第七話 ――変わる『日常』――ノームとの場合
眼が覚めると既に日が変わって居た。
「うぉ!? あ、朝!?」
それ程疲れて居た覚えは無いが、携帯電話のアラーム音で目覚めた俺は驚きから立ち上がり――その左腕を確認した。
「……安心、大分良くなってる」
「ノーム」
俺の所為で起こしてしまったのか。ソファーの上にペタンと座りながら眠たそうにその目を擦る。大分余って居る袖で目を掻く為少々痛そうだ。俺はその手を取り、擦るのを止めさせるととりあえず顔を洗うように言う。
「……しっかし寒いな」
クーラーを付けて寝て居た為、どうも身体が冷めきって居る。ノームと一緒に寝ていて良かった。一人なら間違いなく風邪をひいていただろう。まぁ二人でも怪しいものだが。
「懇願、……助けて」
小さな助けを求める声が聞こえる……。と言うか、うん。ノームの声だ。
「どうした……おいおい」
頭を抱えたくなる。ノームはYシャツの様な服を着ており、サイズはぶかぶか、袖が余って居る。コイツはその余った袖を捲る事もせずに顔を洗った。更には洗ったとは言ったが、濡らしただけだ、濡らしてほったらかし、袖も髪も顔もビチャビチャだ。
「ノーム、なんだってこんなことになってんだよ……」
「疑問、それは私にもわからない……」
いや、袖をそのままで顔洗ったからだろ。俺はやれやれと思いつつ彼女の顔をタオルで拭いてやる。はぁ……出来の悪い妹を持った気分だ。出来の良い妹は俺をこんな風に見て居たのだろうか?
「いや、ここまで酷くねぇよ」
「有悟、……もしかして凄く失礼な事を考えてる?」
「良いから手を拭け……ってかビチャビチャだなもうその服は脱げ、とりあえず代わりの服探しとくから……」
と言いながら俺は洗面所の戸棚を開ける。ここにはパジャマを置いている。とりあえずは、俺のシャツで良いか……。
「質問、脱いだ……どうすれば良い?」
「ああ、とりあえずこれを……ッ!!」
俺は振り向き、彼女にシャツを渡そうとし――首を振り、彼女を視界から外した。
「――ん? 有悟、どうかした?」
「どうかしたじゃねぇよ!? 何で、お前、お前……」
――裸なんだ。
少し水を孕んだ白い長髪がぺたりと身体に張り付き、凹凸の少ないそのボディラインを包む。丸みを帯びたその体躯は、小さく抱きしめたら折れてしまいそうな程華奢だ。
人ならざる美を持つ彼女。俺の名誉の為に言うが、妙な興奮などは覚えなかったが、何も纏わぬその姿を見た時、俺は罪悪感に苛まれた。触れてはならぬ、見てはならぬ、そうした物を破ってしまった様な罪の意識に。
「……理解、有悟はこの魅惑のばでぃに魅了されたと……」
「違う! 断じて違う!」
違うから服を着てくれ! 俺は本心から望んだ。背に濡れた柔らかい感触が……。
「可愛、食べちゃいたいくらい……」
そう言い、裸で俺の背を抱くノームが俺の耳を甘く噛む。かなりくすぐったい。
「あ……あのですね、ノームさん……ヒャッ!?」
言葉を終えるより早く、彼女の濡れた手が俺の首筋を優しく撫でた。
「不要、言葉は要らない……身体が……教えてくれる」
ぺろりと、舌舐めずりの音か聞こえた。
「ノ、ノーム、やめろ。やめないと怒るぞ」
「笑止、……有悟が怒ると、どうなるの……?」
「助けてやらんぞ」
「?」
疑問符を浮かべる彼女の姿が浮かぶようだ。俺は喰いついたノームに言葉を続ける。
「食事の用意、着替えの用意、こう言った細かい事のサポート、一切しないぞ?」
「……質問、脅迫?」
「さぁ、どうだろうな……」
コイツのあの袖の状態、あの袖を捲る事すらしないズボラさ、俺は確信した。
――ノームの生活能力は皆無だ。
「……理解、服をちょうだい……今は良い、ヤらない」
どうやら、先の面倒の方が勝ったらしい。
「ははは……そう言ってくれるとありがたいな」
そう言い俺はシャツを渡す。
「じゃ、ノーム。着替えたら呼んでくれ」
「……ヤバイ、他の奴らは……寝てるんだろうなぁ」
溜息を一つ。正直他の人の協力なしでノームに対して勝てるとは思えない。ずるずるとそう言う欲求に負けてしまいそうな気がする。
「いや、でもアレどう見ても子供だろ……犯罪じゃねぇかよ……」
流石に警察の厄介にはなりたくない。まぁ布一枚しか身につけて居ない幼子と一晩寝て居た時点ですでに問題ではあるが……。
「どうすれば……」
「招請、……有悟、着たよ?」
「お、おう! 今行く!」
俺は洗面所の扉を開け、ノームと対面した。Tシャツを身に纏い、倒れこむ彼女。
「要求、お腹が減った……有悟、ご飯食べたい……」
「はぁ、わかったよ今用意する」
「めしー、めしー……」
余りにやる気のない、声。良く見るとノームの横に一体の『妖精』が。
「……『ノーム』か」
「はらへー」
「……有悟、それより食事を……」
「わかったから立て、リビングに来い、そしたら喰わせてやるから」
俺は一人と、一匹を置いてキッチンへ向かった。朝だしな……軽くトーストと目玉焼きで良いか。
「美味、美味……」
「良く噛んで喰え……あぁ! んなにこぼして!」
「うま、うま」
朝食を喰う。母親ならもっと良い物を作るだろうし、リズも料理は得意だが、俺はこうした手軽な物しか作れない。何とか『ノーム』とノームに食事を食わせると、俺は一息吐いた。
「……発覚」
「なんだ……何が発覚したんだ?」
「困窮、彼女達も『ノーム』、私も『ノーム』」
そう言い、ちらりちらりとこちらを見る彼女。
「……そうだな、じゃあそいつを呼ばないってのはどうだ?」
「不憫! 彼女達に悪い!」
結構勢いよく立ち上がるノーム。ちょっとからかい過ぎたか?
「冗談だよ……、そうだな『ニックネーム』ってのはどうだ?」
「疑問、『ニックネーム』?」
「そうだなぁ……『ウィンディーネ』だから”ウィン”、お前さんは『ノーム』だからなぁ……どう付けてやるか」
これが意外と問題だ。ノームはノームで良い気さえする。なにせ呼びやすい。それでも個別の名前を付けるとなると……。
「”ノゥ”……ちょっち「No」みたいだがどうだ?」
「反芻、”ノゥ”……ノゥ……、悪くない」
「良し、お前さんが良いならそれが一番だ。」
そう言い、俺は彼女の頭を撫でてやる。と、癖になってるようだ……。女性の頭を勝手に撫でるってのはマナーがなってない。俺は撫でて居たその手を離そうとし。
「許可、撫でて居て……良い。許してあげる……」
ノゥに許可を貰った。
「許しが得られたのなら」
そう言い笑うと、不貞腐れたようにそっぽを向くノゥ。やはり子供か。
俺は彼女の頭を撫でながら、また一つ考える。
こう言う生活も悪くないんじゃないか、と。