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第十五話 混戦

 菊花はすぐにその場から飛ぶように移動した。

 少し遅れて、菊花のいた場所で火球がはじけた。地面の草原の表面が黒く焦げる。菊花はすぐ近くにいたので、その焦げ臭さが鼻についた。

 額に冷や汗が流れた。

 とは言っても、後ろには城で、左右前方は騎士によって阻まれている。誰もが一流の戦士だ。統制は万全であり、抜けるような隙は存在しない。

 悩む暇もなく、菊花に雷撃が飛ぶ。


「ねえ! どうするの!」


 焦った菫の声。

 菊花はしっかりと菫を抱いたまま、あまりの苦境に泣きそうになった。

 この場で紋章術を避け続けても逃げ場がないのでいつかはスタミナが切れて、炙り殺される未来しか菊花には見えない。

 なら、どうするか。

 いい案も出ない菊花は、全身に力を貯めた。


「しっかり捕まっとけよ――」


 そして菫と顔を見合わせて、余裕綽々に笑った。

 菫は菊花のその表情に安心し、「うん!」と元気よく返事をした。菊花のマントが小さな菫の手によって、くしゃっと纏められる。

 菊花はすぐに標的を騎士たちの一角に定めた。

 それは見る限り、最も防御が薄い所だ。城の本殿から遠い場所でもあった。やはり何もない場所と、城へと近い場所では、後者のほうが防御は分厚い。近衛兵もそちらに固まっている。

 だから菊花は城とは反対方向へと足を向けた。

 その時、一瞬だけ足が止まったからだろうか。それとも騎士たちの様々な紋章術に誘導させたからだろうか。背後から火球が襲う。


「後ろ! 火の玉!」


 菊花の肩越しに背後を伺っていた菫は、すぐに叫んだ。

 菊花は急いで後ろを振り返るが、避ける暇など無い。

 すぐに右肩で防いだ。だが、そこに当然ながら鎧などなく、薄い服があるだけだ。もちろんマントや服には穴が開いて、肌は爛れた。

 だが、菊花はそれに表情を崩すこともなく、上体を深く沈めた。

 そして先を目指した。


 しかし、先は遠い。十数メートルはあるだろう。

 すぐに菊花の空から色とりどりの紋章術が降り注いだ。水が斬撃になったものや、不可視の風の刃。さらに地面からは円錐状に固められた土の玉が飛び出て、天からはいかずちが落ちる。

 菊花はそれら全てに肝を冷やしながら、また菫は襲ってくる紋章術の数々に悲鳴を上げた。


 ――瞬間、誰よりも早く菊花は体内の電気を起動した。


地を這う稲妻サンダーボルト》。

 菊花が持つ唯一の剣であり、全身を雷に同化させて、最速の移動を誇る技だ。

 それによって、菊花は稲妻の軌跡を歩みながら、まるでわずかの隙間を縫うように数々の紋章術を避ける。

 だが、そこで菊花の身体強化は消える。

 電気が背中や足元から逃げ出したのだ。

 すぐに第二陣の攻撃を行おうと、それぞれの騎士たちが地面に大きく描いた紋章に手を当てて、また別の騎士は手袋に描かれた紋章を発動させる。

 その時、戦場に異変が起こった。


「――敵襲だぁああああ!!!!」


 その声は遥か彼方。

 王城を囲む正門から聞こえた。

 一瞬、騎士たちの注意がそちらに惹かれた。

 菊花はそこを付け狙う。

 最早、電気を身体にためている暇など無い。ただの人の力で薄い壁を目指す。そこにいた騎士は三人。だが、騒ぎは他の者に任せて、三人は菊花を仕留めるために剣を抜いた。

 菊花は全身から電気を垂れ流すことも出来たが、菫がいたのでそれはしない。代わりに三人の騎士へは、菫を隠しながら肩で当たりに行って、全身を飛び込んだ。


 三本の剣が煌めいた。

 それらは菊花を切り裂く。肩。脇腹。それに足。それぞれから血が飛び出た。だが、菊花は死なない。菫ごと騎士たちのすぐ足元へと倒れこんだ。騎士はそんな菊花に止めを刺そうと、剣を突きつけるが、菊花はすぐに立ち上がった。そこに菫の姿はない。菊花はすぐに紋章から電撃を精製して、左腕から垂れ流した。

 辺りに、紫電が舞う。

 騎士たちは数瞬目が眩んだ。

 菊花はその間に、二人の騎士へ両手を伸ばす。そして電流を流して気絶させた。


 だが、まだ一人残っている。

 剣を振り上げた。

 避けられない。

 菊花は反射的に両腕を盾にする。

 剣に両腕が当たると同時に、両腕から電流を流した。

 剣と腕がはじかれる。

 しめた、と菊花は表情が緩む。

 片腕を騎士へと伸ばす。

 騎士も剣を菊花へと伸ばした。

 剣のほうがリーチは長いため、菊花に早く接触した。胸に当たった。だが、悲しきかな。それは腕だけで伸ばしたため勢いが足りない。胸を浅く差すだけだ。表面しか傷つけられない。中まで刺さらない。

