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第十三話 友人

 空には満天の星と赤い月が輝いていた。町中からは明かりが既になく、世界は闇色に染まっている。王城へと続く石畳は整然と並んでいて、その上を黒一色の男が歩む。

 菊花であった。

 周りには誰もいない。大通りの中をすっと通っている。全身は黒いマントで、顔はフードで隠している。前からは口角が釣り上がった赤い唇しか覗けない。剣は持っていない。ただの旅人のようだが、それにしては怪しい男だった。

 王城までの街道には街路樹が一定間隔で並ぶ。

 民家や商店などは全くない。

 また、この時間に城を訪問するような無礼者はいないのだ。

 だが、菊花は草木も寝静まった時を選んだ。昼間だと騎士たちの目が厳しく、敷地内に入っただけで多くの騎士に囲まれることになると思ったからだ。そうなれば菫をゆっくりと探している暇など無い。


 もっとも正面から出向いて、「異世界人です。命からがら魔獣から逃げ延びてきました。屋敷に戻りたいので、どうかそこを通してください」と、真正面から馬鹿みたいなことを言う選択肢もあったのだが、流石にそれを選ぶ無謀さを菊花は持ち合わせていなかった。

 先日の佐藤の言葉から、騎士も敵だと分かっている。

 わざわざ敵陣に命を差し出すつもりはなかった。


 だが、異邦者たちが暮らす屋敷に忍び込むのも簡単ではない。教会や屋敷、そして奥には王城もある。それらの場所は高い白い柵で囲まれている。昼間に人目のつかないところでそれらも調査したのだが、どうやら柵の上には金網が張られており、さらにそこには数多くの細かな文字が巻きつけるように描かれてあった。

 紋章、だと思った。

 その時菊花は気まぐれに近くを通りかかったネズミのような小動物を手にとって、塀を越えるように投げてみると、すぐにブザーが鳴って、騎士たちが飛んで出てきた。

 おそらく前に住んでいた屋敷の侵入者に対しての仕掛けについて、トルべが話していたことと似たようなものだと菊花は考えた。


 だとしたら、出来るだけ騒ぎを少なくしてその敷地内に入るのにはどうしたらいいか。

 いい案が見つからなかったので、正面突破することにした。

 菊花は敷地内へと入る大きな門を見つけた。

 石を積み上げてできたそれは大きい。馬車なら一つど通り抜けられるほど横幅があるアーチ状の門だった。近くには立派な塔状の見張り街が左右に用意されていた。

 門に扉自体はないのだが、鎧とサーコートを着てハルバードを持った門番二人に よって、そこは深く閉ざされている。

 菊花はその近くまで、見つからないぎりぎりの位置までゆっくりと忍び足で寄る。もちろん、全身には電気を貯めたまま。

 十メートル。

 九メートル。

 菊花は二人の騎士が間合いに入った途端、身を深く沈めた。

 その瞬間、菊花は全身を起爆させた。


 ――《地を這う稲妻サンダーボルト


 それはあの草原で目覚めた際、魔獣を一撃で斃した技だ。

 菊花は紋章術の使い方を“これしか”知らない。

 雷撃を飛ばすことも出来なければ、落とすこともできない。右手だけに込める方法なども知らない。できることといえば紋章にオドを流して、その電流を垂れ流しにして相手に流すか、全身に雷撃を貯めて開放するかしか出来ない。

