第五十四話 ――魔導書の『主』――
生き延びたので、俺達はまた金持ちゾーンって感じのビルに帰って来ていた。
「【支配領域】か。……かったりぃなぁ、何とか勝つ方法はねぇもんかね」
「そうだねぇ……」
そう言い、腕を組み、目を閉じ考える物部。表情はまるで物思いに耽る美女のようだが、性癖の歪んだオッサンだと言うのだから、世の中はわからない。
「……【支配領域】、スリーサイクルの行き着く先、ゴール……」
小さく、言葉が続く。結構真剣に考えてくれてるので、冗談程度に尋ねた事を申し訳なく思う。
「――君の能力はまだ完全に開花していないと言う事だろうな」
「マジか」
「ゼバオトの能力、《妬む神》。それが鍵だ」
――《妬む神》、貶められる事で、相手を超えるその異能。これが鍵?
「つまりは、多くの人と出会い、関わることで始めて力を得る異能と言える」
「そうかな……」
それってオブラートに包むというか、言い方良くし過ぎてない?
「世界中には、多種多様の異能者がウヨウヨしている、その多くと出会うことで、君の力は更に強くなるだろうね」
「つまり、今回みたいな見学会も無意味じゃなかったって事か」
「そうだね、まぁ大体は見てもらったが」
そうして、鳴り響く呼び出し音。物部の携帯からだ。
「はい、物部です。えぇ……はい……そうですね、向かってみます」
何やら話しているが、まぁ俺には関係のないこと。机の上に置かれた茶請けを勝手に貪り、茶が欲しくなる。なんだよ、茶も出さねぇで。とも思っていると、ウィンが無言で俺に茶を出した。やるじゃない。
「うまい」
「妻ですから」
「んー、全然会話が繋がらないなぁ」
「ツーカーの中ですものね」
困ったなぁ、ああ言えばこう言うの関係にしか思えないぞ?
「さて、有悟くん。悪いがもう一仕事付いて来てくれないかい?」
そんな俺に助け舟を出してくれる物部。お前が女なら……性癖酷すぎて嫌だな。
「さっきから俺ってアンタの仕事の邪魔しかしてない気がするんだけどな」
「強い力を見せる事も、充分に仕事さ。それよりも、新しい異能体系を見に行こう」
ビルの位置としては、東京の【あのお堀】の近くだ。なので車を少し走らせれば国立の有名な図書館に辿り着く。
「始めてだな、ココに来るのは」
「それでも、名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
「田舎モンだが、名前くらいはな」
「悪い奴め、充分に都会だろうに君の街も」
そうでも無い。東京のベットタウンで、有名な観光スポットってだけで、ソコから外れりゃ田舎だ。スポットをちゃんと探せば中華街だの、象徴的目印を冠した塔だのはあるが。
「で、何が見れるんだ?」
「魔導書の主。異能の三分類は覚えているかい?」
うげっ、そう言うちょっとしたテストみたいなのは止めてくれよ。
「何だったか……『再現』、『遺産』、『技術』だったか?」
「そうだ。君のような魔倣士は『再現』、僕達のような担手は『遺産』に分類される」
それぞれジャンケンがあったな、そこまでは覚えているが、どう言う関係かは忘れた。
「彼らは、『遺産』である魔導書を用い、魔術を『技術』として行使し、かつての神々を『再現』する」
「分類不可能って事か?」
「どれでもあると、分類可能だ」
関係者以外立ち入り禁止の立て看板を無視し、進む物部。それに付き従うが、洒落た建物だな。家の近くの図書館も馬鹿みたいに洒落た建物だが。
「強いのか?」
「頭の悪い言い方になるが、『馬鹿みたいに』強いよ」
エレベーターの操作パネル、階層をランダムに押しているようにしか見えない。しかし、幾つかの階層を、順次押すことで、隠された階層のボタンが現れる。スパイ映画とかそう言うのにありそうなヤツだ。
「それで?」
「ん?」
長い時間下り、扉がやっと開く。眼前に広がる、奇妙な空間。ロボットアニメなんかで見るような、格納庫のようなスペースに、石碑や無数の巻物が置かれている。岩、粘土、木、紙は無い。イメージと違う。
「お疲れ様です」
学生服を着た俺より少し年上であろう腰の低い男。目元が髪に隠れ、ぱっとしない雰囲気だ。ドコにでも居そうで、すぐにでも忘れてしまいそうだ。
「あぁ、いらっしゃい」
そんな男の横、付き従う褐色肌の少女は随分とまぁ、生意気そうだ。銀のようにも見える白の長髪に、紅い瞳。異常の一言だ。まぁ、最近は見慣れてるんだけどさ変な髪と眼の色の奴等。
「ソイツらと戦うのか?」
ソレを聞き、笑う物部。
「遊んでもらうんだよ、『担手/魔倣士』は」




