第四十三話 ――新たなる『敵』――
さて、復讐を始める理由だ。
サクラを喰らう事で、知った多くの情報。その一つ、『俺が育つことが出来た周回世界はこれが始めてである』これに尽きる。
幾千万と続く周回世界は俺の誕生を持って終焉を迎える。終わりの記号にされて居たのだ。そこに納得の出来る理由は無い。偶然、永劫神族にとって都合が良いから、それだけだ。
永遠と殺された、殺した。望まなかった、ただ奴らの為の道具であった。そうした全ての時間を、全ての過去を知ってしまった。復讐するには十分だろう?
「言い訳は辞めろ。何の意味もない」
久留場が言う。戒めるように、忌々しげに。
「……すまなかった」
そのとおりだ。復讐に理由や意味は無い。自己満足。そこに正しさを求める奴は、成し遂げられない。
「さて、手駒として使うと宣言されておいて、ホイホイと連れてくる僕も悪い奴だと思うさ」
そう言い、困ったようなジェスチャーをする物部 白。
「だが、これはあんまりだと、慰めちゃくれないか?」
目の前に広がるのは死屍累々の地獄絵図。『組織』と呼ばれる集団の、基地に連れて来てもらった結果がコレだ。嫌になるぜ。
「『百花繚乱の紫陽花』ってカッコイイよな、憧れるぜ」
「どうせ、【永劫の挑戦者】にもなれんような奴らだ。実力を測る手間が省けてよかったよ」
「君達に頼んだ僕が悪かったよ」
そう言い、縄で引き摺られていたローゼス=ヴァッサー、ペスト医師の男を放る。
「うるせぇんだから、黙らせておこうぜ?」
「死なれちゃ困るのさ。片や六人しか居ない《世界の守護者》。片や世界で三人しか居ない、【多重契約者】だ」
「『黄金世代の赤薔薇』か、【契約神格】が残っていれば、カウント出来たのだがな……」
はぁ? コイツ『八岐大蛇』一人で倒せたぞ? インフレに「実は奥の手が在ったのさ」って顔で付いて来てる物部に比べたら、アイツ置いてかれてるぞ? それに負けたとか更に後ろなんだけど……。
「有悟さん!? 何だってそんな私に対して酷烈なんですか!?」
ぴーぴーと騒ぎ立てるウィン。煩い奴がココにも居たか……。
「適正、ウィンはそう言う立ち位置」
「あらあら」
「ウィンだしねっ! しょうがないねっ!」
きゃっきゃと笑う三柱。……お前らだってインフレには追いつけてないぞ。
「ユウゴよ、それは違うぞ。単に相性の問題だ」
久留場が口を開く。解説したい奴が解説してくれる、なるほどサクラの言う通りだな。
「本当に相性が良すぎたんだ――お前の手駒で、『八岐大蛇』以外は《クロウ・クルワッハ》には勝てない。三対一でも不可能だ」
「なんだその、後付みたいな強さ」
「……手札を全て出したら、僕は君に、《ゼバオト》にも勝てると言ったら信じるかい?」
会話に割り込む物部。お前もその性質か。
「……信じてやるよ。アンタの今の余裕は、俺と久留場に勝てるから、だろう?」
「その僕が、全ての手札を出して、引き分け、紙一重で勝てたのがローゼスだ」
「あの時の話か……」
思い出すのは、始めて真名を開放したその後の戦い――と、一つ、嫌な事を思い出す。
「【契約神格】無しで《ゼバオト》以上。そこのスーツの男が見立てをどのように行っているのかは知らないが、実績だけで見れば十分な戦力だ」
物部が言ってのける。なんだそれ、化物じゃねぇか。
「そういえばウィン、《クロウ・クルワッハ》って返せるのか?」
「さぁ? やってみます?」
「……今渡すと、何されるかわからないからな、そのうちにしよう」
それに、どうやら俺達とお話したい人が来たようだ。
「……魔倣士が三匹、神格が四匹、遺産担手が一匹か。後一匹は……昔見た顔だな」
その男は、奇妙な男だった。黒のコートに全身を包み、伸びきった黒髪、その下から覗く黒く、くすんだ瞳。小さく露出した肌は日ではなく、火により焼けて黒く変色をしている。その手には、大きく、デフォルメされたかのような肉切り包丁が握られている。正確には、ギロチンの刃に、取っ手を付けただけのような、むちゃくちゃな武器だ。
どう見ても死に体だと言うのに、その強い生命力、強い敵意。一瞬、ゾクリと背筋が凍る。
――が、実力は随分と低い。その肉切り包丁はおそらく古代遺産だろうが、それだけ。内包する|《神的火花》《ブレイズ》も大したものじゃない。
「……アンシャ、近くに居てくれ。おそらく、回数が居る」
「うむ、心得た」
物陰から、現れる少女。真っ赤な着物と、真っ赤な長髪。赤と黒、随分な凸凹コンビだ。顔立ちは可愛らしいが、随分と、積み重ねている。
「アンシャ・ベル。『輪廻転生の麝香撫子』、《世界の守護者》。ナナシ。アンシャと共に有る、《人類の敵》」
物部が語る。久留場は「ほう」と面白そうに笑う。
「勘違いするな、俺は人類を愛している。だからこそ、貴様らのような異能者を殺す。害獣は駆除せねばなるまい」
「逃げよう。悪いが、君たちが捨て駒に成ってくれると、僕はとても助かる」
そう言い、無数の遺産を取り出す物部。お前何処にそれだけ荷物持ってんだよ。
「面白い。俺の見立てでは大した敵では無いが、この男がソコまで言うとは――測ってやろう」
木製の全身鎧を纏う久留場。【逸神導態】か。過去の記憶では見たことがあるが、実際には見たことがない。過去の時点では、あの《オーディン》に負けて、おめおめと逃げて居たこいつは、どれだけ強いのだろうか。
「お前達は見ていろ」
「よし、逃げよう。悪いね、久留場さん」
「見てかないのか?」
面白そうな見世物だってのに。
「何もしないと約束するから、《クロウ・クルワッハ》を返すのです! それを今しないならさっさと逃げるのですよ!!」
自由になったローゼスが逃げる準備をしながら言う。……《ゼバオト》クラス《俺と同じ位の強さ》が三人居て、逃げを選択する必要がある……。
「久留場さーん! ソイツヤバいらしいっすよー!」
「よし、有悟。貴様が次の対戦相手だ」
「……さっさと終わらせないと、逃げるようだな」
俺達のコントじみた掛け合いを溜息共に、切り捨てるナナシと呼ばれた男。
「ふん、一撃を許そう。丁度良いハンデだ」
――あ、駄目だアイツ。死ぬわ。
「逃げきれる先って知ってるのか物部?」
「わかった、君たち皆付いて来ていいよ。悪いが犠牲は少ないほうが良い」
「助かるのです。流石物部は話がわかるのです。早く《世界の守護者》に……」
「ィまハ、早く逃げェなけれバッ!」
そう言い、ペスト医者が急かす。同意見だ。早く逃げないと――
「バッ!? 馬鹿なッ!!?」
「うわっ、もうダメだった!!」
振り返れば、両の腕ごと、腹から真っ二つにされた久留場の姿があった。『第四障壁』を超えて、切断されたと言うことか。【叡智】との戦いの傷が、とか一応フォローはしてやろう。
「本当に、覚えておけ有悟」
久留場、下半身とバイバイしておきながら、余裕があるな。
「さて、次は誰だ? 全員でも相手してやるぞ」
そう言い、ナナシは中指を立てる。
「誰一人逃がさん、皆殺しだ」




