第五十一話 ――『終わり』を告げる者――
「新聞は間に合ってるし、テレビはねぇし、電気も水道もガスも使ってねぇから帰れ」
あばら屋と言うか、廃屋の扉をノックし続けた結果、帰ってきた答えがコレだ。
「日高 昇、彼は戦いの後少し変になってしまってね……」
物部は、彼の答えを聞くと、扉を蹴破り、中に入る。その過程で、遺産を展開し、殺す準備をしていたが、俺は黙ってそれを見送る。
「ぐわー」
数分もすると物部が窓を突き破って、吹き飛ばされてきた。
「俺とティアの愛の時間を邪魔するんじゃねぇ!! 次来やがったら『喰う』ぞ!!」
そうして出てくる、青年。黒いその髪もっさりとした感じを受ける。綺麗に切り揃えられているはずだと言うのに、決してそうは見えない。髪と同じ色の眼は、まるで食卓に並ぶ焼き魚のように濁っていた。
顔立ちは決して悪くは無い、悪くはないが、他人に不信感を抱かせる。
「これが、アポロンの適合者……?」
「もう辞めたんだよ、そんな馬鹿らしいのは」
何よりも、彼を一番信用出来ないと思わせるのは、ずっと小脇に少女を抱きかかえている点だろう。幼女と言っても良いかもしれない。彼は、常に少女から手を離さず、時折その髪を口に居れ、頭皮の匂いを嗅いでいる。
――変態だコイツ。
だと言うのに強い。物部が、完全にノサれている。俺だって面倒臭いのに、コイツは神格の力を開放するでもなく、物部を追い返した。
「テメェも俺に面倒くせえ戦いをしろだとかそんな話か? だったら帰れ!」
そう言いながら、今度は幼女を抱きかかえ始める日高。怒りながらそんな事するのはやっぱり変な奴だよコイツ。と、見ていると、無気力状態で抱きかかえられていた幼女が、日高の首筋をペロペロと舐め始める。
――うわぁ、二人して変態かぁ……。
「いや、すみませんでした。帰りますんで。ご迷惑おかけしました」
本当に関わりたくないですコイツと。俺は物部を引摺り帰ろうとする。ソレを見て日高は部屋に戻る。
「駄目だ! 奴らは『組織』で管理しなければ!!」
「いや、無理だって! あんなの管理したって良い事ねぇよ!?」
「負けてられませんよ有悟さん!! 私達夫婦も愛を魅せつけなければ!!」
「え? 変な妄想が聞こえた気がするわ、何だって?」
「訂正――私達夫婦の愛を魅せつける」
「黙らっしゃい! 地属性! 時代は清らかな水です!!」
「あらあら、大変ですね、ユウちゃん」
「そこの脳味噌ピンクも何本妻顔してるんですか!? メインヒロインは私ですよ!!」
「皆何か楽しそうだねっ!」
「……サラ、お前はいい子だなぁ」
何か、涙が出てくる。何でこんな俺の周りはやかましいんだろうか……。八割以上がウィンのせいだけど。
騒いでいると、目覚まし時計が投げつけられる。頭に当たったソレ。よくよく見てみれば、電池もない、動いても居なかった。
「うっせぇぞ!! 喰われてぇのか!?」
叫びを上げる日高。そんな彼に抱きかかえられた少女が、やっとその口を開く。
「のぼるぅ……」
――その一言だけだった。
「……確かに、ティアの言う通りだな」
それで、彼は何かを理解したようだ。凄いね、人類。
「ティアは『彼らにも何か理由が有るのかもしれない、話だけでも聞いてあげたら?』との事だ。優しいティアに感謝し、永遠の忠誠を誓え。ソコがスタートだ。出来ないのなら帰れ」
「どう解釈したらそんな結論になんだよ!?」
「君達の力は危険過ぎる! 国が責任をもって管理する! 従え!」
「物部! 何でテメェは火に油を注ぐようなセリフしか出てこない!?」
人の話を聞かない奴しか居ない。助けてくれよ……。妖精達も話を聞かないし。癒やしはセラだけだ。話を理解できてないけど……。
「なんだよ、誓えねぇってか……ならサヨナラだな」
そう言い、彼の有り様が融ける――抱きかかえたティアと呼ばれた少女とともに、融け合い、混じり合い、新たなる『神』を形作る。
漆黒の全身鎧。紅く燃える二つの瞳。その顔はまるで馬のようでもり、蝗のようにも見える。その威圧感は、間違いなく――ゼバオトと同格!!
「――『アバドン』、『アポロンと呼ばれた者』と『アポロンに伐たれた者』の成れの果てだ」
その異形が、つまらなそうに呟いた。




