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閑話

 その日、佐竹秀は食堂にいた。

 騎士は当然ながらいて、もちろん異邦者も全員が集まっている。

いや、一人減っていた。菫が減っていたのだ。もちろん秀は菫のことについて詳しい情報を知っているが、他の皆は知らない。

 いつ言うか、いやそもそも言うべきか、その手綱は秀が握っている。

 彼はまだ悩んでいた。


「オレたちが遠征に行っている間に、大変な事がここで起こったのは皆も知っていると思う」


 前に立って演説するのは、やはり大和純平。

 今では異邦者の中のリーダー的存在になっている。もちろん発言力で言えば、空手部主将や大人たち、それに秀達のリーダーもあるが、純平に劣っているのは確かだ。それに王国側も何かと純平を頼るらしく、異邦者との橋渡しになっていることも多い。


「――反乱が起きた。なんとかオレたちが押さえたけど、その際に多大な犠牲が出たんだ。オレたちの仲間である菫ちゃんが拐われた」


 純平は菫を守りきれなかっただろう騎士たちを睨んでから、次に未だ泣いている瑠奈を可哀想な目で見た。

 異邦者と騎士団の連携によって反乱を押さえてから、ほどなくして菫が拐われたことも皆に伝えられた。

 誘拐犯の特徴としては、リュックを背中に背負い、黒色のマントで全身を隠していた。背丈が百七十ほどあって、肩幅も見た限り太かったので騎士団はおそらく男だと判断している。

 犯人が菫を連れ去った後も騎士たちが追いかけているらしいが、既に王都を出たとの情報が入っている。その後は追跡中で、何人かが後を負っているとのこと。騎士団でもその犯人に向けて急いで部隊を編成し、すぐに菫を取り戻すとは伝えられた。


 秀はその情報が伝えられた時、思わず小躍りしそうになった。

 どうやらあの二人は無事に王都から逃げ出したらしい。特徴も一致している。

 秀としてはこれから犯人を追跡する騎士がどんなのかは分からないが、二人が無事であることを願っていた。


「瑠奈ちゃん……大丈夫だよ……」


 だが、秀は笑いそうになるのを両手で口元を隠しているが、瑠奈はそうでもなかった。

 今も同じグループの女子に慰められている。

可愛がっていた菫を、特に菊花が死んだと聞かされてからより一層、真剣に面倒を見るようになった。戦う理由も菫を守るため、と答えていた瑠奈だ。

 今回の出来事は非常に堪えていた。


「瑠奈さん……本当に申し訳ない。僕たちも全力を尽くして、憎き犯人を探す。共にこれから頑張ろうではありませんか」


 ただ、秀が瑠奈に真実を言うことを戸惑う理由があった。

 それが彼女の隣にいる――トルべの存在。トルベは現在、瑠奈の側に行って背中を擦るように慰めていたのだ。

 そもそも秀とは違い、瑠奈の体育部グループは特に騎士団との繋がりが深い。

 あまり菊花のことを言う気にはなれなかった。


 どう転ぶか分からないのだ。

 瑠奈に菊花の事情と、菫を連れ出したことを言ったとする。その場合、彼女はどんな行動をするだろうか。黙って安心するか。それとも騎士団にこのことを問い詰めるか。もしくは自分の話を頭から信じないか、秀にはそれが読めない。


 また秀には騎士団の行動も読めない。

 菊花が生きていることが判明した場合、これまでの非を認めるのか。それとも生きていることも認めず、菊花は誰かに操られているかゾンビなどの幻想などと言い訳するのかが分からない。その過程で自分が殺されることも十分にあるだろうと秀は考えている。

 だが、もし騎士団が菊花を殺そうとしたのを認めた場合には、異邦者たちにはどんな対応に出るのだろうか。もしかしたら刺青は悪魔の手先で、殺さなければ神様が元の世界に帰してくれない、と言えばどうなるだろうか。おそらく異邦者の中で酷い争いが起こるだろう。その焦点は咎人をどうするかだろう。誰が味方につくのかは秀ですら予想できない。人の心は複雑怪奇なのだから。

