第四十二話 ――我が『名』――軍勢の長
それは無貌の仮面。十字に磔にされたその姿、しかし吊るされるは逆さ十字。
彫刻を思わせる、無駄のない、完璧なその肉体。奇妙に思えるのは臍を持たぬ事、そして龍のように鱗を持つ事。
「……何だ、その姿は」
十字架がぐるりと、回転し、天地を正す。動きを阻害する十字架を砕きながら、腕を下ろし、自らの姿を再度確認する。まるで、姿見でも見ているように、自分の姿を確りと確認できる。
十字の砕けた金属片を、籠手のように身につけ、背に背負うそれは、剣のように変化している。仮面よりは、4つの角が伸び、伸びる桜色の長髪と合わせ、獅子の鬣を思わせる。
それらを除けば、何一つ身に着けていない上半身と、まるで袴のように、布に覆われたその下半身。見ようによっては戦士だ、遥か古のスパルタ兵のようにも思えた。
「――ユウゴ!!」
アルゴが吠える。誰が、ユウゴだって? 跪き、控える四柱が口を開く。
『主は――神が怒り、《妬む神》』
我を認めぬ者を許さず、永遠の責苦を与える。
『主は――偽りの十字架、《貶める神》』
汝らの信ずる神は悪魔に過ぎぬ、我だけが神だ。
『主は――大いなる混乱、《怒れる神》』
我を信じようと、我に従わぬのならば全て滅ぼす。
『主は――七頭十角、《復讐の神》』
汝らは十字架を、預言者を信じた、故に許しはしない。
「我は十字に仇なす者――されど十字の掲げる神」
『主の名は』
四柱の声が重なる。
『――『ゼバオト』』
「然り! 『ゼバオト』ッ! 我こそ軍勢の長、主なる神、いと高き者なり!」
「――四柱は天使にまで堕ちたか」
そう言い捨て、アルゴは《ヴィズル》の『槍』をこちらに向ける。
「ッ! 逸話再現は効かぬかッ!」
『さて、どうする? 『俺達』ならツマラン勝ち方は山ほどあるぞ?』
サクラの声が聴こえる。
神性を持つ相手を問答無用で自己の配下に置く《貶める神》。単純に北欧神話に類する相手であれば、現実再現により、改宗帰正を起こして一瞬で勝ちだ。
搾りカス等と勘違いしているようだが、四柱の力はだいたい四倍に跳ね上がってる。アレの一柱相手でもアルゴに勝ち目はないのだが……。
「単純な力でねじ伏せてこそ、神だろう」
「やってみせろや!」
『グングニル』より放たれる光の奔流――しかし、俺の眼前に現れた無数の黒球が全てを飲み込む。
「――崩壊星だと!? 純粋な握力だけでそれだけの事を!?」
《オーディン》さんはなかなか驚いてくれた。まぁ満足だ。彼女の指先から、光が走り、ルーンを形成しようとする。
「無駄だ」
指を鳴らす。ただそれだけの事で、空中に形成されようとしていたルーンは砕け散り、彼女の身体を炎が包む。単純に、指の力だけで空間を断裂させ、ルーンの形成を邪魔しただけだ。燃えたのは指を鳴らす時の摩擦熱。
「理解したか? 貴様らと我とでは格が違う」
「『ロプト』! 『フロールリジ』!」
声を荒げ、他の神の力を振るおうとするアルゴ。悲しいかな、その声は弱々しく震えている。
「あぁ……ぁああああ……主よ! 主よ! ああ!」
「……無理みたいね、『フロールリジ』はアレに戦えないわ」
「二度と顔を見せるな、失せろ」
それだけ言うと、俺は右手を前に出し、横に振るう。奴らの姿が消える。
「これで、良いんだろう?」
「なんだ、気付いていたか」
俺の前に立つ久留場 支郎。スーツに身を包んだ男。
「やめろ、俺の事を考えるな。面白くもない」
「それよりも、随分と酷い有様だな」
スーツの下は骨すら残っていないだろう。自らの強靭なエゴを燃やし、《時の氏神》の力により立っている。死に体でこれだけ涼しい顔が出来るものかと感心する。
「貴様の母君は随分とじゃじゃ馬だったよ」
「だろうな、【叡智】だ。ただの人では倒せんさ」
それどころか、今の俺ですら力が及ばん。だからこその、【永劫の挑戦者】だ。
「【ユウゴ/アルゴ】で二人。私を入れて、やっとスタートラインに立っているのが三人。そこで寝転んでいる《世界の守護者》はほんの少しで届きそうだな。なんでも良い、適当な『神格』と契約しろ」
「うわー、やられたー。悪いが、僕はもう手も足も出ないよ」
寝転んだまま口だけを動かし、棒読みを始める物部。四柱を全力で戦わせて勝てなかったアルゴ相手に一人で負かされただけかと思えば、余裕綽々と言う状態。本当に何なんだろうかこの女装男は。
「『百花繚乱の紫陽花』、《世界の守護者》の肩書を持つ、七人の超常者。七曜華の一人」
「六華だ。《世界の守護者》は六人しか居ないよ」
「お前はもう、《世界の守護者》だ。《カウント》されているよ」
まぁ良いか。気が付けば俺の身体は元の――人間の姿に戻っていた。
サクラの声はもう聞こえない。
「だが、やる事は決まっている」
小さく呟く。コレは決意だ。
「物部、お前の言う『組織』に案内しろ。ソレも手駒にして、俺達は永劫を討つ」
人類のために、そんな理由じゃない。
――俺はヒーローじゃない。惚れた女の為に、世界を敵に回さない。人類の為に、巨悪と戦わない。
――俺は復讐者だ。傷を与えられた、そんな理由一つで、世界だろうが、惚れた女だろうが、人類だろうが巨悪とだって戦ってやる。
そこに義は無い。そこに仁は無い。
ただ、世界を巻き込んで叫びを上げるだけだ。
「永劫を引き裂く! この世に混沌と暴力の華を再び咲かせる為に!」




