第二十八話 ――『事件』の始まり――
「しっかし、海外旅行で飛行に乗る、ってのは始めてだから緊張するなぁ……」
「別にそんな気にする事じゃ無いよ。私何度か行ってるけど普通だよ、普通」
俺がコイツに話をするな、ってもしかして俺の為に言ってくれてたのか、親父?
そんな風に思いつつも、荷を預け、飛行機の到着を待つ。待合室は結構広く、快適な場所で、俺とリズはコンビニで買ったおにぎりをつまみながら時間を待つ。
「リズって何処の言葉なら話せるんだ?」
「……今回の行先、アイスランドでしょ? 日常的な会話なら大体イけるよ?」
コイツ凄いな、俺とは出来が違うわ……。ちょっとショックを受けつつ、実はあまり勉強が進んでいなかったので、この点でもまた感謝しておこう。
「……だがなんかラッキーな様な、アンラッキーな様な……」
「あんま、本人の前で言う事じゃないと思うよ? リズは気にしないけど」
「気にしてんじゃねぇか……まぁ、そうだな悪かった」
親には連絡を入れて居ない。これで俺まで帰って来いって言われたんじゃ面倒だし、それは嫌だ。我儘だとは理解しているが、辞められるかは別問題だろう。
「で、兄貴はどっか行きたい場所とかあるの?」
「あんま考えて無いなぁ、どっかオススメとかあるか?」
「……宿は?」
「それもまだだな……悪い、言葉通じねぇから、リズ部屋取ってくれねぇか?」
「……良く一人で行こうと思ったね」
呆れた顔で俺を見るリズ。ちょっと酷くないかそれ。
「俺にだって、考えはあるさ」
「へぇ、聞かせてよ?」
「俺一人で行くだろう? そうすると言葉が通じない、だが生きる為には話さなくちゃならない、つまり必要に駆られ、俺は向うの言葉を覚える、って寸法だ」
「兄貴、私が付い来て良かったね、本当に」
かなり憐れんでるな、コイツ。俺は溜息を一つ吐くと、手に取ったおにぎりに口を付けた……塩むすびかコレ。
「うぉ!?」
「きゃっ!?」
椅子に座って居ると、突然何かにぶつかる俺。ってかぶつかって来たのは相手か。
「す、すみませんでした」
確認すると、それは女の人だった、眼鏡の多分外国人。日本人離れした女性だった。
彼女はぺこりと謝ると、そのまま逃げる様に走り去ってしまった。
「……なんか嫌な感じだね」
リズが言う。
「まぁ、向うさんも色々あったんだろう、気にすんな」
「何、おっぱいも当てて貰った?」
「なんでそうなるんだよ!?」
「そんなむこうに肩持つなんて……もしかして兄貴惚れた?」
かなり軽蔑の視線で此方を見て居る。やめろよ、そうやって男がおっぱいや顔しか見て無いって思うの……。
「惚れちゃいねぇよ……」
「そうだよね、可愛い妹が居て、それで他所に眼を向けてる暇は無いもんね」
そう言い、笑うリズ。あぁ、冗談で言ってんのか……。ちょっと悪い事を思い付く。
「そうだな、お前みたいな可愛い妹が居て、他の女なんか見れやしねぇや」
「……何言ってんの?」
「お前は可愛いからなぁ、他の奴を見ても食指が働かん……」
やれやれと、かなりマジが入ってる様に言う。まぁ、冗談だがな。
「髪だってこんな綺麗だし……」
嫌がるかもしれんが、ちょっと遊んでやるには良いだろう、俺は彼女の髪に手を伸ばし、撫でる。
「……兄貴、キモいよ?」
――うわぁ、ドン引きだぁ……。ちょっと失敗したか? とは言え、今更止める訳には……。
「ほんと、キモい兄貴だよね、リズは大人だから我慢してあげるけど、普通なら通報物だよ?」
耳が痛い……。てかキモいのは知ってるわ、わざわざ言うなよ! 心が痛い!