 この技は、後者だ。

 菊花は全身が雷となりながら、稲妻の軌跡を歩む。

 そして二人の門番が気づくと同時に、左の拳で片方を殴った。もちろん兜の上から素手で殴ったので、手の甲は裂けた。

 だが、門番はそのまま門にめり込む。

 すぐにもう残された門番が、ハルバードを振り落とすよりも先に菊花を太い足で蹴った。

 菊花は左腕を、すっ、と伸ばした。

 腹に気を失いそうな打撃を食らったまま、菊花はその足に左手を巻き付けて、紋章にありったけのオドを流した。

 すぐにそれは電気に変換されて、男は悲鳴を上げる暇もなく意識を失った。

 菊花は先日の刺し傷を蹴られたため、その場で血を吐いた。

 そして彼は闇の帳の中に消えた。



 ◆◆◆



 菊花が目指した先は屋敷だった。

 そこまでは石畳で整理された道があるのだが、あえて菊花は草原の上を走る。最短距離で屋敷まで急ぐためだった。

 その場所は既に知っているため、屋敷へと着くのは簡単だった。

 だが、ここからが問題だ。

 屋敷の入り口には当然ながら騎士が守っていて、部屋の明かりは消えている。

 トルべの話では屋敷の侵入者は誰かに招かれない限り、警報がなるということらしい。


「俺はバンパイアかよ……」


 菊花は溜息をついてから、身体に電流を流して、まずは一階にある瑠奈の部屋から覗いた。

 窓が閉まっていたので、近くの壁をノックするが反応がない。

 次にその隣にある菫の部屋も見るが、こちらも窓が閉まっていて、ノックをしても反応がない。

 自分の部屋も探すが、やはり反応がなかった。

 菊花は少しだけ頭を傾げて、寝たのか、と思っていると、次の窓に移った。

 今度は、佐竹秀の部屋だった。

 窓は閉まっていて、明かりもない。これまでの反応から期待は薄いな、と思いつつも窓をノックした。

 一回。二回。

 また、反応がない。

 もう一度同じ行動を繰り返してみた。

 一回。二回。

 すると、微かに足音がした。

 菊花は秀の部屋が別の人もいる可能性もあるため、近くの茂みに隠れた。そこから秀の部屋を覗き見る。

 木の窓が軋みながら開いた。

 現れたのは、やはり秀だ。しかも見る限り中には誰もいない。


「……何なんだ?」


 菊花はすぐに秀の目の前に出た。


「よ」


「誰だ?」


 菊花はフードをかぶっているので、秀には目の前の人物が怪しい男にしか見えない。


「ま、これじゃあ、わからないか。俺だよ、俺。友達の名前を忘れんなよ」


 菊花はそう言いながら頭のフードを取った。

 すると、秀の顔が徐々に青く、そして口を開けて間抜けになっていった。

 そしてすぐに秀は叫びだしそうになった。

 菊花は電気を身体に流しているので反射が早く、すぐに彼の口を押さえた。人が集まると困るからだ。


「……ちょっと中に入らせてもらうぜ」


 そのまま菊花は無理矢理部屋の中に押し入って、窓を閉めると、ようやく秀の口を離した。

 秀は鼻も口も抑えられていたので、叫ぶこともせず、暫くの間深く呼吸していた。


「どうだ、落ち着いたか?」


 菊花は秀のベッドに座って言った。

 一方の秀の視線は、菊花をまるで幽霊でも見るかのようだった。


「お前、等々力、どうして? 何故? 死んだん……じゃ? え? え? ええ?」


 菊花は初めて見る秀の戸惑う姿に少しだけ笑った。


「地獄の底から生還したんだよ。嬉しいだろ? 友達が生きていて」


「いや……どうして? 何故? 何があったんだ!」


 秀は菊花に詰め寄った。


「その様子じゃあ、俺はこっちではどんな扱いになっているんだ? 出来るだけ小さい声で頼む」


 秀は後ろに手をついてからからと笑う菊花に、既視感を感じた。

 目の前の菊花は、例え幽霊でも、ゾンビでも、彼なのだと錯覚する。


「等々力は……死んだ……皆、そう思っているぞ! 僕も、鬼瓦も、小泉さんも。いや、騎士団などの全ての人が、君のことを死んだと思っている。魔獣に喰われて……死んだと……」


「魔獣に喰われたのか。俺は。そういうことになっているんだな。ま、佐竹も知っているだろ? 俺は案外しつこいんだよ」


 少し前まで半死半生だったというのに、菊花は余裕綽々に語る。


「…………その言い方は……本当に……僕はお前が死んだかと……」


 それから菊花の姿をもう一度見て、秀は安心したかのように今度はぽろぽろと泣きだした。

 菊花は自分が生きていたことを伝えるだけでここまで感動されると、肌がむず痒くなった。


「佐竹。感動は後だ。それより今、菫や他の奴らはどこにいる?」


 菊花の雰囲気が変わった。

 秀もそれに感化されて、鼻を一度大きくすすって、赤い目を右手でごしごしとかいて、精神を落ち着けようとする。それからすぐに菊花の求める情報を提供しだした。


「……鬼瓦も、小泉さんも、今は遠征だ」


「菫は?」


「……小泉さんが王族にお願いして、遠征の間はお城に住むことになっている。お前が死んだことで、小泉さんもやつれてしまって……どうにかしてでも菫ちゃんを守るために頑張っているんだ」