 本当にこの先、どうなるのだろうか。

 秀には予想もつかなかった。


「エレンシアさん、それで菫ちゃんを攫ったのは誰何ですか?」


 瑠奈と同じく、宗敦も菫のことが心配らしい。

 純平の近くに待機していたエレンシアに尋ねた。


「……分かりません」


 エレンシアは唇を歪めた。


「分かりません、とは?」


 宗敦は口調が厳しくなった。


「申し訳ありませんが、本当にわからないのです。今回の反乱軍の一員と見ることも出来ますが、どうやら反乱軍の幹部の一人に聞いた所、少女を連れ出す作戦なんか聞いたことがないと言われたのです。帝国の仕業……の可能性もありますし、国の権威を揺らがしたい者の仕業もあります。異教徒の仕業とも考えられますが、服装も違いますし……そもそもどこから菫さんの情報が漏れたのかがわからないのです」


「そうですか……」


「はい。申し訳ありません」


 エレンシアは大きく頭を下げながら宗敦に謝った。

 秀はその様子を遠目に見て、ある一つの判断をした。

 一番菊花のことを相談したかった宗敦には、絶対にそのことを喋れないと。


 何故なら鬼瓦宗敦は――生徒会グループだからだ。

 あそこは教会と繋がりが深い。

 教会が咎人をどんな存在だとしているのかは分からないが、神の敵と言うほどの存在だ。きっとまともな扱いではないのは確かだろう。

 そもそもこの件に教会が噛んでいることは、菊花の情報から秀も知っている。いや、国全体で絡んでいる。

 もし異邦者全員でそれに抗おうとした場合、国に逆らうことと同意だ。

 そんなことを異邦者はするだろうか。いや、しない、と秀は思った。

 何故なら人間誰しもが自分の身が可愛い。

 そこまでのリスクは侵さないだろう。

 秀がそんなことを考えている間に、今日の会合は終わった。

秀は部屋に帰って大きく笑おうかな、と考えていると、寄ってきた宗敦に引き止められた。


「……佐竹」


 その顔は、こちらを睨んでいた。

 秀には何故睨まれているのかが分からない。


「なに?」


「お前、どうして菫ちゃんのことを悲しまないんだ。むしろ……」


 どうやら感付かれたらしい。

 秀は眉をひそめたくなったが、それをおくびにも出さなかった。


「いや、僕も悲しんでいる。悲しんでいるんだが……あまり現実味がなくて……等々力に続いて菫ちゃんとなるとな……」


 秀のダイコン演技に宗敦は騙されない。

 厳しい目で秀を睨んだ。


「そうか……」


 だが、あえて聞くこともなかった。

 親しい仲にも隠したいことの一つや二つはあるのが普通だ。

 宗敦はそれを尊重したのだ。

 秀も宗敦が何か感づいていることを分かってはいたが、あえてそこに踏み込もうとはしない。


 ――等々力、お前は今とても危うい立場にいるぞ。


 秀は心のなかで呟いた。

 自分はこれからどういう行動に出ようか。そして何を信じようか。秀はそれすらも悩んでいた。

 ただ、一つだけ心に決めた行動としては――残っている二人の咎人の中で、佐藤ではない咎人には、菊花の受けたことを伝えようと思った。



 ◆◆◆



「……トルべ様、本当によろしいのですか?」


 従士はトルべに跪いて述べた。

 二人がいるのは城に用意されたトルベの書斎。狭くて、書斎デスクと椅子だけをおいた簡素な部屋だった。

 トルベはその中で椅子に座って、書斎デスクに両肘をついていた。


「ああ。構わない。誘拐犯の捜索には騎士をあまり使わなくていい。見かけだけ騙せるほど送っておけばいい。どうせ異世界人には追跡部隊には入れないつもりだ」


 冷酷な顔でトルベは言った。


「ですが先ほど……あの女性に……」


 もちろん先ほどまで従士も屋敷にいたので、そこでトルべが瑠奈を慰めていたことは知っている。

 だからこそ、不思議だった。

 犯人捜索に力を入れない理由が。


「あれか? もちろんそうしておいたほうが心証もいいだろう? それに彼女はいい女で、使える女だ。あのグループの中でも重要な位置にいる。媚を売っておいて損はない。それに僕達には――王都ですることがある」