「ほんと、私みたいな物分かりが良くて優しい、可愛い妹が居て良かったね」
ん? 実はコイツ機嫌良い? 彼女の表情をよくよく見て見れば、むすぅっとしたしかめっ面ではあるが――機嫌がいい時にする、髪の先をつまんで遊ぶ癖が見える。
「ああ、ほんと、お前みたいな妹がいて良かったよ……」
ちょろくて……。多分親父に似たんだろうな、お前も俺も。
と、丁度飛行機へ乗る様にアナウンスが。
「行くか」
「まぁ、しょうがないね兄貴一人じゃ心配でしょうがないし」
一言多い奴だ、もっと素直なら可愛いのに……。
「もっと素直なら可愛いのに……」
「兄貴って一言多いよね……」
結構本気で怒らせた。一言多いのは損だなぁ、そんな事を考えた。
飛行機の中ってのは、先のロビーなんかと比べれば狭いが、それがまた心地よい。不思議な感覚。安いシートだが、元々乗り物が好きなため、こう言うのも悪くない。
「飛行機ってのはこう……、そわそわするな!」
「兄貴変にテンション上げたら絶縁だからね」
「え!? 絶縁!?」
この娘恐ろしい事をさらっと言いよる。まぁ、お上りさんみたいだし、気を付けよう。そう思い、シートベルトを絞め、時間を待つ。しかし、後数時間でアイスランドかぁ……。
「あれ? 何時間で着くんだっけ?」
「……直行便だからね、それを見つけて来た事は褒めてあげる」
頭を抑え、何とかと言った調子で呟くリズ。わーいほめられたー。馬鹿にしやがって……。
「所要時間は十二時間、あんまりはしゃぐと後がつらいよ?」
「へぇ……えっ!? 十二時間!?」
それは……、へー……うん。妹がいてくれて良かった……本当に。
俺は溜息を一つ吐くと、窓から外を眺め……。
「あ、兄貴。リズ窓際が良いな」
「……嫌だ」
「ふーん、兄貴は野宿で良いんだ?」
こ、この異母妹は!! 脅しやがった、異母兄の事を……!! お前、お前、それは、それは……。
「どうぞ」
「わーい、兄貴愛してる!」
軽い愛だなぁ……。俺はしぶしぶシートベルトを取り、席を外す。っと、ついでだ。
「ちょっとトイレ行って来るわ」
「え? 兄貴何言ってんの?」
「場所はわかってるよ、じゃ!」
そう言い、そのままトイレを目指す。リズは俺を止めようとするが、何だ? 嫌がらせか?
「計画はどうだ?」
「つつがなく」
ん? 変な話声が聞こえる。
丁度向うのフロアだな。ちょっと気になるので、俺は壁に隠れ、声を聞く。
「『流星群』、期待しているぞ。この計画の為に、私も安く無い金を払って居るんだ」
男の声。三十を超え、人としても落ち着き始める頃合いの物だ。
「ところで『物』は、お持ち頂けましたか?」
女の声。それ程年は行って居ない、若い、が未成年では無いだろう。
「『物』、出来れば『神格』と通ずる何か『威』を持つ物品」
「ふん、『コレ』を詰み込むのにも金がかかったよ、探すのに比べれば、はした金だがな……」
覗きこむと、男は奇妙な長い『棒』を持って居た。木製の杖の様にも見える。だが、『アレ』は杖では無い、そう俺には思えた。
「しかしながら、お気を付け下さい。『物』は、『神格』は、『人を選び』ます」
女の顔は見えない。しかし、直ぐそこに居る為か、奇妙な威圧感だけは嫌と言うほど感じる。
「貴方が用意した、そんな事は関係ありません。『巡り合わせ』、『縁』、『運命』。その過程でしかない、その可能性をお忘れなきように。」
「ふん、下らん。『コレ』は王が振るう物、私を差し置いて『選ばれる』人間なんぞ……」
そう言い、笑う男。少し、嫌いな顔だ。
「あら、そうでしょうか?」
笑い声――三つ眼が燃える。高笑いが、男の、女の、子供の、老人の、産声が、断末魔が、喜びが、悲しみが、木霊し、消え入り、消える。
「かの『王剣』は、ただの少年を王へと変えた」
しゃがれた老婆の声。
「かの『怒り』を冠せし剣は、王をただの亡骸へと変えた」
若々しい男の声。
「さて」
声色が戻る。先の雰囲気も消え、不可思議な声も全て聞こえなくなる。
「もしかしたら、選らばれるのは、こんな男の子かもしれませんね」
そう言い、笑いながら俺の手を引く彼女――って、え!?
「えっ!?」
突如二人の前に引き入られる俺。
「!? なっ!? 貴様! 計画を聞かれては!」
「いえ、既に逃げる事は出来ませんし、これは聞かれようが聞かれまいが関係の無い話です」
女が眼鏡を直しながら言う。ってか、さっきのお姉さん!?
「ふん、下らん。そんなガキが『あの神』に認められる訳が無い」
そう言うと、杖を持ち、席へと帰る男。うわぁ、ファーストクラスっすか。
大人って凄いなぁ、なんて思いながらその背中を見つめる。
「さて、お聞きになりましたね?」
と、彼が完全に見えなくなるのを見計らって、彼女が言う。
「え、えっと……」
「ジョークですよ、ジョーク。ドッキりって奴です」
笑いながら彼女は言う。ばんばんばんばん俺の背を叩くもんだから痛いったらありゃしない。
「神がどうの、計画がどうの、そんな事が現実にあると思いますか?」
そう言われれば確かに、ないわー。
「ないわー」
「でしょう? あのおっさんが妙なこと言うんで付き合ってただけなんですよ」
そう言われると納得できる。そうだよなぁ、あんな変な話、意味がわからないし、ありえない。
「あー、じゃあ俺コレで」
だとしてもこれ以上関わりたくない、俺はそう言うとトイレを目指し逃げた。
「リズはさ、だから止めたんだよ」
離陸してから入ってください。客室乗務員に言われ、俺は素直に席に戻った。
他人の言う事は良く聞こう。一つ学んだ。




