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第五話 ――彼女の『名』――水の神

 蒼の髪は隆々となびき、気高き意思を誇る蒼眼は爛と煌めく。

「……思い出したよ。お前は最初そう言う恰好をしてた」

 頭より鋭く伸びた二本の角、鋼鉄色(スチール・グレー)に輝く。苔生した色()の和服を羽織り、その下に纏うは烈火のドレス。背より伸びる一対の翼が如きプレート≒スパイク(スプレイト)、それぞれが一角を携えた六つの首――邪龍の物だ。


「……そうでしたね。覚えてらしたのですね」

 ウィンはニコリと微笑む。その表情、その美しさは間違いなく女神の物だ。

「では、今一度名を御呼び下さい。私の名は?」



――七頭十角、血色に染まるその腹部、苔生す背。水を操り、天候を定める。

「水神にして、邪龍。邪龍にして、山の守護神。汝の名は」





「――『八岐大蛇』」




「えぇ、私の名は『八岐大蛇』、契約により貴方を支える者です」

 そうして、七つ全ての首が俺に対し下げられる。

「しっかし、頭が七つしか無いな」

「「八岐」とは「多くに別れる」意です。数は意味をなしません」

 そうして笑う彼女の両の腕が竜の頭を形作る。

「増やすも可、減らすも可ですので」


「《八岐大蛇》!? 日本最古の動物神にして、唯一の邪龍(ドラゴン)! 

ユウゴさん、貴方は何て物と契約してるのです!?」

 ローゼスは驚きに瞳を見開く。

「あっれ? 兄貴どうする? ――もう一人で帰れる?」

 リズが笑いながら言う。俺はやれやれとジェスチャーを作り言葉を返す。

「コイツが居るから一人じゃねぇな」

「はははっ、そうだね」


「だが、俺達だけで十分だ」

 そう言い、一歩ローゼスに近付く。

「ローゼス様!? 一体何が!」

「大丈夫ですか!?」

 と、扉が開き、奴の部下達が入ってくる。――丁度良い。

「さて如何いたしましょう?」

 ウィンが、いや《八岐大蛇》が訊く。

「軽く、な」

「はい、アナタ♪」

 そう言い、笑う《八岐大蛇》。首の幾つかが唸り声を洩らす。やってやるぞと気合の表れか。そうして、起る振動。ガラスが弾ける。強大な揺れに建物がひしゃげ、


――そしてビルは崩壊した。


「おい!? 軽くと言っただろうが!?」

 落ちながらも《八岐大蛇》に文句を言う。俺を抱きかかえる様にして助ける彼女。

「す、すみません! ちょっと気合い入れただけなんですけどぉ!」

「……忌々しいッ!!」

 舌打ちと怒りを隠そうともせず、ローゼスが俺を睨む。彼女の全身を包むように七色の光が走る――それによって浮力を得て居るのか、彼女は落ちる気配も無い。アレは《クロウ・クルワッハ》の力か?

「もう……いいのです、こうなれば今、アナタを、ボクが直接!!」

 叫びを上げるローゼス。彼女の元に同じ顔の少女クロウ・クルワッハが現れる。

「《クロウ・クルワッハ》!! 生贄を捧げるのです! 汝の力を今!」

――叫び。それに応じる様に《クロウ・クルワッハ》より、落下する部下達を包むように虹が放たれる。そして虹に包まれた人間は骨を残し消滅、虹は更に輝きを増し、無数の線となり、骨組み(ワイヤーフレーム)を作る。そして、吐き気を催す死の香りが肉体を形作った。先のビルと同じだけの大きさが有るだろうか。


 それは強大な蛇。怒れる羊角を誇る龍。死の黒と、魂の黄金で彩られた太陽の神。


「……これが本当の《クロウ・クルワッハ》かよ」

「あれ? 怖いですか? 胸、吸います?」

「ごめん、意味がわからない。それに、怖くはないさ」

 ははと、鼻で笑う。なにせ――わざわざ”蛇”の姿を取ってくれたのだから。


「……ちぃ! あの時計持ちの女(カイロス・レディ)は消えてしまったのです!」

 それを聞き、辺りを見回すが確かに居ない。アイツは殺される様な馬鹿な真似はしないだろうし、逃げたか。ならば、俺だけでも? 俺は笑いを我慢できなかった。

「オイオイ! 耄碌したか!? 『俺の女』(ウィン)を何だと思ってる!?」

――『八岐大蛇』だぞ?


