第三十九話 ――分たれる『道』――
光で形成された羽が降る。
「朽ちた肉体」から放たれる魂。一切の混じり気も、肉体に起因する問題も超越した、魂だけの存在。
「ハッピーバースデイってか?」
「産まれた側がいう言葉では無いのぉ」
白銀色に輝く長髪、黄金の鎧に身を包み、その背からは輝く光が羽を形成している。《バーレイグ》は既に《オーディン》へと神格を上げている――正確には《ヴァルキリー》だが。
「条件を満たしたことにより、俺は人間を超越した」
戦死した者の魂は、《ヴァルキリー》の手により、《オーディン》の元へ導かれる。
類感呪術、神話再現により、人として、戦いの中で死ぬことで、《オーディン》の《真名》を開放できると踏んでいた。
「試合に勝って勝負に負けた、と言うところですかね?」
「さてな」
《真名》の開放。そのコストとして人間は命を支払う――らしい。前回《真名》を開放した際に『全知の座』にて暇だったので情報を確認した。|《神的火花》《ブレイズ》と呼ばれるリソースを支払う事で、【阿迦奢記録】に刻まれた神話より、神格を現代に引きずり上げる。繰り返すことで、高位の神格として定着するが、ゆっくりと慣らして行かなければ負担が大きい。
|《神的火花》《ブレイズ》を失ってしまえば、人は人形と変わらない。それだけの意味のある物らしい。
「アンタが教えてくれなければ、素直に《真名》を開放して、野垂れ死にしてただろうし感謝してるぜ」
「はぁ、敵に塩を送ってしまいましたか」
「御主人はどうも、考えが甘いようだのう……」
冷や汗を拭う《オーディン》。冗談でなく、事実として話していたのがバレているようだ。
ただ、神話再現は【阿迦奢記録】からの補正を受けられる。俺自身のリソースを支払う必要が無いと言うわけだ。
いつの間にか、三本足の化物から、人の姿に変えていた『Nyarlathotep』。
「諦めたのか?」
「えぇ、もう旨味がありませんから」
「ではでは、有悟さん、オーディンちゃん精々長生きしてください」
そう言い、半笑いで消え去るお姉さん。もう二度と会いたくは無いな……。
「……なんか、無意味に《真名》を開放してしまった、って感じだな」
「無意味ではない。我の《真名》が開放されていなければ死んでおったぞ……」
溜息と共に、《オーディン》が呟く。いや、死んでね俺? 足元には物を言わなくなった俺が置いてある。俺、人間やめたんだな……。
「……焼いていくか?」
――焼却しよう/置いといてくれ
「いや、置いといてくれ……」
自分が焼けるのは見たくない。いい気分じゃないからな。
「さて、どうするかのぉ」
「妹の所に行く。アイツも『Nyarlathotep』にされてるようなら戦って殺して、エインヘリヤルにして生き返らせる」
「過激じゃのぉ……」
「それより、随分と口調がババ臭くなったな、お前」
「アカシックレコードから引き出した記憶のせいじゃろうなぁ……」
困ったように笑う《オーディン》。
「まぁ、出来るだけ早く探そう」
「そうじゃな」
そうして、響く轟音。走る雷光。
「おぉ、父上の所の使いではないか!? 珍しいな!」
笑いながら、全身から電撃を放ち、ドカドカと歩み近づく男。見た目は金髪金眼の外国人だ。鍛え上げられた肉体を、皮鎧のような物で包み込んでいる。顔立ちはイケメンと言うやつだ。ちょっとムカつくぜ。
「……《トール》。父の顔を……いや、仕方あるまい。と言うか無理だのぉ……」
「ん? その七面倒臭い喋りよう――それに槍……」
「《オーディン》だ」
「ちっ、父上!?」
「――ー父上!?」
俺も驚きを隠せない。
「そ、そのな! 男の時の子で……それに、子供なのは最近の周回の中での事であり、遥か古では兄弟、それどころか我の父であったりしてのぉ」
しどろもどろになり、言い訳と言うか、別にそんなに気にすることだろうか。いや、まぁ子持ちって思われるの嫌か。
「そのな……」
「わかってるよ、気にすんな」
俺は、彼女の頭を撫でる。
「……はて、俺は母上に何と言えば良いのやら」
「……そうだな」
確かに、頭を抱えそうな問題だ。
そこから俺たちは意気投合し、妹を探す手伝いしてもらえる事となった。敵としてロキが出てきたり、迫り来る『Nyarlathotep』を千切っては投げ、千切っては投げ、と色々あったが、関係のない話。結局、飛行機が耐え切れず、爆発する直前まで探したが、結局妹は見つからなかった。
その後は、長い戦いが在った。世界中の魔倣士との戦闘、古代遺産を用いる担い手達との殺し合い。未だ世界に残る異形、超常の獣達との凌ぎ合い。
――その戦いは1年にも及んだ。
「待てよ、一年?」
俺が死んだのは七月三十日だった筈。それで、今日は8月の――
「一年前だ。貴様は一年間この世界に居なかった」
俺と同じ顔で、アルゴが言う。
「その記憶でも、俺はユウゴって呼ばれてたんだが?」
「そうだ、貴様はユウゴで、俺はアルゴに『された』」
「なら、俺のほうが本物って訳だ」
全くもって先ほどの情報では、今の俺がこう成り立つ理由がわからない。が、まぁ良い。今の俺は満身創痍、契約している神格も皆倒れている。それでもこうして、口だけでも勝てるなら黙っている理由はない。
「はっ、偽物が本物になりたくて嫉妬してんのか、救えねえなショタホモ野郎」
言いたいことは十分言った。後は野となれ山となれ。




