第四十八話 ――『正義』の名の下に――
――狂ってる。
それが、俺の感想だった。それを聞いた彼は、何も言わずに笑顔を見せた。
「そう、狂っておる。だからこそ、ワシは物部に付いておる」
嬉しそうに笑う《天叢雲剣》。
「悪かった。だが、これでゆっくりと話しを聞く気になっただろう?」
そう言い、ズタボロに引き裂かれた肉体を掴み上げ、痛みを与える物部。
「な……何なんですか……貴方は……」
マスクが外れ、素顔を晒す奏弦。その髪色は、資料とは異なり、四色の入り混じった凄まじい物だった。恐らく、四騎士との契約に依るものだろう――しかし、その内の赤だけは、今そうなったのか、契約の影響かはわからない。
顔も半分が血の気が引き、もう半分が血にまみれている。
「四騎士の能力では、『再生』も『巻戻し』も出来やしないだろう?」
ソレだけを伝えると、奏弦の臓物を引きずり出し、弄ぶ。
「『仲間になる』と言ったほうが『身』のためじゃぞ?」
「死体を『増やす』と怒られるんだ、出来れば仲間に成ってくれればありがたいが……」
そう言い、臓物――恐らくは腸――を引き千切ると、その一部が見る見るうちに姿を変え、奏弦によく似た少女の姿を取る。
「ァアアアアアアアアアア!!!!」
耳を劈く悲鳴。今、産み出された少女が、叫びを上げ、そして、血を撒き散らしながら死んだ。
「さて、我々は正義の為に、戦っている。世界の為に、守っている。力を貸して欲しい」
そう言い、右眼の涙点に親指を入れ込み、抉り出す。それも奏弦によく似た姿の少女へ代わり、叫びを上げ、死に至る。
「クハハ、見たか!? 驚いただろう!? これが物部だ! 物部白の『異能』だ!」
大喜びで、産まれ死んだ少女たちを蹴り飛ばし遊ぶ《天叢雲剣》。血塗れの和服の少女が、全裸の少女の死体を使い、蹴鞠を遊ぶ。
「|《草薙剣》《クサナギ》、彼の邪龍より産まれし剣よ、その暴虐を以って産まれ落ちし偽りの命を奪え」
「素直に言うが良い、怒られたくないから、目と内臓と、車を消してくれと」
既に、彼女は見知らぬ少女を引き連れていた――正確に言うならば、心の臓より伸びる血管を手綱とし、その亡骸を引き摺っていた。
黒いレディーススーツであったであろう衣服は、胸元が大きく開き、見えてはいけない物まで丸見えだ。少し、常人よりも長い足と、胴が目を引く美女だった。あぁ、あの車か。
《天叢雲剣》と呼ばれた少女の髪色が、白く、白く変わる。目の色は血のような朱。その和服も緑色に変わり、《八岐大蛇》に似る。
「ハハハ!!」
彼女は笑うと、手短な遺体を食い漁った。
地獄はココにあったのだ。
――これのどこが勧誘なんだ。
「はぁ、正直黙っていたかったんだが……」
物部が溜息を吐きながら語りを始める。
「僕の『異能』は、『萌え擬人化』。触れた物を美少女化する能力だ」
「嘘だろ?」
そんな生易しい能力じゃねぇだろ。
「秘密にしておきたかったんだが、僕は『萌えヲタ』なんだ」
「『萌えヲタ』はこんな事しねぇよ!?」
どこの世界の「萌えヲタ」が他人の内蔵を美少女化するんだ。しかも擬人化の結果殺す。
突然の出来事に脳処理停止していたが、やっと動き始めた。
「今更何が出来ると?」
物部の一言が、俺の動きを止める。
「君のご自慢の四柱では、他人の回復は出来ないだろう?」
図星だ。
妖精の力では、自分の身を置き換えることは出来ても、他人はそうは行かない。
神の力を持ってすれば、他人の身体を『置き換える』事はできても、回復は不可能だ――なにせ、『破壊』に全振りだからな。
「お、お義母さんドン引きですよ!? 何ですか|《草薙剣》《クサナギ》!? そんな子に育てた覚えはありませんよ!?」
ウィンが叫ぶ。《八岐大蛇》の尾から出たのが、《草薙剣》だ。確かに、母と言えるかも知れないな。
「子持ちだったのか……」
「違いますよ!? 義理! 義理ですって!!」
「ハハハ、母様かも知れぬが、育てられた覚えは無いのぉ!」
そう言いながらも、喰らう事は辞めぬ《草薙剣》。その後ろでは、物部が死体を増やして遊んでいる。
「辞めろ! 辞めろよ! 何だってそんな真似を!?」
「――『正義』の為だ」
「……は?」
「世界は、悪意で満ちている。死で彩られ、絶望の匂いがこびり付き、命は叫びと涙から始まる。営みは他の生命を奪うことでしか成り立たず、奪い合いは同種の中でも起こりうる。善性は報われず、賢さと言う言葉に包まれる害意を持つものだけが実りを得る……」
ブツブツと言葉を続ける物部。いくつも、重たい単語が列を連ねて終わり無く、淀みなく進む。
しかし――
「――『軽い』な」
すぐに覚める。なんて、つまらなく、薄っぺらい言葉だろうか。
「お前の言葉には、『重み』がない。誰から貰った台本だ?」
人としての底が見えた。これだけの実力を持ち、俺以上に経験を積みながら、どうしたらココまで薄っぺらい言葉を吐けるように成るのだろうか。強すぎるが故か?
「まぁ、君には理解できないだろうとは思っていたよ」
今まで幾度と無く見せてきた強者の顔。だが、コレほどチャチな表情があるだろうか。今の俺が、感じるのは、恐怖や強さでなく、憐れみだけだ。
「まぁ、すぐには治してやれねぇが……」
――【逸神導態】。我が身を神と化す業。神化、変神、その極地。
肉体が、内から漏れだす神性の暴威に曝され、堪え切れず張り裂けそうに、膨張縮小を繰り返す。有り様を書き換え、組み直す。
「手札を全て出せば、《ゼバオト》に勝てるといったな」
「ああ……」
物部の表情が引きつる。そう、コイツは思い違いをしていた。
――あの時の俺達は、全力が出せていなかった。
『本気を見せてやる――天に唾を吐き、ただで済むと思うなよ』
――格の違いを、叩き込んでやろう。