「何でしょうか、それは?」


「反乱軍の首謀者を見つけるのだ。どうやら取り締まったのはいいが、タイミングが悪かったおかげで、ヤツには逃げられてしまった。絶対に捕まえなくてはならない」


 トルべの瞳は鋭くなった。


「どうしてですか? どうして、誘拐犯よりも?」


 従士は咎人の誘拐犯を捕まえるよりも、反乱軍の首謀者を捕まえる方を優先するトルべの意図が分からない。

 本来ならどちらも国にとって絶対に裁かなくてはならない犯罪者なのに。


「決まっている。咎人の誘拐犯のことを国民は知らないが、反乱軍のことは知っている。民衆の前でそのリーダーを殺せば、僕の株も上がるであろう?」


 トルべの怪しい笑みは、とても魅力的だった。

 自分が女であれば迷わず落ちていると従者が思うほど。


「なるほど。あなたは恐ろしいお方です」


「それに、誘拐犯についてはおそらく教会が動くだろう」


 トルべは自分の仮設を言った。


「教会、ですか?」


「ああ。彼らの信仰心は脅威だ。絶対に誘拐犯はおろか、咎人も殺そうとする」


 トルべは苦い顔をした。

 現在の国内では、教会のトップが王の信頼を集めている。騎士派の大貴族であるトルべにとって、それは由々しき事態だった。このまま国内のことを教会に弄くられるのは面白くない。

 そもそもニレイムという国は、貴族の物だと思っている。


「なるほど」


「だから教会が咎人にかまけている間に、僕達が国民の信頼を取るのだ」


 トルべは小さな声ではっきりと断言した。


「やはりトルベ様は恐ろしいお方です」


 従士も怪しく笑いながら言った。



 ◆◆◆



 教会に、一人の“聖女”がいた。

 祭壇の前に両膝をついて、両手を組んで熱心に神へと祈っていた。そんな彼女をステンドグラスから注ぎ込んだ星明かりだけが照らしていた。

 エレンシアだった。

 すると、一つの奇跡が起きる。

まるで彼女の光の糸のように鮮やかに輝きだした。


 そこへ、一人の神官がやってくる。

 すぐにエレンシアへ両膝をついた。

 それに気付いたエレンシアが振り返る時にはもう髪の輝きは消えていた。


「……それで、咎人達はどこへ?」


 エレンシアは低い声で言った。

 そこに純平といる時のような明るさはない。氷のような鋭さしか伺えなかった。


「それが……」


 神官は口ごもった。


「――言いなさい」


「どうやら咎人とその誘拐犯は――“血吸の森”に逃げたらしいです」


 神官はゆっくりと言った。

 エレンシアはその言葉にゆっくりと唇をわななかせた。


「まさか騎士団がここまで使えない連中だとは……」


 エレンシアは怒りで気が狂いそうになるが、それは大罪の一つ。

 必死に落ち着かせながら深い呼吸をする。


「さらに……」


 そんなエレンシアを見て、続きの言葉が言い難くなった神官。


「何ですか、言いなさい」


「……犯人を捜索する騎士の人数は……一つの小隊にも満たないようです」


 エレンシアは怒りのあまり卒倒しそうになった。

 それを見た神官が慌てて彼女に近寄って抱き抱えた。

 エレンシアはそれから数分もしてから怒りを何とか宥めて、これからの方針をまた再度前に跪いた神官に告げた。


「――これより、誘拐犯を神罰者認定します。並びに、執行部隊を派遣させなさい。《断罪のクロノス》も同様に。そして、何としてでも咎人もろとも殺しなさい」


「本気ですか!」


 神官は驚いた。


「本気です。神も言いました。咎人は殺しなさいと」


 エレンシアの言葉に慈悲はない。


「畏まりました」


 神官は大きく頭を下げて、エレンシアの言うとおりに動こうと教会を出た。

 エレンシアはそんな神官を見送ることもなく、祭壇を見ながら親指の爪をがしがしと噛む。

 色のない目をしたまま言った。


「……殺さないと……殺さないと……何故ならあれは、人を殺す。国を殺す。そして何より――世界を殺す。早急に止めないと、世界が滅亡してしまうかも知れません……」


 エレンシアは何も手を打たない未来にぞっとした。


第一章はこれでおしまいです。

次章は新しい女キャラを出そうかな、と思っております。

第一章の読者からの意見も聞きたいので、よければ感想待ってます。

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