第四話 ――『世界の敵』――
気が付いた時には、すでに俺はここに居た。
高層ビルの最上階、社長室のような個室。妙に肌触りとクッション性の良いソファーに腰掛けている。右の手を見ると、四つの指輪がはめられている。赤、青、緑、黄色。
――『火』、『水』、『風』、『土』、四属性。
「さて、ここまで来て貰ったのは他でもないのです」
ローゼスが口を開く。俺は無意識で背筋を伸ばしている事に気が付いた。
「『この世界の問題と危機、そして新たな『世界の敵』について』、だったか」
「そうなのです」
何とか言葉を発し、ペースを握られない様にする。と、自分の目の前にコップが。
中身は紅茶か? 秘書と言った風貌の女性が「どうぞ」と言うが、信用は出来ない。
「今、世界は危機に瀕しているのです……」
「危機?」
何とか指輪を外そうとするが外れない。視線も彼女から外すことが出来ない。
背筋が寒くなる。何かされたのか――いや、されているのか?
「どうです? 彼女の入れたお茶はおいしいのです」
そう言われて気が付いた。俺は茶に口をつけていた――先ほど信用は出来ないと、飲む事はしないと決めた筈なのに!
「今のアナタに、小さな事すら自由に決めることは出来ないのですよ?」
冷めやかな眼で俺を見るローゼス。心臓が締め付けられるような痛みを感じる。
「話を続けるのです。今世界は危機に瀕しています。それも未曾有の危機に」
彼女もまた飲み物に口をつけながら、右手を宙で振るう。すると、空中にプロジェクターのようにヴィジョンが現れる。
「七月三十日、大変だったのです。あの飛行機爆破事件の日」
言葉を止め、彼女はため息を吐く。そうしてまた右手を振るうと画像が現れる。
「――いえ、《妖精》が産まれた日は」
その画像は四種の《妖精》を写していた。実際には見ていないが、確かにあの四人をデフォルメしたような姿形をしている為、すぐにわかった。
「これが《妖精》。四つのエレメントに分類され、それぞれ特異な能力を持ち、自由気ままに生きる。そして、問題は世界中に居る事と、何体とでも契約が可能な点なのです」
「はぁ……」
意味が良くわからない。
「ボクたち魔倣士は『神格』との契約により、異能をなします」
そう言う彼女の横、彼女に瓜二つの少女が現れる。しかし、違う。真赤な血の色ではない、人を惹き付けるのは同じだが、黄金色の髪と瞳をしている。
「これがボクの【契約神格】、《クロウ・クルワッハ》なのです」
ペコリと、先ほどのローゼスと同じように挨拶をする。俺もつられて頭を下げた。
「あまりこの子に働いて欲しくはないのですよ、なので妙なマネはしないで欲しいのです」
「はぁ……」
「話を続けるのです。契約した『神格』の力を借りるのが魔倣士。そしてその契約は”必ず”一対一。一つの『神格』に対し一人。一人に対し一つの『神格』なのです」
だからどうした、としか……。
「良くわかってないと言う顔なのです……はぁ、だから馬鹿は相手にしたくないのですよ」
ため息を吐き、両の手をあげ、やれやれとジェスチャーを作るローゼス。
「わかったのです、簡単に話します。アナタの所為で世界中、誰にでも、人間を超え、いわば魔法使いになるチャンスがばら撒かれました」
「はぁ!?」
「そして、アナタ自身が宿す力は私たち魔倣士をゆうに超えるものなのです」
「……で?」
「全ての問題が大きすぎるのです。更にアナタ以外にももう一つ奇妙に動く影があったのです。全てに対応するには……」
一呼吸を置き、ローゼスが再度口を開く。
「先ず、死んで欲しいのです」
「――ごめんだね」
俺はすぐさま立ち上がり、部屋を出ようとし――それを先ほどの秘書に止められる。
「すみませんが、止まって貰います――《セベク》!」
秘書の横に巨大な二足歩行のワニのようなビジョンが現れる。
「それがお前の【契約神格】か!」
ワニの神、おそらくは『水』の性質か? ならば――
「《ノーム》!!」
叫びを上げる――が、何一つ反応は無い。
「無駄なのです! 指輪は知恵の象徴! そしてそれらにつけられた宝石は力を封じ込めるのです! 今やアナタの四つの契約は全て無効化されているのです!」
