第三十話 ――呼ぶ『声』――
目の前で繰り広げられる異常。俺は奇妙な焦りと恐怖からか、鼓動が速く変わっている事を他人事のように認識していた。
「あ、兄貴!? なんなのコレ!?」
足元を無数の蜥蜴が走る。それを狙い鳥たちは空を飛び、巨大な蜘蛛に喰われる。それらは全て人の顔をしているか、人の身体から生じた物だ。
意識だけは奇妙なまでに冷静で、幾つかの『事』を思い出す。
――『流星群』、『物』、そして『神格』。
ゾクゾクとする。全くもってわざととしか思えないほどわかり易く、形として答えが出されて居るじゃないか。
冷静な今の俺が導き出した訳でなく、与えられて理解した答え。
だが、今の俺にはそれを信じる事しか出来ない。
「リズ」
恐怖からか、俺に当たる様にして縋りつく妹に、俺は声をかける。
俺の声を聞いてか、聞かずか、彼女は「兄貴、兄貴」と俺を呼び続ける。そんなリズを見ながら俺は手荷物から『ソレ』を取り出した。
親父からの貰い物だった。きっと今回これを手荷物として持って来れたのも、『流星群』とやらの所為だろう。俺は片手に収まる程度の大きさをした『ソレ』を眺める。
――それは、歯車。その間に金属のチェーンを入れ込み、ネックレスのようにしている。少し緑がかった錆に被われ、とてもではないが身には付けたくない。
(親父は『コレ』を世界に二つとない物だと言って居た……)
何でも、世界最古の歯車式機械をバラして取り出した歯車だと言う。
(……てか元となった機械が世界にそう数が無いのにたまたま見つけてテンション上がって壊したって聞いた)
どうも信用が出来ないが、まぁ良い。
「リズ、『コレ』を持て」
「――え?」
俺に持たされた物の冷たさに顔を上げるリズ。まぁ、錆びてるし、あんなん持たされたら正気にも戻るか。
「それはお守りだ、親父が持ってろって言ったもんだ」
正確に言うなら俺が勝手にパクって来た物だが、まぁ嘘も方便とブッタも言って居る。
「リズ、それを持って居れば安全だ、俺と親父が保証する」
「ほんとう?」
何時も異常に幼い調子で返すリズ。俺は強く頷くと彼女の手を上から押さえつけ、強く握る。そうしてやると少し安心したのかリズは安らかな表情に変わり――恐怖に怯える表情へと変わった。
「じゃあ、兄貴はどうなるの?」
「……」
リズは優しい子だ。自分の心配よりも先に、俺の心配が出来る、そんな良い子だ。であればこそ、俺がこのお守りなんかを持っている資格は無い。
そう考えた瞬間、脳裏に浮かぶ言葉『資格』、そして――『選ぶ』。
『しかしながら、お気を付け下さい。『物』は、『神格』は、『人を選び』ます』
その時は感じなかったが、嘲笑うかのような声色で彼女の言葉が頭の中、木霊する。そうか、『選ぶ』のだ。
俺は父親から幼い頃、盗むようにしてこの歯車を手に入れた。そして今、彼女に渡さなくては『ならない』気がして渡したのだ。きっと『選ぶ』とはそう言う事なのだろう。
そう理解すると、途端に彼女にコレを渡せば彼女の問題は解決する、そんな確信に近しい感覚が。
――つまり、今求めるべきは俺の『物』。
瞬間、色を失う世界。リズも、歯車も、視界にある『物』全てが色を失う。あぁ、そうか。俺に必要な『物』は、俺を選ぶ『物』は。
人や人であったモノの間を縫うようにして一人の男が走る。長く、『金色』に輝く『棒』を持つ男。俺にはわかる。あれは『棒』なんてどうしようも無い『物』ではない。アレはもっと鋭い『物』だ、もっと強き『物』だ。
『こちらだ』
脳裏に響く凛とした声。その主は――
「――アレだ」
「こんな『物』、リズは持てない!!」
優しさからか、そんな事を言う妹の首に、ネックレスをかけると、彼女を椅子に叩きつけるようにして座らせる。
「リズ、俺は少し用事が出来た。悪いが此処で待ってろ」
「えっ? あ、兄貴……?」
――『アレ』は、『槍』は俺を『選んで』いる!!
俺は、『槍』に導かれるように走り出した。




