第一話 異邦者達
混乱に包まれた乗客の中で、宗敦の声が大きく響く。
「何が起こっているんだよ? なあ! おい!」
トンネルにいた時は少しのリアクションもなかった宗敦がようやく何が起こったのかは頭に入ったが、理解が出来なかったので隣にいる秀の胸ぐらを掴んで揺すった。すると激しく揺さぶられた秀のメガネがずれる。
秀はメガネを片手でクイッと上げて、自信満々に言った。
「決まっている。――瞬間移動だ」
「はあ?」
菊花は彼の言葉を疑問視したが、秀の話は続く。
「そもそも瞬間移動というのはそれほど珍しくないんだ。有名なものでは1931年10月31日に行われたフィラデルフィア計画やバミューダ・トライアングルでの飛行隊消失などがあげられると僕は思う。いや、それだけではない。世界中のいたるところで、瞬間移動したということを証言している人は多いんだ。その中には嘘もあると思うが、真実も含まれていると思う。それに……」
秀の長い話を遮るように、いつの間にか菊花と瑠奈の手を離して後ろを見る菫が外を指差した。
「太陽が二つあるよ!」
「うわ、本当だ」
菊花もすぐに後ろを向いて菫の指差す場所を見た。すると青空の上に二つの太陽が浮かんでいる。どちらも地球と同じ大きさだ。
その話を聞いていた他の乗客も、すぐに外を見て辺りを確認しだす。
「地球のどこに太陽が二つあるんだよ!」
宗敦は怒鳴りながらまた秀の胸ぐらを揺すった。
秀は「そんなのわからないよ」と言い訳をしながら彼の手を軽くタップして離させると、隣にいた菊花へと向いた。
「等々力、お前なら分かるのではないか?」
「ああ。もちろん、分かっているさ」
菊花はあくどい笑みを浮かべる。
その自信満々に語る姿に、いつもは冷たい瑠奈でさえも彼の話に注目した。もちろんそれは宗敦と秀も一緒である。特に宗敦はやっとこの奇怪な現象の説明がつくと安堵の溜息を吐いた。
「等々力さん、教えてくれるかしら?」
ただ、瑠奈は菊花のことを勘ぐりながら聞いた。
「――集団催眠だよ。だから気にするだけ無駄だ。ちょっと寝れば、現実に戻る」
などと菊花は頭の後ろに手を組んで目を瞑って、現実逃避を始めた。今、いるのはきっと夢の中。どこかの宗教団体が怪しい薬を使って自分たちを混乱させているのだと。だから起きたら現実のバスの中で眠っているのかな、と思いながら。
すぐに瑠奈が彼の目を覚ますように頭を全力で殴った。菊花はその痛みに悶絶しながら殴られた部分を押さえて、涙目になりながら瑠奈の行動を抗議した。
「何で殴るんだよ!」
しかし、悪びれもなく瑠奈は言った。
「ほら? 少しは夢が覚めたでしょ? ここは現実よ。太陽が二つあるのも現実。現実逃避をするのはやめたら?」
納得しかかった菊花は、大声で瑠奈を叱ろうとするが、その前に先程の修道服の女性がバスの入口を叩いた。運転手はそこを開けると、彼女は「皆様、外へ出ませんか?」と優しい声を出したので、乗客も彼女ならこの事態の説明がつくだろうと淡い期待を抱いて、バスを降りた。
菊花達乗客はバスの前に立った。
彼女と剣士たちは片膝をついた。
修道服を着た女性は目を奪われるほど美しい。青い瞳は宝石のように輝いていて、薄い唇はまるで花が咲いたように赤かった。また痛々しいほど白い肌をしていた。まるで白い修道服との境目が見えないほどである。
そんな彼女は可憐な唇をゆっくりと動かした。
「私はエレンシアと申します。わざわざ遠いところから私達を助けに来て頂いてありがとうございます。私達の救世主さま――」
エレンシアの言葉に、菊花達乗客は誰も何も発せなかった。
乗客全ての頭が混乱していたのである。先ほどまで泣いていた者は事態が飲み込めず目を虚ろにしていたり、サラリーマンらしきスーツを着た男性はしきりに腕時計を確認していたり、髪の毛を茶髪に染めてギャル風メイクをした菊花たちと同じ学校の生徒はケータイを何度も確認して「なにこれ? ヤバくない? ヤバくない?」と慌てている。
唯一、言葉を発せたのは菊花たちの学校の生徒会長である――大和純平だった。
「あの、どういうことですか?」
彼はこの中で回復が一番早かったのだろう。
そう思えば聡明そうな顔をしているように菊花には見えた。
