第四十一話 ――変わる『自分』――『ソレ』との対話
『思い切りの良さは、見ようによっては美徳ではある。が、それは蛮勇だ』
気が付けば、俺は森の中に居た。木々に囲まれ、小さくだが開けた場所の中央、焚き火の前に立つ。暗い夜の中、その炎だけが辺りを照らしている。
「お前は?」
そして、見知らぬ少女が焚き火を挟んだ向かいに座っていた。
蛇柄の、センスの悪い男物のジャケットを一枚だけ羽織り、もこもことしたファーのマフラー。まるでオスライオンの鬣だ。下にはまたも趣味の悪い蛇柄のホットパンツを履いている。と言うか、寒いのか熱いのかわからないなコイツの格好……。
『「お前」は無いだろう? こう見えて俺はお前さんよりも長く、永く生きているんだ』
少しイラッと来る、こちらを小馬鹿にしたような表情で笑う彼女。
よくよく見てみれば、その髪はくたびれた長い白髪で、彼女の言うとおり、永く生きているのだと思わせる。眼の色は朱。顔立ちは、驚くほど整っていると、『思わせる』。可愛らしいのは確かだが、随分と押し付けがましい奴だ。一種の魅了か? コイツを見ていると、妙な感覚に襲われる。
強く惹かれるが、それは間違っているとも理解できる。禁忌、忌むべき物――だが、『還』りたい?
『胎内回帰願望。俺は『母』だからだ、お前ら『人間』のな』
「はぁ。じゃあ「おかーさん」って呼んだほうが良いか?」
『よしてくれ、俺はお前を甘やかすつもりはない』
困ったように笑う彼女は、座るように促す。
『簡単にいえば、ここはお前さんの深層心理だ。『火を囲む』、そのイメージが形作って居る』
「『火を囲む』……」
なるほどと、納得と共に『火を囲む』と言う言葉から、別のことを考えてしまった。それが良くなかったようだ。
気付けば、周囲はざわざわとやかましく変化する。丸太に腰掛けていた筈だった俺と彼女は、座りの悪いソファーに座り、焚き火で無く、焼き網を中心に囲っている。
『『火を囲む』で焼肉屋かよ。お前さん腹減ってんのか』
「あー、ちょっと……」
こっ恥ずかしい。が、腹が減ってるのは事実だ。気が付けば、テーブルの上には皿が並ぶ。
焼くか。
『辞めろ』
トングを取ろうとして手をおもっクソ叩かれた。何事かと思えば、彼女がトングを持っていた。
「なになに? 焼いてくれんのか「おとーさん」?」
『甘やかすつもりはないが、思い通りにならないのは我慢がならんからな』
そう言い、肉を焼く彼女。奉行って奴か。
「最初ってタン塩じゃないの?」
『訳がある、だからまずはバラ肉だ』
そう言い、カルビを焼いている。深層心理で飯食って腹が満たされるのかは知らないが、食いたいのは確かだ。
彼女の焼いてくれた肉は美味しい。かなり良い値段がしそうな肉だ。まぁ、深層心理だとからしいから、本当には食えて無いのだろうけど。
『はぁ、かっこ良く話をしようと思ったのによぉ。何が悲しくて焼肉屋で話をしなくちゃならないんだ……』
「かっこつけようとして上手く行った試しがないんで、その気持ちスゲェ良く分かるぜ」
『お前さんのせいだろうに……』
おおっと、藪蛇。
『お前さん、自分の誕生日はわかってるか? 名前は?』
「一九九九年の七月三十日、名前は……」
――あ? 俺って誰だっけ……?