 その間に、菊花の左腕が男の胸へ指先が届いた。すぐに体内から騎士へと電撃を流した。一瞬で騎士は焼け焦げて、口を無様に開けながらゆっくりと地面へと倒れた。

 菊花は地面に置いた菫をまた抱き抱えて、騎士の軍団から逃げる。どこからか抜けられないかを探すためだ。


 菊花は走りながら、先程の攻防を制したことに安堵する。最早自分を迫る紋章術に対すら向けない。

 あれは先程のハルバードを持った騎士のことを思い出したのだ。ハルバードと紋章術が当たると、今と同じように両者が拒絶した。だからもしかしたら紋章術を宿した腕なら、刃物ですらも耐えられると踏んだのだ。

 賭けだったが、上手く行ったことに菊花は安心する。もし失敗していたなら、両腕ごと頭をかち割られて死んでいるところだったのだ。


 菊花は迫り来る騎士たちから紛れるように、薔薇園への中へ隠れた。

 どうやら夜で暗いこともあり。また菫は黒いコートによって隠したので、見つかりにくい。騎士もライトを持っているが、あれは闘いながら使えるような万能なものではなく、裸眼で菊花たちを探す。なかなか見つけられない。

 そんな騎士たちが菊花の近くからさると、菫と顔を見合わせてほっと溜息をついた。

 頭だけ出して状況を確認する。

 正門は戦場だった。

 火が、水が、雷が、土が、木の葉が、様々なものが怒号と悲鳴のアクセントによって彩られて、混沌となっていた。

 あそこを抜けるのか、と思うと不安になった。

 そして暫く観察していると、どうやら他にも出口はあるみたいだ。

 様々な場所で紋章術が飛び交っている。

 菊花はその中でも、最も紋章術の数が少ない所に目をつけた。他にも逃げ道はあるのだが、成功確率が一番高いと思ったのだ。

菊花は立ち上がった。

 傷は全て電撃で焼いた。もう血は出ていない。

 全身に力を貯める。

 それを四肢の神経へと流し、反射速度を上げた。


「菫、行くか?」


「……大丈夫なの?」


「心配ねえよ――」


 菊花は菫を安心させるために、笑いながら優しく彼女の頬を引っ張った。

 菫はそれに不満タラタラで、手を離した後は頬を風船のようにふくらませる。

 その姿を見て和んだ菊花は、また菫を抱え上げた。

 そして、全速力で目的地まで走る。

 そこも戦場だった。

 様々な人が倒れている。

 門を狭間にして、二つの軍団がぶつかりあっている。

 騎士と、革命軍。

 騎士は皆が同じ鎧を着ていて、革命軍の服装はばらばらだった。重装の全身鎧を着ている者もいれば、菊花のようにマントを被っている者もいる。また軽装備の剣士がいたり、とそれは人によって様々だった。


「進め! 進め! 明日はオレたちの手で掴むんだ!」


 革命軍は少ない人数ながらも、勢いと意地だけで騎士たちに立ち向かう。当然ながらその中には紋章術を満足に扱えない者や剣がボロボロの者もいた。


「暴徒を殺せ! 王城にいれるな! 我らの国は我らが守るんだ!!」


 騎士たちは叫んでいた。

 皆が前方にいる革命軍、いや、騎士たちにとっては反乱軍へと統率された紋章術を飛ばす。そしてそれが一旦終わると、今度は別の騎士が前に出て前線を押し上げる。それはおそらく反乱軍を城へ入れないためだろう。


 そこへ一つの稲妻が流れ込んだ。

 菊花だ。騎士の背後から襲うように菊花は迫る。それに反応できたものは誰も居ない。

 菊花は背後から騎士を蹴飛ばした。

 そのまま前方へ、騎士を蹴りながら進む。

 その様子に、一部の者達が集中した。


「奴も敵だ! 殺せ! 殺せ!」


 騎士は菊花の服装を見て、反乱軍と似たような格好をしていたので、彼のその一部と判断した。


「皆、援護しろ! あいつは仲間だ!」


 逆に革命軍は菊花のことを仲間だと思った。

 菊花はその状況に惑わされることなく、まっすぐ革命軍に溢れかえった場所を狙う。途中で何度か紋章術を撃たれたが、菫による指示によって躱し、それでも避けれないものは他の革命軍が防いでくれた。

 菊花はその行幸に感謝しながら、門へと辿り着いた。

 そこには先へ、先へ、と進む革命軍で溢れかえっている。


「そっちの状況はどうだ!」


 その中のひとりが、紛れ込んだ菊花に質問を投げつけた。


「まだ争っている! 俺はこの子を助け出すため、一旦戻るつもりだ! ここは任せた!」


 菊花は口から自然と流れる嘘に、自分を褒めたくなった。

 その人は菊花の行動に打ちひしがれて、涙目になった。


「分かった! 任せた! オレたちに任せろ!」


 名も知らない革命軍の一人にお礼を行って、菊花は王都から逃げるため城下街へと身を隠した。



 ◆◆◆



 菊花と菫は町へと降りると、宿屋に止まることはなく、まっすぐ王都の出口へと向かった。

 王城での混乱に乗じたまま、みやこから逃げようと思ったのだ。

 ルードルフの革命が成功するにしろ、失敗するにしろ、それが終わる時期に王都から逃げようとするとどうしても規制が厳しく張られて、ここから逃げるのすら大変なことになると考えたのだ。