 秀は安心させようとその言葉を言ったが、菊花の反応は真逆だった。

 舌打ちをして、苦虫を噛み潰したような顔になったのだ。


「城かよ。面倒だな……」


「それより、等々力! お前に何があったんだ? 魔獣に喰われたんじゃないのか? それとも誰か熟練の人が助けてくれたのか? それともゾンビ……いや、本当に何があったんだ?」


 秀は菊花が生きていることに対して、多数の疑問が浮かんだ。

 その泡は出来るとすぐに消えるが、またすぐに生まれた。


「さあな? 生きていることについては知らない。ただ、お前の疑問を少しは解消できるとは思うぞ。一体、佐竹は誰に俺が死んだと言われた?」


「……トルべさんと佐藤だ」


「その二人が俺を殺そうとした」


「え?」


 佐竹の呼吸が止まる。


「どうして俺が生きているのかは本当に分からない。だが、あいつら二人に殺されかけたのは本当だ。それにこの屋敷に侵入者もいなかった。全てあいつらの狂言だ。俺はあいつらに嵌められて、犯人に仕立て上げられた。本当は国を上げて、咎人を処理しようとしていたくせにな」


 菊花は冷たい顔で断言した。

 その二人のことを思い出す度に、右の拳が強く握られた。


「どういうことだ?」


「さあな。ただ、あいつらの話では、この刺青の持ち主は絶対に殺すらしいぞ」


「殺すって……何かの間違いなんじゃないのか?」


 秀は菊花から告げられた真実を信じられない。

 友達のいうことなので頭から否定はできないが、価値観がこれまでと百八十度違い、まるで夢物語のように聞こえてくるのだ。


「いーや、本当だ。実際に俺はあいつらに殺された。これを見ろよ、全部あいつらが俺に刻んだ」


 菊花は服を捲って、秀に腹を見せた。

 そこには痛々しいほどの傷跡が残っていた。

 秀の顔が一気に悪くなって、両手で口を押さえて嗚咽する。


「……嘘……だ」


「本当だよ。それで、今は他の刺青持ちはどうしている? もしかしてこの屋敷から消えたか?」


「いや、一人は人知れず消えたが、まだ二人屋敷には残っている。その二人は佐藤ともう一人、あの大人の女性だ。菫ちゃんはさっきも言ったとおり、王城の上に住んでいる」


「王城のどこだ?」


「あそこにある高い塔の一番上だ。僕も行ったことがある。なんでも塔に登るのに出入口が一つしかなくて、そこも騎士たちが付きっきりで守っているようだ。どれも小泉さんが選んだんだ」


 秀は窓を開けて、そこから見える立派な白を指差した。その中でも彼は四方に張り巡らされた四本の高い塔のうちの一本を標的にした。

 見る限り、小さな窓はあるがその他に入れそうな場所はなさそうである。


「……分かった。行ってくる」


 菊花は秀の話を聞いて、すぐに菫を助けに行こうと窓から外に降りようとしたが、それを秀が止めた。


「待て。それよりも誰かに事情を話したほうが……」


 その菊花の目つきは、秀が見たこともないぐらい鋭かった。

 まるでナイフのようだ。


「誰に話すんだ?」


「それは……大和さんや、もしくは他の騎士に……裏切り者がいると……」


 秀の意見を菊花は順当に考えればまともだと思ったが、敵はどこかの組織や佐藤とトルべの二人ではないことを知っていた。


「無駄だな」


「無駄って!」


「あいつらが俺に止めを刺そうとする前に行ったんだが、どうやら刺青を殺すのは騎士も、教会も、王も、貴族も、全てが協力して行おうとしていることらしい。だから騎士は当然行っても無駄だろうし、大和は教会側の人間が近づいているだろ? お前の絵空事のような話と、これまで真摯に尽くしてくれた教会の言葉。お前はどっちを信じる?」


