第三十一話 ――『焔の眼』――
暗い、暗い、暗い。どうも機内に特別に部屋を作っていた様だ。飛行機など乗った事は無かったが、これが普通でないとはすぐわかる。
奇妙な部屋だ。スチュワーデスの待機場から下に続く螺旋階段のその奥にあるこの部屋。高さにして5mは有ろうか、そんな高さをどうやって飛行機の中で確保するのか――『物』、『安くない金』恐らくはコレも『神格』とやらが関わって居るだろう。
「なんだ、貴様!? 何故ここに……、あぁ先のガキか」
男が何かを言って居る。だが俺には関係の無い事だ。俺は唯一『色』を持ったその『槍』を見る――そして『槍』も、それを通し『彼の者』も俺を見て居るとわかる。
「放せよ、『ソイツ』を」
目と目で通じあう――そう言う関係だ、俺と『ソイツ』は。だからこそ、この男が持っていると、触れて居ると言う今が『互い』に許せない。
「――はっ! 貴様、気でも触れたか? それともあの女の言葉に惑わされたか? 何にせよ、コレは私の物だ!!」
男は勝ち誇った様な様子で俺を見る――意味がわからない。
「何『色』に見える?」
俺は念の為に訊く。『槍』の『色』だ。男は首を傾げると答える。
「『茶色』、木の杖だ、当り前だろう?」
――ハズレだ。俺は溜息を一つ吐くと、呟く。
「手が焼け――」
俺の言葉を受け、『槍』がその木の装いを解こうと、眩い光と熱を放つ。
『足と別れ――』
俺の声に合わせ、別の声がする。先ほども聞いた『槍』の声。溶けた手から転がり落ちた『槍』は、そのまま男の脚を溶断する。
「――光を失う」
光は強く変わり、俺には『色』を与え、男からは『光』を奪う。
「『本当にそれがお前の『物』か?」』
二つの声が重なる。男は、地面をのたうちまわり、その眼を抑えている。
『寂しいぞ、そのような下賤な男ばかり見ては』
声がする、声の主を見る、呼吸を忘れる。
銀の長髪が、風を受け靡く。キラキラと光の粒子が飛び交う、そんな幻想を思い描かせるような美しさ。黒い革製の眼帯をしているが、その事がその者の美を奪う事は無い。ミロのヴィーナスがそうである様に、足りず、失ったが故の魅力がある。
色白の肌はその髪に負けぬような輝きを魅せ、白磁器の様な――否、白磁器がこの肌に似ているのだ。この肌こそが原初、始まりの『白き美』だ。
それは、女神である、そうとしか思えぬ程、ただただ美しい。
自分を見据える隻眼。知的な光を湛えながらも、何処か寂しさを訴えかけるその瞳。吸いこまれそうな程深い『槍』の色。
黒いローブを身に纏い、つばの広いとんがり帽を被って居る。小さなその身体。弱さを見せるその身体。
『名を、聞かせては貰えぬかな?』
その言葉、俺は心の内で跪いた。俺は心を奪われて居た、その者に。その存在に。
「――穂村、有悟」
『穂村、【焔】、有悟。良き名だ。そして名の通りの瞳を持つ者よ』
その者は俺の『眼』を見ながらそう言った。
『その名と『眼』に習い、今は『焔の眼』と名乗ろう』
「『バーレイグ』……」
口の中で反芻する様にその名を呟く。
『あぁ……愛い奴め。稚児が親の名を呼ぶように、女が夫を呼ぶように、そのように我が名を呼ぶか』
うっとりとした様子で《バーレイグ》は言う。その表情を見て、俺もまたつられそうになる。が、それを抑えると、訊く。
「今、何が起こっているんだ?」
俺は先ほどの地獄絵図を思い出し、尋ねた。元よりこの者は『槍』にて呼ばれた。そしてその『槍』を用意した男こそが、この現状を作り上げたに相違あるまい。しかし、男は足元で蟲の息。なら訊くしかあるまい、この者に。
『さてな、知るにはそれなりの対価が居る。どのような事でも、どのような時でも、のう?』
――つまり、対価を払えと言う事か。確かに俺と《バーレイグ》の間に無償で何かをして貰う程の関係は無い。
「わかった、だが解決方法まで含めて頼む」
俺は両手を上げ、降参のジェスチャーを作り、おどけた調子で頼む。それを見ると何が楽しいのか笑って答える彼の者。
『はて? ――『何』を解決する必要があろうか?』
《バーレイグ》は悪戯っぽい笑顔でそう言った。