後ろから響くローゼスの叫び。俺はワニの巨体から放たれる拳を受け、元の位置まで吹き飛ばされた。
「加減はしました……可能な限りは」
「しかたないのです、《クロウ・クルワッハ》なら骨も残らないのです。この痛みは勉強代として我慢してもらうしかないのです」
かなり痛む。骨が何本かイってしまったんじゃないか、といったレベルだ。
「その指輪をはめた時点で逃げることは叶わないのです。諦めるのです」
そうしてローゼスは紅茶をまた一口。
「無理じゃないかな? 兄貴、出来は悪いけど、諦めも悪いからね」
そんな彼女の頭をペチペチと叩く少女。――俺は彼女を知っている。
あの金髪、左右に髪を分ける幼さの残る髪形、碧眼。そして俺とは似ても似つかない可愛らしい顔付き。
「――ねっ、兄貴は諦めないんでしょ?」
「……なんで居るんだよリズ」
穂村 リズ。俺の妹。出来の良い、異母妹。
「ふへへっ、気になる? 可愛い妹が何でこんな所にいるか、気になるの?」
「――なっ!? 何時の間にここにッ!?」
秘書が叫びを上げ――そして、白骨へと変わる。
「ロゼちゃん長生きだねぇ。この部屋の中、リズ達以外の時間を一気に百年吹っ飛ばしたんだけど、ぜんぜん変わってないね」
その言葉を聞き、周りを見ると壁は朽ち果て、心地の良かったソファーは見るも無残な姿になっていた。
「お、おいリズ!? どういう事だ!?」
「あれ? 見えてないの? リズの【契約神格】?」
彼女の周りを必死で見る。すると、居た。それはまた奇妙な姿をしていた。
両の足より生える一対の翼により飛翔するその姿。全身は歯車と発条、金属板を元に作られ、無機質なイメージを与える。頭からは前方に伸びる巨大な薄い板が角のように生え、顔の位置には無数の直線が角の生え際から放たれるように描かれ、日時計を思わせる。両の手の甲にはアナログ時計。腕にはデジタル時計のような数字の表示があり、腹部には砂時計が収められていた。
「――時間、神?」
「そうっ! 時間神! 進み、戻る。加速し、減速する。不規則にして、自由な『時』!」
「……真逆そんな『神格』と契約していたとは」
ローゼスがつぶやく。その苦虫を噛み潰したような表情に満足したのか、リズは笑みを浮かべ、そして高らかにその名を呼ぶ。
「さぁ! 跳ぼう《カイロス》!」
「人の身でッ!! 時を支配しようというのですかッ!?」
《クロウ・クルワッハ》と共に《カイロス》に飛び掛るローゼス。
そんな彼女を相手に、リズは踊るようにして対応する――アイツ、遊んでやがる……。
「ははっ! そんなんじゃないんでしょ? ロゼちゃんもっともっと見せてよ!」
そう言うと、《カイロス》が拳を放ち、ローゼスが回避運動――回避した先に拳が! まるで、最初からそう動くことを知っていたような、無駄の無い動きだった。
「ちぃッ!」
ローゼスが叫びを上げる。リズはただ笑いながら、彼女の周りをぐるぐると回る。
馬鹿にしているのだ、私のこんなお遊びも止められないのか、と。
それがわかるからこそ、ローゼスは苛立つ。
「なんと言う! なんと言う兄妹なのです!」
怒りを顕にするローゼス。と、リズがウィンクをこちらに飛ばす。
――今の内に逃げろ、という事か。
俺はそれに気が付くと、すぐさま扉に手をかけ――指輪が見えた。
――逃げてどうなる?
この指輪は俺には外せない。逃げた場合彼女達とは会えないのでは?
そんな考えが浮かぶ。確かに彼女達とは会ってすぐだ。何も知らず何もわからない。
彼女達といるから、契約したからこうして問題になっている。離れてしまえばそれでいいのかもしれない。
――本当にそうか?
俺はどうしたい?
俺は、ああやって俺に好意を持ってくれた彼女達をどうしたい?
犠牲にしてでも幸せになりたいか?
忘れられるのか?
裏切るのか?
――否! 裏切りたくはない!
「兄貴! 逃げろって言ったじゃん!?」
「ユウゴ! まだいたのです!? 今のアナタに何が出来るというのです!」
好き好きに言ってくれる……。だから俺も好きに叫ばせてもらう。
「――『 』!!」
俺は無我夢中で叫んでいた。
ソレは彼女の本当の名前だった。