髪色は弄っていないが、ワックスなどでつんつんに立たせてオシャレには気を使っているように見える。また瞳は二重で大きく、鼻も高いのでブサイクではない愛嬌のある顔をしていた。また意外と身長も高く、筋肉もついているようだ。
「どういうこととはどういうことでしょうか? あなた達は主に仕えていて、私達を助けるためにいらっしゃったのではありませんか? 少なくとも私は神様からそう聞いていますが」
大和純平の言葉に、そのエレンシアは首を傾げていた。
どうやら話が噛み合っていない。
「いえ。実はオレたちは理由も分からないままここにいるのです。良ければその事情を教えていただけませんか?」
優しく純平が言うと、エレンシアも気がついたようで教会の中で説明してくれるようだ。どうやら外で説明するのは長くなるらしく、椅子に座って聞いたほうが楽になるとの配慮らしい。
教会内のこうもり天井は高く、何やら幾何学模様が描かれたステンドグラスが美しい。入り口から奥まで伸びた身廊の脇には木製の椅子が備わっており、別世界からの異邦者である菊花たちはその椅子に座った。七人もゆうに座れるほど大きな横椅子なので、菊花は友達や幼なじみたちと並んで座る。順番は先程のバスと一緒だ。また教会の壁には幾人もの騎士らしき剣士や、エレンシアと似たような修道服を着た神官や豪華な衣装を着た上流階級の者などが立っていて、威圧感がある。
「それでは皆様を私が及びした理由を説明しようと思います――」
そして奥にある祭壇に立ったエレンシアがゆっくりと菊花たちにこの世界についての説明と、呼び出した理由を説明しだした。
まずこの世界は菊花たちのいる世界とは異なっていて、神界であるヴァルヘイムと魔界であるヘルヘイムに挟まれたミルドヘイムと呼ばれる場所で、七つの人種が存在するらしい。その人種の一つである青白い肌と白銀の髪を持つ“アスラ”に一人の強大な紋章を持つ忌み子が生まれた三十年前に、その発端は起きたようだ。
その忌み子が大人になると覇王を名乗って、次々と周りにある大小様々な国を侵略をしているらしい。それはエレンシアが聞いた神の声によって、近々彼女のいる国である“ニレイム”に仕掛けるらしく、それを食い止めるため神の声にしたがって救世主である者を呼んだらしい。
「えっと、その救世主って……」
一番前の席に座った純平が戸惑いながら聞くと、
「はい。あなた様方です。あなた達が神に選ばれた聖痕を持つ聖人で、私達のための救世主なのです。ですから、お願いします。私達の国を救ってください」
その言葉が発せられた途端に、乗客の一部からエレンシア達への非難が殺到した。
近々会議があるからこんな世界に留まっている暇などない、明日はデートなのよ、帰って晩飯を作らないと行けないの、と所帯染みた意見から、自国の危機を他人に託すな、元の世界に返してくれ、などと色々な怒声が飛び交った。
また菊花と同じ制服を着た学生が「ここは異世界なんだ……」と絶望する中で、菊花と秀はその意見を鼻で笑いながら呑気に欠伸をしていた。どうやら二人ともまだエレンシアの話を疑っているようで、信じようとする気が全くない。
むしろ、自分の確固たる意見を持っている。
「ほー、宇宙の星の中にはこういう文化を持った星もあるのか……」
と、まだ瞬間移動説を信じている秀は地球のどこかに転移したのではなく、広い宇宙のどこかに転移したのだと納得して――
「未来はこんな風になっているのかー。太陽の片方は人工太陽か?」
菊花は集団催眠という説から未来に移動した説に変更をした。
そんな二人の意見に、宗敦と瑠奈は溜息しか出ない。むしろバカ二人が身近にいるので、他の異邦者とは違って、逆に冷静になれたらしい。また瑠奈は菫にこんな大人になったらダメよ、と注意していた。何故なら別の星だろうが、未来だろうが、ここの世界がどこなのかなどどうでもいいのだ。重要なのは、元の世界に帰る方法やこの世界での生活手段だと宗敦と瑠奈は気付いていたからだ。
その中で、また純平が言葉を発した。
「あの……オレたちは元の世界に帰れるのですか?」
その言葉にエレンシアたちは顔を逸らした。
「……分かりません」
「分かりませんってどういうことだよ!!」
別の人間が叫ぶ。
エレンシアは言い難そうに言った。
「いえ。全ては神の御心のままなのです。そもそも私達にはあなた方を呼び出す力も、帰す力も無いのです。我が神があなた達を招いたのだから」
