閑話 革命
「考えなおしてください、ルードルフ様!」
日が暮れた頃、革命軍のメンバーを集結させたルードルフに、付き人である一人の青年が小さな声で訴えた。
そこは王都の一角だった。
街角に隠れた裏道。もちろん人目などはなく、目と鼻の先には城が見える。突撃するのには急げば十数分しか掛からない絶好の場所だった。
そんな裏道は多くの者で埋まっていた。
どれもがルードルフの信頼する部下だ。
ここ数年で人を集めた結果、自分の思考に賛同してくれた者達だ。もちろん、革命軍の仲間はこれだけではないが、彼らはその中でもリーダー的な人たちである。アーシュワルト傭兵団や、グッルグ商人ギルド、カルティア貴族連盟、それに隣国からの支援であるシュワルツコフ騎士団など、様々な味方がルードルフにはいた。
「いや、僕は本気だよ」
ルードルフは着実に準備を進める。
全てはこの日のために、自らの勢力を全て注ぎ込んで準備してきたのだ。
資金。人員。武器。紋章術。集めてきたものは惜しげも無く使うつもりだった。
ルードルフは既に準備を終えている。
鎧は着こみ、腰には様々な柄に宝石をあしらった剣を付けている。また手袋の甲には紋章が刻んであり、首元に付けられたネックレスの赤い宝石にも紋章が刻んである。どれも一級の品だ。
ルードルフが最もくらいの高い装備を身に付けているが、他の仲間も似たような装備を付けている。
おそらくは彼らも熟練の戦士なのだろう。
だが、ルードルフの仲間はこれだけではない。
多角的に城を落とそうと、他の場所も仲間が待機していた。
「しかし、王国と戦うには、まだ何もかもが足りないかと思われます!」
付き人は片膝を付きながらルードルフに進言する。
「知っているさ。だから絶対に攻撃を仕掛けるわけではないよ。もしも好機がくれば、こちらも動くだけさ」
ルードルフは地図を眺めながら、人員を城周りに配置する。
どこに仕掛ければ効率的に城を落とせるか。
それだけをルードルフは考えていた。
「好機……好機とは何でしょうか?」
付き人はルードルフに尋ねた。
「…………今日、罪人と会った。あれはもしかしたら……咎人かもしれない」
ルードルフは小さな声で言った。
「咎人、とは?」
「おとぎ話の住人さ」
「それはどんな人なのですか?」
付き人は学がなかった。
だから貴族なら誰しもが知っているその話を知らない。
もちろんそこには咎人の特徴も含まれている。
「簡単に言えばね、この世界を仇なす強大な力を持っている人だよ」
ルードルフはその恐ろしさに背筋を震えさせた。
「強大って、それでも国に勝つのはおそらく無理ですよ」
「そうだね。無理かもしれない」
ルードルフは頷いた。
「なら、どうして?」
「でも、咎人なら、僕達の大願のきっかけになるかもしれない」
ルードルフが見つめる先は遙かなる王城だ。
そんな王城はいつもとは様子が違っていた。この時間帯に王城は光が一つもない黒い城となるのに、今日は明るい光で埋め尽くされている。吉兆だと思った。これまで辛く耐えてきた日々が変わるかもしれないと錯覚できるほどの。
「でも、その咎人は、王城を落とすと言ったのですか? 言ったのなら、我が革命軍に入ってもらえればよかったのです」
「そうだね。でも、咎人は王城を落とすとは言っていない」
「なら、何故? 何故、咎人が革命のきっかけになると!」
付き人は信じられなかった。
初めて合う人をそこまで信頼するルードルフが。
普通ならそんな曖昧な考えで革命を起こそうなどという馬鹿はいないのだ。
「彼はね、こう言ったんだよ。――城で騒ぎを起こすと。咎人にそう言われたのなら、僕は期待しか胸に抱かないね」
ルードルフは興奮した声で告げる。
これまで伝説にしか聞いたことのない存在と出会ったことで、ルードルフにはまるで彼が青い鳥のように見えたのだ。
「でも、ただの罪人の言葉を何故そんなに信じられるのか、私には信じがたいです。ただの戯言かも知れません。それにこの国の騎士は強く、手強いです。そんな酔っぱらいみたいな人の言葉なんて、場末に行けば溢れています」
付き人はこれまでにもそういう言葉を聞いたことがよくあった。
本気を出せば騎士など小指で十分や、俺は過去に龍をのしたこともある、他にも別の国で俺は英雄だったなど、酒に溺れた人間の話は嘘に溢れている。
何故、その罪人の話、それに入れないのか、付き人は理解が出来ない。
「そうだね。そうかも知れない。だからこれは念のためだよ。何もなければこのまま帰るさ。他の者には革命のための予行練習、とでも言えば説明がつく。それによって少しは気が引き締まるかもしれないね」
冗談を言うようなルードルフだが、その目は未だに城に向いている。
もしかしたらもう騒ぎが起こっているかもしれない。
そういった焦りの感情が彼を支配しようとするが、「まだ……まだ……」と自分を押さえつけるように柄を掴んだ右手を左手で押さえつけた。
「そうかも知れないですが……」
「それに――咎人なら、きっと“何か”を起こす」
「何か、とは?」
「単なる伝説だよ。咎人の、ね――」
「それはどのような伝説なのでしょうか?」
「曰く、あれは魔獣を殺す。人を殺す。国を殺す。そして何より――世界を殺す。さっきも言ったけど、これはあくまでお伽話さ。確証はないよ」
ルードルフの知る限り、咎人とは世界にとっての凶兆だ。
あれが確認されれば、国や大陸は混乱と混沌で埋め尽くされる。万世にわたって国を支配したい王族や貴族にとっては、その存在は厄介極まりないものなのは確かだ。
ルードルフにとってもそれは同じだ。
咎人など、本来なら敵でしかない。
だが、敵の敵は味方とも、彼は考えている。
今は矛先が偶然にも揃った。
なら、それを利用するしか無いとの考えに至ったのだ。
「信じられません」
付き人は自分に正直だった。
「だけど、もしも、もしもあれが咎人なら、この世界は大変なことになるだろうね」
ルードルフの話を、胡散臭げに付き人は聞いていた。
未だに信じられないのだ。
だが、ルードルフの話が終わった瞬間に、城の方角から空へと紫龍が昇った。
付き人はその姿を信じられない目で見ていた。まさか本気でルードルフの言ったとおりに、城で騒ぎが起こるとは思わなかったのだ。他の仲間も、その龍に目を奪われていた。それは何よりも綺麗で、それでいて怪しい魅力があり、できることなら一晩中ずっと見ていたいものだったのだ。
ルードルフは驚愕する周りを見て嗤った。
ルードルフは立ち上がって、大声で叫ぶ。
「あれこそが我らの願いを叶える天竜だ! 太鼓を鳴らせ! 笛を吹け! 我々の偉大な一歩はここから始まるんだ!」
そして――革命が始まった。