「同じ邪神=蛇神(『神格』)ッ! ならば『力』と『戦い』、『勝利』のあるこちらが!!」

 そう叫ぶとローゼスは俺達に対し、《クロウ・クルワッハ》を仕向ける。


「今度は、良いぜ。ちょっと激しく教えてやるか?」

「いえ、こう言う時は、最低の働きで最大の痛みを、ですよ♪」

 そう良い、俺にウィンクを投げるウィン。こう、ちょっと恥ずかしい。大体俺まだお姫様だっこみたいに抱かれてるし。

「ハッ! 避けられまい!」

 ローゼスは引き攣った様な笑みを見せる。たしかに、凄まじい力の奔流だ。これだけの力が有ればこの前の黒尽くめの男が何人攻めて来ようと関係ないだろう。あの程度の力なら取るに足りない(ゴミ)と判断できるだろう。


――だが、今の俺たちにとっては、コイツが取るに足りない存在(ゴミ)だ。


 巨大な《クロウ・クルワッハ》のあぎとが開く。その距離が近づく。

光に近い速度(亜光速)で迫って居るのだろうが、今の俺はそれをスローモーション映像の様に確認できる。


――3、2、1、0。


 《クロウ・クルワッハ》と俺達の距離が零になる。俺は手を伸ばし、《クロウ・クルワッハ》の頭を撫でた・・・・・


「どうです有悟さん? 新しい子供の撫で心地は♪」

「ハハハ、悪くない。この辛気臭いのさえ何とかなればな」

 そう言い、俺はまた《クロウ・クルワッハ》の頭を撫でる。

「なぁ!? ボクの《クロウ・クルワッハ》が!?」

「同じ『神格』と、言ったよなぁ……そうだ同じ『神格』だ」

複合・重層(シンクレティズム)、この国なら神仏混淆、知ってますよね、凄い魔法使いさんなんですから♪」

 あー、えげつねぇ。ウィンは笑いながら言葉を続ける。

「何故私が七頭十角で居たか、理解できなかったんですか? パトリキウスに鎮められし《異教の邪龍(クロウ・クルワッハ)》と、人をそそのかした《邪知の主(蛇たる我)》。どちらも共に同じ属性(『教会の敵』)を持つ」

「その中で多頭はすなわち、軍勢(レギオン)……飲まれた、と言う事なのですか……」


 俺には良くわからないが、どうやら《コレ(クロウ・クルワッハ)》は俺達の力のようだ。


「さて、どうする? まだ俺達を倒そうと言うのか?」


「そうですね……それは不可能そうなのです」

 そう言い、力無く笑うローゼス。俺達は《クロウ・クルワッハ》を人の姿に戻し、四人で地に降り立った。

「さて、じゃあ俺達は帰らせて貰うぜ?」

「――だけれども! 殺せずとも力を封じることは出来る!」

 そう叫ぶと、彼女は懐から奇妙な本を取り出し、詠唱を始める。その声が進むたび、右手にはめられた指輪がキリキリとその径を縮めて居るのがわかる。

「無駄ですよ?」

 ウィンはそう笑いながら俺の右手、指輪に触れる。と、全ての輪が、伸びきり、ただの金属片へと姿を変える。

「《八岐大蛇》……ッ!」

「不様だな、ローゼス」

 俺は彼女に投げかける。彼女はまた苦虫を噛み潰したような顔をする。

「……覚えておくのです。私の様にアナタ達を狙う者は多く居るのです。そして全ての者が『正義』を掲げ、『悪』と見なすでしょう」

「だからどうした? 大の為に小を殺す。そんな考えが『正義』だと言うなら、俺は『悪』で構わない。それに、そんな不様で情けない『正義』、こっちから願い下げだね」

 笑うしかない。こうも負け犬染みたコイツが『正義』等と面白いジョークだ。

 

「アナタ、彼女はどうします?」

 ウィンに訊かれ考える。確かにコイツはどうするのが良いのだろうか?

「放っておいたらまた狙ってくるよなぁ……」

「そうでしょうねぇ……」

 等と話をしているとローゼスは九字を斬り、印を結ぶと、突如としてその姿を消した。

「な!?」

「どうも忍者の様な奴ですね……」

 魔倣士(ミミクリーメイガス)じゃなかったのかアイツは。俺は溜息を着くと、ウィンの頭に手をやり、労いの言葉をかける。


「ありがとな、ウィン」

「いえいえ、これも()の役目ですから」


 そうして笑うウィン。角も龍達の頭も消え。青のワンピースを着て居る。どうやらいつの間にか、『ウィンディーネ』に戻って居た彼女。


 俺はウィンと共に家に向かった。




 これが『始まり』だとも知らずに。

「ふ~ん、兄貴は《八岐大蛇》と契約してたんだね」

 リズはビルの縁に腰掛け、ニコニコと笑いながら【契約神格】(パートナー)、《カイロス》に話しかける。

「-・--・--・ -・・・--・・-・・--・-・-・・--・-・(なるほど……)」

 奇妙な電子音が、鳴り響く。これが《カイロス》の声。リズにはわかる。彼の言葉が、その意味が。

「でも、まだだよね」

 更に笑みを深めるリズ。楽しみで仕方がない、そう言う顔だ。

「-・--・・-・-・・----・-・・・・--・-・・---・--・・--・-・(恐らくは)」

「兄貴からはまだまだ『神格』の匂いがする! それもどれもこれも強烈な匂いが!」

 そうして、縁から飛び立つリズ。

「楽しみだなぁ、きっと全てを知れば兄貴はリズを『殺し』に来る!」

 宙を舞い踊る。彼女は踊り、心の揺れを表現する。

「そしたら、兄貴は――有悟はリズだけを見てくれる!」


 夜空に一人、少女が舞った。


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