第二十三話 ――嗤う『愚者』――
「さぁ! この我の元に来るじゃん、有悟よ!!」
そう言い、ドヤ顔で手を差し伸べ、胸を張るスサノー。黒地に白のラインが入ったそのショートボブが軽く揺れる。
「……物部、アイツ頭クラッシュしてるんじゃねーの?」
「悪いが……ああ言う『神』なんだ、許してやってくれ」
そう言い、両手を上げる物部。
「もー! そう言う時は「はい」か「YES」で答えるものじゃん! やり直し!」
そんな俺達の対応が気に入らないのか、鼻を鳴らし、プクーとスサノーは膨れる。
「それ選択肢ねーじゃねーか……」
「ねぇ、もしかしてスサちゃんって……」
そう言い、可哀想な物を見る目でスサノーを見るサラ。……そうだなぁ。
「良い勝負だと思うぞ?」
そう言い、笑ってやることにした――ら、かなり良いパンチを貰ったので、今日はもう馬鹿にしないと誓う。
「ユーゴのバカッ!!」
そうですね、俺は馬鹿ですよーだ。そんな風に考える。何時ぶりだったか――『俺一人の時』以来だ。思考がまた悪い方向へと向かう。俺は頭を振り、思考を捨てる。
「NO、って訳にはいかないんだろう?」
そう言い、周りを軽く見回す。物部が連れた『九の刃』と物部その人、更にはまだまだ『手』は在りそうだ。そして何より――
「――何より、《須佐之男》。あんたに勝てるビジョンが見えない、『降参』だ」
「……ごめんね、ユーゴ」
しょんぼりとうなだれるサラ。止めてくれ、悪いのは俺なんだ。
「ふぅん、ちゃんと『観る眼』は在るみたいじゃん……関心関心」
そう言い、腕を組み、うんうんと頷く《須佐之男》。化物だよコイツは……。
魔倣士の『契約』が何故成り立つか――簡単な理由だ、『神格』は異能を成すのに『人間』が必要だからだ。電源として『神格』を考えれば、そのコンセントに繋ぐバッテリー内臓の家電が『人間』。神には人が必要だが、人には神が不要。故にあんな『人』に有利な『契約』が成り立つのだ。
――では、この《須佐之男》はどうだ?
不要なのだ。『人間』を不要とする『神格』。それがどれだけの脅威か、どれだけの危険物か。『思考し歩く原子炉』と言えばどれだけの問題かわかるだろう。そんな存在だこの『神格』は。
「ふふん、これが長く続く『信仰』の力じゃん」
そう言い胸を張るスサノー。『有名神』故の力、か。
「で、どんな事をすればいいんだ? 俺は」
一応話は訊こう。出来ないなら出来ないと伝え、出来る事を出来る限りで、上手く取り繕えば生きていけるだろう。……そうして時間を掛ければ『手』はきっと……。
「別に、何もしなくて良いじゃん?」
「は?」「え?」
俺とサラ。ワンテンポのズレで聞き返す。――なんだって?
「有悟、キミは『火種』じゃん? そこに在るだけで『羽虫』が近寄り、『火災』を起こす。キミみたいなのが欲しかったじゃん」
そう言い、嗤う彼。冷たい眼、蛇の様な鋭いその眼。感情は感じるがその中身を理解させぬ有情の無表情。利を求めると言う理由では無い、それだけはわかる。
「キミが居れば暇はしないじゃん、それに姉さん達もきっと面白い事になる」
笑いが止まらない。そんな顔だ。だが泣きそうな眼をしている。興奮しているのか、鼻息が荒い。顔は笑顔を作り、嗚咽を漏らし、その手はガタガタと己の肩を抱いている。
「ユーゴをおもちゃとしてしか見てない、ってこと?」
サラが尋ねる。その質問には答えず、ただ揺れる《須佐之男》。
「俺も、あまり面白くはないな……」
そうは言うが、どうも様子がおかしい。
揺れが大きくなる、頭に付けられた【櫛】が、一つ、落ちる。
「――ッ!!」
瞬間――彼の影、無数の『手』が生じる。老いも若いも、生も死も、有機、無機、『手』の形である、それだけの共通項のそれらが何かを求め蠢く。
「――!?」
サラが後ろへ下が――ろうとし、それを阻まれる! ふざけるな! これは危険だ!
「おっと、『漏れちゃった』じゃん」
失敬、失敬。右手で、その顔を押さえる《須佐之男》。『手』は消え、先までの彼に『戻る』。
「さて、一応もう一度訊くよ? この我の元に来るじゃん、有悟」
手の下、指の間、その黒い瞳が、燃え立つ焔を湛えて視えた。
「――いいえ」
俺はNOを付き付けた。本能的な訴えだった。信じられない、信用できない。
「――ジャア、『死』ネ」
《須佐之男》が手を離す、『貌』が落ち、無数の『手』が地面を掴み、這い上がろうと叫びを上げる。その声、一つ一つが強力な『呪』!! 真っ当な人間であれば精神を狂わし、命を奪う!
可愛らしい『貌』の下、三つの燃える瞳が俺を睨み、雄叫びを上げる。
――だが!!
「――『 』!!」
俺は、その声を打ち払うように叫んだ。
ソレは彼女の本当の名前だった。




