っていた。

 特に彼らは咎人の一人である佐藤秀吉と内通し、異邦人たちの裏側から咎人を排除することに熱心だった記憶がある。その中には自分も含まれていたし、同じく犠牲になった咎人の一人である両崎茂や速水京子を殺したのも騎士たちである筈だ。

 菊花の記憶では、ニレイムにおいて教会の人間は騎士たちとは別行動で、特に聖人である大和純平に熱心だったはずで、咎人を殺すことは騎士たちが率先していたはずだ。

 それなのに騎士ではなく、教会の人間がくるなんてと思うが、よくよく考えてみれば教会にとって咎人は敵なのだ。

 ならば追ってきてもおかしくはないな、とすぐに疑問は解消した。


「そうみたいですね。それに先程、私が彼らを見たところ、どうやら蒼天教の中でも武闘派のようですが、彼らはおそらく詮索部隊でしょう」


 プリシラはやけに饒舌だった。

 彼女自体は七代神教に所属しているが、もしかしたら蒼天教にも明るいのかもしれない。


「詮索部隊、とは?」


「要するに、彼らは“本隊”ではなく、菊花さん方を探すのに特化した足の早い部隊です。おそらくは私達よりも……。本隊にはより戦闘に適した人材や、人を捕まえることを専門にしている人もいるでしょう。特に、先程の雷、あれは菊花さんの紋章術でしょう?」


 どうやらプリシラからもあの技は見えたようだ。


「雷って、見えたのか?」


「見えただけじゃありませんよ。音も聞こえました」


 プリシラは苦い顔で頷いた。


「バリバリって聞こえたよ!」


 菫もプリシラに同意する。


「おそらくあれは他の人たちも気付いたでしょう。蒼天教の本隊にはもちろん――七罪教団の人にも。彼らに追いつく前に……早く逃げなければ」


 プリシラの言葉に菊花は同意し、二人はスピードを上げてまた森の奥へと逃げる。

 じぐざぐに歩くようにはせず、まっすぐと距離を稼ぐように。

 だが、走って森を進むのはそれだけで危険だ。道を阻むものはあまりにも多い。木や草、根っこなどはまだいい。それらは大した障害にもならない。

 本当に厄介なのは、食人植物だ。

 森の奥へと進む毎に、“カレラ”は大きくなり、より貪欲に人を喰らうために進化しているように思えた。


「菊花さん、前!」


 今もプリシラの注意が飛んだ。

 地面に大口を上げた植物が待っていた。それは落ち葉のような色に擬態しており、目を凝らさないとよく見えない。だが、そこに足を踏み入れた瞬間、落ち葉のくしゃっとした感触ではなく、絨毯のようにしっとりと足元が沈み込んだ。

 その瞬間に、植物はトラバサミのように口を閉じようとした。

 菊花は身体に紫電を流していたおかげか、反応が通常よりも早く、素早く後ろに引いたおかげで難を逃れることができた。


「あっぶねー」


 菊花は目の前で閉じている植物に向かって呟いた。

 その額には汗が浮かんでいた。


「気をつけてください。あれに食われたが最後、生半可な力では脱出することすら難しいですよ」


 プリシラが菊花へと向けて注意する。

 蒼天教から逃げて、まだ小一時間ほどしか立っていないが、その愛だに菊花は七回もこういった食人植物に引っかかっている。

 そのいずれも、罠にかかってそれに足を踏み入れている。

 紋章術が無ければ、すぐにでも喰われていただろう。


「そうだな。じゃあ、また急ぐぞ――」


 菊花はそう言って、先にいる植物を避けて歩もうとした時、前方から気配がした。

 獣?

 いや、人?

 だが、確かに菊花には突然現れた黒衣の男から獣臭がした。


 ――瞬間、大木が襲った。


 根本から千切れた大木が回りながら先を進もうとする三人に投げつけられた。前方にいた黒衣の男が片手で持っていたのだ。

 すぐに菊花がプリシラと菫ごと体を伏せて事なきを得るが、三人の頭上を通り過ぎた大木は数多くの気をなぎ倒す。


「見つけたぞ、我が愛しき“プリムラ”よ。お前はそうやって、また男を誑かしているのか。私の時のように――」


 その男は菊花でもなく、菫でもなく、彼の後ろに隠れた“プリシラ”を見る。

 大木を投げつけたのは挨拶代わりみたいだ。

 どうやら彼女も目の前の男を知っているようで、憎々しげに呟いた。


「ファウスト――」


「おお。まだその名で呼んでくれるのか。我が“聖女”よ。狂いし聖女よ。私はお前が愛おしかったぞ――」


 ファウストはプリシラに甘く囁く。

 ファウストは美形だった。

 シミ一つ無い肌は男のものとは思いにくく、可憐な女性のように顔が整っている。男装の麗人のようでもある。

 また声も高く、背丈も小柄だ。

 だが、プリシラに向ける瞳は酷く情愛に満ち溢れていた。

 まるでやっと巡り会った愛しの恋人に会ったようだ。


「私としては、二度と会いたくなかったですが」


「そう言われても、私達は運命で繋がっているのだよ、プリムラ。さあ、私の元へ来たまえ。全力で愛して、全力で――殺してあげよう」


「遠慮します」


 プリシラはファウストの言葉を拒絶した。


「そうか……ふ、は、はは、ははははははははは!」


 ファウストは狂ったように笑い出す。

 そして、ファウストの“右腕”が動く。

 黄色の地黒の横縞が入った毛皮を纏った――虎のような右腕が蠢きだす。先程の大木を持っていたのもこの右腕だった。

 菊花はファウストの獣のような右腕に、戦慄を感じる。


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