『答えだけ話す。お前が『恐怖の大王』、お前が産まれることで世界が滅びる予定だった』
「あー、何? ヤバイ薬でもやってる?」
肉を焼きながら変なことを言う彼女。と言うか、そろそろ名前を教えて欲しんだけどな。
『あぁ、『名』か、俺は《サクラ》と呼べ。『俺達』の名前は、自分で決めろ』
「《サクラ》ね」
その名を聞き、サクラに変化が現れる。髪がスラリと、みずみずしく、その色合いも薄い桜の色に。
『今の俺は『ぼんやり』としている。そうやってお前さんが思った通りに変わっちまう』
「『神格』なのか?」
ジュウジュウと、肉の焼ける音が響く。彼女は、表面の色が変わり始めた時点で肉をひっくり返す。
『お前さんの知る『神格』ではない。が、そいつらよりもよっぽど神様してるつもりだ』
そう言い、焼けたであろう肉を俺の皿に置くサクラ。俺はそれをおいしく頂いた。
肉の部位とか良くわからないけど本当に美味しい。柔らかくて、なんか甘いし。
『語彙力ねぇな』
「うるせぇ。で、『神格』じゃないって?」
『そこじゃねぇんだよ、今話さなくちゃいけないことはよぉ』
腕を組み、トングをカチカチと鳴らすサクラ。
『永劫神族共をぶっ潰す。それが目的だ、いいな』
「アイオーン?」
『良いから話の腰を折るな。どうせ解説は好きでたまらねぇ奴らが望んでなくともしてくれる』
「わかった、じゃあアイオーンを倒す、オーケー、わかった。それで方法は?」
『頭数揃えろ。お前さんの【契約神格】全部の『真名』開放して、それを一人で倒せる奴。そこがスタートラインだ。ソコから必死に鍛えて、少なくとも百人は欲しい』
「何と戦う気だよ……」
つまりは、アルゴ級を強くして数揃えろって? あんなの二人も居てたまるかってのに。
と言うか、米欲しくなってきた。さっきから肉しか貰えないんだけど。野菜すら無いし。旨いからいいけどさぁ。焼き肉には米でしょ。
『第一には、【叡智】。牛頭の俺の母親になりやがった奴だ』
「強いのか」
『そう言う相手じゃない。が、強い弱いまで貶めて、囲んで倒す。出来る出来ないじゃなく、やらなくちゃならない。お前達人類が独り立ちするためにも、俺が【創造主】に戻る為にも』
いつしか、焼かれる肉の量も減っている。なぜか『あと少ししか無い』と理解できた。
『元々は、俺は本当に『神様』だったんだ。それが、今じゃ奴らのせいで愚かで、無知で、自分勝手な救いのない悪神だ。気に食わねぇ。自分からは何一つ生み出さず、ただ【寄生】する。アイツらはそれで、ドヤ顔で、最高神様だ』
――だから潰す。
深い憎しみを感じる。激しい怒り――コレが俺の求めた『神性』だ。
「呼びかけたから、来てくれたのか?」
『そうじゃない、『お前さん』と『俺』は昔から一つだった。それがこうしてたまたま顔を突き合わせて、焼き肉を食っているだけだ』
「そうは言うが、肉食ってるの俺だけだぜ?」
『俺が食ったってしょうがねぇんだよ、これは』
そう言い、トングを持たない左手を網の上に掲げる。温度でも測っているのか?
――落ちる手首。
一瞬のことだった。気が付けば、彼女の左手は、その手首から千切れ落ち、網の上で焼かれている。
どうやら、右手に持った鋏で切り落としたようだ。
『な、自分の肉なんぞ気持ち悪くて食えやしない』
「なるほどな……」
道理で肉の残量が理解できる訳だ。俺は、新しい箸を取り出し、彼女のジャケットを摘み上げる。
色白の、きめ細かな肌――が、2割くらいか。残りは血塗れた骨と、モツが幾らか残った状態。とは言え、かなり食い進めたな。
『脚の方はもう焼き尽くした。見えるか? 次はコレだ。出来れば見られたくなかったがな』
「恥ずかしいか?」
『『私の全てを見て』って感じだ』
「味まで見てるぜ、笑えるな」
そりゃ、タンを後回しにするわけだ。話せないもんな、舌がなきゃ。
『余裕があれば、俺がお前さんを襲って、性的に『喰わせて』やれたんだがなぁ……』
「これはこれで、味わい深い」
『『――やっと、一つになれたね』』
「ハハハハハハハ」
『ヒャッヒャッヒャッ』
二人して笑う。
『スプーン、あるな?』
「あー、説明しないでいい。わかった、食べるよ。スプーンよりノミとハンマーの方が必要じゃね?」
『面倒だろ、電鋸あるから使っとけ』
「ツラミとか食ってからでいい?」
『骨も、少しでも良いから食っといてくれ。その分、『力』になる――だから、残すなよ』
静かになったテーブル。淡々と肉を焼き、喰う。肉を焼き、喰う。
何一つ、残しはしなかった。




