第八話 ――『終わり』が始まり――
奇妙な息苦しさを感じたのは、昼を過ぎての頃だった。
昼も食わせ、テレビをぼうっと眺める。そんな昼下がり。どうしようもない様な『熱さ』を感じたのがその頃だった。今は夏だ、『暑く』ておかしい事は無い。しかし、『熱い』のだ。冷房を働かせていると言うのに言い知れぬその『熱さ』は心を蝕む。
「……熱い」
「有悟、……ごめん、囲まれてる。また迂闊だった」
俺の呟きに答えるノゥ。……あれか、これはまた『敵』か。
「お前等何時も迂闊な気がするが何が理由だ、何が悪いんだ」
「……有悟」
「あぁ! そうかよ!」
俺は叫びを上げながら左腕を見る。
「おい! ウィンは呼べるか?」
「可能、呼ぶだけなら……でも嫌な予感がする」
「一応出てこい、ウィン!」
叫ぶ。左腕から蒼い粒子の奔流。それらが一か所に纏まり、一つの姿を形成する。
「……有悟さん、ちょっとすみません。……『私』には手が負えません」
そう言うウィンはとてもつらそうな表情をしてる。どう言う事だ?
「どうも『真名』がバレたのが不味かったようで……”アレ”がッ!」
そう言うと、膝を着きしゃがみ込むウィン。俺は彼女の元へ近付き、その肩を抱こうとし――抱きつかれた。
「うぇへへ~、ゆぅっごさぁんッ! ウェッヘッヘッヘ!」
「理解、酔ってる……。熱さにまぎれて酒気も混ざって居る」
「おい、コイツ何だよ? おいノゥ! 助けてくれ!」
ズボンに手っ突っ込むな! やめろ! 俺の言葉を受け、ノゥが軽くウィンの頭を叩くと、蒼い粒子に分解され、彼女の姿が消える。
「危険、……酒、”アレ”、そして『火』の気が強い……完全に『ウィンディーネ』を封じられている」
「あ? 酔っちゃいるが動けるだろ? なんだって、『火』で封じられるんだ?」
「解答、――『真名』がバレて居る。だからこそ対策を取られた……《日本書紀 巻第一 神代上》、その『第八段』」
「はぁ?」
またも意味のわからない事を。と、考えて居ると玄関が開く音が――両親か!?
「やべぇ!? 巻き込んじまう!?」
俺はリビングから駆け出ると玄関を目指す。
「――駄目ッ! それは……」
ノゥの言葉も聞かずに。
「はぁ?」
俺の眼の前に居たのは七人の美女だった。大人から子供まで、様々な年齢。皆白い服を着て居る。
「あのぉ……家を間違えたんじゃぁ?」
見ず知らずの人間だ、俺は尋ね――
「有悟ッ! そいつらは生贄! 早く追い出して!」
――にこりと彼女達は笑うと、それぞれ手に持った刃物で自らの首を掻き切った。
「はぁ!?」
「……チッ! 遅かった!」
ノゥが叫ぶ。俺は彼女に向き合い尋ねる。
「――どう言う事だよ! これは!? なんでコイツらは!?」
「『類感呪術』……悪いが【契約神格】の居ない僕の様な人間にはこう言う手しか打てないんでね……」
俺の問いに、後ろから別の男の声が答える。俺はすぐさま前へ飛び、宙で身体を回転、視線を向ける。
濡れ烏の長髪、黒い眼はキッと鋭い目付きで俺を睨む。その身に纏うは紅白の巫女服。右腕には奇妙な刀を持っている。すっとした顔立ちの良い女だ――そう思った。しかし先の声の主が見えない。真逆……。
「さて、君が《八岐大蛇》の契約者か……面倒な事を……悪い事をしてくれたね」
そう、覇気の無い、男の声がその女性から放たれる。……男かお前。
「だとしたら、何だ? 殺すってか?」
「それが最も簡単な手段だろうな……だが最早『世界』はそんな事を言ってられる状態じゃないんだ……」
そう言い男は鞘を捨て去り、その刀を構える――やる気か!?
「――悪いが、君は『負ける』。これは『決定事項』だ」
「不味、……”アレ”は、《天羽々斬》!」
ノゥが叫ぶ。言外に「逃げろ」と俺に言っているのだろう……。だが、
「試しもせずに屈したくはないな……」
そう言い、俺も身構える……、本当にアイツに【契約神格】が居ないなら『妖精』でも勝ち得るか……?
「君の様な頭の悪い子供は一度痛みを覚えた方が良い……」
構えを変える男――半身に構え、刀を引き顔の横へ、そして切っ先を俺に向ける。低く落とした腰は、女性の死体を踏みしめ、ずっしりと不動を思わせる。
――所謂『霞の構え』。なるほど、室内では、上下左右に刀を振るう事は出来ない、コイツかなり慣れてやがる。
――だが!
「そうやって人の命を軽く扱う様な奴にッ! むざむざ負けてたまるかよッ!」
踏みしめられる女達の遺体――それが見えた瞬間、頭に血が昇る!
俺は男に向かい、地面を蹴った。