「それは……」


 秀は口が言いよどんだ。


「だろう。だから俺は菫を助けに行くんだ。何としても――」


「……でも、待ってくれ。等々力は菫ちゃんを助けたらどうするつもりなんだ?」


 秀は助けた後の行動が気になった。

 例え咎人の命を狙っているとはいえ、現在の菫は国に保護されている身柄だ。それを強引に取り返そうと思えば、どうしても摩擦が起きる。


「もちろん――ここから逃げるさ」


 菊花は言い切った。


「逃げるって? どうやって日本に戻る気なんだ? 僕たちが覇王を倒したら、神が元の世界に帰してくれるかも知れないんだぞ!」


 異邦者全員の悲願が、おそらく元の世界への帰還だ。

 それを手に入れるのはこの屋敷にいて、神様の願いを叶えることが最も近いだろう。


「……例え、それが本当だとしても変わらないな。あいつらは俺のことを“神の敵”と言っていた。もしお前なら、自分の敵に塩を送ると思うか?」


「送ら……ない……」


 秀はゆっくりと答える。


「もうひとつ言えば、ここにはそれまでに生きていられる保証がない。俺の命なら賭けられるが、流石に菫までそんな危ない橋をわたるつもりはない」


「じゃあ、等々力は!」


「ああ。個人で元の世界に戻る道を探す。もちろん。ここから離れて、どこか別の所で」


「本気なのか?」


 秀の言葉は疑惑だった。


「本気だよ。本気で、そするつもりだよ」


 菊花は言い切った。

 それを見た秀は、深く一息をついた。こうなった彼はてこでも動かないと長い付き合いから知っている。だからもう反対もしない。


「……分かった。ちょっと待っていてくれ」


 菊花は急に部屋を出て行った秀の行動が気になるが、大人しくこの部屋で待つことにした。

 流石に彼は的じゃないと思うが、もしかしたら、の可能性もある。

 そして十数分後、秀は部屋に帰ってきた。

 手に大きな皮製のリュックサックを持って。

 そしてそれを菊花に渡した。


「……これは?」


「旅に必要な物を入れた。食べ物や水。それに毛布を一枚。ついでに通行証も手に入れたし、コンパスや地図も入っていた。さらにナイフも入れてある。纏めてきたんだ。持って行ってくれ。どうせ、何も用意していないんだろ?」


 秀はイタズラな笑みを浮かべた。その発言は普段の行き当たりばったりな菊花を見ているこそ出た発言だった。

 菊花は手渡されたものを信じられず、秀の真剣な瞳を間抜けな顔で見つめていた。


「お前……」


「どうかしたのか?」


 菊花は少し前まで友だちを疑っていた自分が恥ずかしくなった。

 まさかここまでするために部屋を出て行ったとは思わなかったのだ。


「佐竹」


「だから、何だ?」


「俺を殴ってくれ。さっきお前が部屋を出て行った時、俺はてっきり騎士に伝えに言ったと思った」


 佐竹はその発言に笑った。


「等々力。実は僕もお前の話が信じられなかったんだ。だから、殴れ……と言いたいところだけど……」


 二人は話し合うのを止めて、閉まった窓を見つめた。そこからは騎士たちの怒号が聞こえてくる。どうやらその中には「侵入者を探せ」とあり、どうやら敷地内に無断で侵入した菊花を探していることが二人には分かった。

 菊花はすぐにリュックを背中に背負った。


「時間がないな。それじゃあ。助かった――」


 菊花は最後に秀にお礼を言う。


「等々力、あの二人にはどうするんだ? お前のことを言ったほうがいいのか?」


 秀の言葉に、菊花はこの場にはいない友達のことを思い出す。


「佐竹が決めてくれ。後は全部お前に任せた」


「……分かった。それじゃあ、後は僕がタイミングを測る。ベッドの脇に隠れてくれ」


 その通りに菊花は行動した。

 窓を開けて、外を念入りに確認する。そして周りに人が全くいないことがわかると、菊花に目と手で合図して外に出ろと示唆した。

 菊花は信頼する友人の言葉を信じ、窓の縁に足をかけて、外へと降りた。

 そして菊花の背中へと、佐竹は言った。


「……僕は君のことをずっと友達だと思っている。だから――絶対に次あった時に殴らせてくれ」


「いいぜ。次にあった時は俺も佐竹を殴るとするよ」


 菊花はそう告げると、振り返らず塔を目指した。

 秀はその姿を見送るまもなく、窓を閉じた。

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