エレンシアの言葉に、異邦者達は「ふざけんな」や「早くお家に帰して!」や「嫌! 嫌! 何で私がこんな目に!」等という怒号が飛び交った。
教会の中が阿鼻叫喚に包まれる中で、教会の中を囲むように立っていた者達は侮蔑的に異邦者を見ていた。もしかしたら神に選ばれたというのに何が不満なんだ、という声もあるのかも知れないし、もしくは神聖なる教会内部で叫びだすとは何ということだ、という考えもあるのかもしれない。
その中で話を殆ど聞いていなかった菊花と秀は、二人で別のことを話し合っていた。いや、正確にはこの二人の話も噛み合っていなかった。
「なあ。佐竹。俺は思ったんだが、どうやったら過去に戻れるんだ? タイムマシンでもこの世界にはあるのか?」
「ふん。等々力は何を言い出すんだ? 僕たちは地球へ瞬間移動をする方法を探さなくてはならないんだ。それともロケットか……。きっとこれは神の仕業などではない。僕たちは何万分の一という確立でワームホールを引き当てたから……」
その瞬間に、菊花の頭に瑠奈の拳が、また秀の頭に宗敦の拳が叩きつけられた。
二人のお陰で未だ冷静な宗敦と瑠奈は、「少々黙れ」と二人に言った。そんな不毛な言い争いは後にしろ、ということらしい。
そんな喧騒が飛び交う中で、一番前にいた純平の言葉が深く響いた。
「つまり、その……あなた方がいう神様が納得すれば、オレたちも元の世界に帰れると?」
純平が戸惑いながら言った。
「おそらくは――」
エレンシアは頷いた。
菊花達異邦者の顔は暗くなった。誰もが視線を落とす。中には例外も何人かいたが。ほとんどが元の世界に帰れないと思うと絶望していた。
そんな時、祭壇に一人の男性が躍り出た。
赤いマントを翻し、頭に王冠を被った初老の者だ。
「皆の者! 今回は我が国のために来てもらい、本当に申し訳ないと思っている。我々も精一杯の助力はするつもりだ。皆の者の生活の面倒も国で見るつもりだ。だから――どうか、どうか、我が国を救ってくれないだろうか? 我らが神も、そう鬼ではない。きっと、用が終われば皆の者を帰してくれると思う。だから皆の者――どうかどうか――」
その王冠の男が膝をついて頭を下げようとするのを、同じように豪華絢爛な服を着た者が「国王様」と言いながら止める。
そんな光景を異邦者達は奇怪な目で見つめながら、純平が一番初めに頷いた。
「――分かりました」
「本当か?」
国王は期待するような瞳で見つめる。
「はい。帰る方法がそれしかないのなら、その神様の期待に応えようと思います。それしか帰る方法が無いんでしょ? なら――オレは戦います」
「そうか! それはありがたい」
国王は純平の言葉に感動していた。
純平はすぐに異邦者達に向いた。
「なあ、皆、聞いてほしいことがある。ここで叫んでも、喚いても事態は変わらない。それなら、オレたちはオレたちのするべきことをした方がいいと思う。皆のことも守るから、少しだけ力を貸してくれないか?」
純平の言葉に、他の異邦者達は心を打たれたのは数人だった。頷いたのも数人だった。其の者たちは菊花の見る限り、生徒会メンバーだったと思う。普段から生徒会長である純平の意見に賛成しているからこそ、この場でも賛同しやすかったのかもしれない。
他の者達は冷静にこの場を見ながら、むやみに反対するのは得策ではないと悟って、この場の大きな流れに流されることとにした。そうしたのは、その方が楽だったからだろうか。それともこの異常事態に頭がついていけず、自分で選択を放棄したからかも知れない。
ただ、その中でも少なからず自分の意思を持っている者もいた。
「この世界にはロケットはあるのかな?」
瞬間移動は諦めて本気で地球までロケットで帰ろうとしている秀と――
「あ、そう言えば、今日のドラマ録画するの忘れてた。ちっくしょう。せっかく、今日が最終回なのにあー、帰りたい。今すぐ帰りたい。」
これからの生活よりも今日のドラマのことを心配する菊花に、小さく瑠奈が「なんでこんな馬鹿と一緒に……」と小さく呟いた。
また貞宗は国王やエレンシアの動向を注意深く観察していた。エレンシアと国王の話に引っかかる部分があったのだ。
そして状況を理解できない菫は「ママは?」と泣きそうになっていた。