 だからと言って、王都に留まる選択肢を菊花は持っていなかった。

 何故なら――咎人は神の敵との言葉が、今でも菊花の胸には引っかかっている。

 あれが嘘だとはどうしても思えない。むしろ真実だとも思えるのだ。

 もしそうなら、ここに留まるのは危険だと思った。

 エレンシアたちが所属する宗教がどんなのかは知らないが、騎士たちも進行しているらしいので、おそらく国教だ。もしそうなら、町の住人達も同じ宗教の可能性もある。もしそうなら、自分たちの刺青が明らかになった時にどうなるだろうか。

 想像するのは簡単だ。

 迫害され、騙され、殺されるだろう。

 そんな危険な場所に身をおくつもりもない。

 また、元の世界に戻るという目的もあるため、世界を歩きまわって様々な情報を得たかった。


 菊花は菫と手をつないで歩き、門まで辿り着くと、そこで既に騒ぎが怒っていたので菫の手を引きながら横道に隠れる。

 菊花が頭だけを出して大通りを覗いた。そこは既に人で溢れかえっていた。もちろん夜間だというのに町の十人も何故か出てきているが、後は――騎士と、異邦者だ。


「皆! 城が暴徒に襲われているらしい! すぐに助けに行こう!」


 その中でも目立ったのは、美しい白馬に乗って、金色に輝く瞳を持ち、鮮やかな光を放つ剣を天へと掲げる異邦者――大和純平だった。

 町の住民は誰もが彼にうっとりしていた。

 カリスマがあった。

彼が先頭を走って騎士や異邦者たちを牽引する姿は、まるで英雄のようでもあった。


「あっ……」


 菫がその中に瑠奈の姿があったので、前に出ようとするのを菊花が止める。

 この場で見つかるのは危険だと判断した。

 菊花も彼らの姿をずっと見ていた。

 そこにいた異邦者の姿は、何故か華やかに見えた。英雄に導かれて共に国を救う仲間のように見えたのだ。おそらくは彼らも純平と同じく英雄なのだろう。暴徒に侵略される国を救う者の一人。

 菊花が想像するに、今回の一件がもしも国側が勝利者で終わるのなら、彼らはそのまま王道を歩むのだろうと思えた。


 そしてそれから数分後、門から異邦者の姿が消えて、騎士も殆どいなくなると、入ってきた時と同じ方法で菊花は王都の外へと出た。

 そこは入ってきた時と同じく、広い草原が広がっていた。

 遠くには森や、山や、また地平線まで見える。

 後ろには騎士たちが追ってきた。

 だが、門を守っていた騎士たちではなく、彼らは王城で自分たちを探していた騎士だった。


「逃げるか?」


 菊花は菫を抱きかかえながら言った。


「どこに行くの?」


 菫は首を傾げる。


「そうだな……あっちだな」


 菊花は深い森が広がる場所を指差した。


「あっちに何があるの?」


「――紋章都市がある。ここニレイムの中で、最も紋章術が栄えている所らしいんだ。もしかしたら元の世界へ戻るための手がかりが見つかるかもしれないからな。菫も、早くパパやママに会いたいだろ?」


 菊花の話に少しだけ菫は黙った。

 それから菫は首を横に振った。


「……ううん。菊花がいるからね、そんなにパパとママに会いたくはないよ」


 それは寂しさに耐えているような声だった。

 もしかしたら、自分がいない間に菫が気を使うほどのことが王都であったのかもしれない、と思ってしまった。

 菊花はそんな菫に、おでこを合わせながら言った。


「ま、俺にはあんまり、無理をしなくていいぞ。わがままも聞いてやるから」


 菊花の言葉に安心したように菫は優しく笑った。


「じゃあね! 私ね、オムライス食べたい! くまちゃんも欲しいの!後はね、パパとママにも会いたい! ばあばやじいじにも会いたい! 友達のさおりちゃんやかいくんにもあいたいの!」


 そして菫のわがままが言の葉となって紡がれた。

 菊花は「それが適うように出来るだけ頑張る」と疲れた声で言った。まさかそこまで急に告げられるとは考えていなかった。


「じゃ、行くか――」


「うん!」


 そうして、菊花と菫は騎士から逃げるように森へと目指した。

 その後を様々な騎士が追う。

 菊花はまだ見ぬ未来が、きっと胸に抱く小さな少女にとって明るいものであってほしいと切実に願っていたのだった。




 二人の咎人が王都から逃げ出した。

 それは国へ災いをもたらしただろうか。それとも――世界に災いをもたらしただろうか。

 その答えは、まだ出ていない。


第一章はあと一話か二話で閑話を書いて終わります。

できれば月曜日までに投稿したいですね。

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