第十四話 ――変わる『日常』――シルフとの場合
公園であった森の中――俺は思考する。
「あの~、やっぱり駄目見たいですね~……」
シルフが申し訳なさそうに言う。『風』を司る彼女、どうやら『千里眼』とでも言うべき事(『順風耳』と言うらしい)が可能との事で、俺は家の状態を確認するように頼みこんだのだが……。
「やっぱ焼けてるか」
「えぇ……御免なさいねユウちゃん……」
そう言いしゅんとする彼女。俺は彼女の頭を軽く撫でてやると言葉を掛ける。
「別にお前が焼いた訳じゃないんだ、気にするな……それに焼けてるのは予想通りだ」
――予想外なのはリズだ。
彼女の事、また家を直しておいてくれてるかとも思ったが……いや、元々アレはリズの手による物ではなかったのか? 何にせよリズの安否、と言うのも一つ考えねばならないか。
彼女の頭から手を外し、口元に手をやり思考を進める。
《Pale Rider》と呼ばれる妙な『手』を使って来る黒尽くめ、《世界の守護者》だと随分な異名を持つローゼス、この二人が俺を殺そうと動いている。黒尽くめのローゼスへの対応を見るに、恐らくは違う二つの組織が『殺処分』を選んでいる。
そして、俺を連れて行こうとした物部、奴も何処かの組織の人間か。狙いが『封印処理』である事を考えれば、また異なる組織であると考えられる。
――つまり最低でも三つの『組織』が俺を狙っている、と言うことか。
リズも確か俺とほぼ同じように見られている事を考えると……。
などと、考えて居ると――背中に柔らかい感触が。
「……シルフさん、何をしていらっしゃるのでしょうか」
「ふ~んだっ」
何処か不機嫌そうな調子で言うシルフ。いや、やめてそうやって押し付けないでくれ! こう理性が!
「いや! 『ふ~んだっ』じゃなくてちょっと待ってくれ!」
そう言い、彼女から逃れようとするが――更に力強く抑えられ、胸が押しつけられる。
「ユウちゃんが、女の子を放ってそんな風に難しそうな事を考えてるので、私もユウちゃんを放ってこうやって好きにしてます!」
そう言い放つシルフ、俺の脚に脚を絡めてくる、女性特有の甘いが鼻腔を擽る。全身彼女に包まれている様だ。柔らかい身体付きが全身くまなく俺に伝えられる。
「シルフ! 悪かった! 悪かった! もう放っておかないから!」
「むぅ~……」
「もう小難しい事考えて放っては置かないから、な?」
俺の言葉を受けて、納得したのか離れるシルフ。俺も彼女の方を向く。
「良いですか、女の子は繊細なんですよ~? 私だからこの程度で許しますけども、他の子達にこんなことしちゃ、めっですからね?」
俺の唇に指を当て、そう言うシルフ。やれやれ、少しはこれで『楽』になったかな。
――などと考えて居ると、彼女が俺の左腕に抱きついて! その上脚まで絡めてくる!
「さて、ユウちゃん。ちょっと思う所が有るので付いて来て下さいな」
「――思う所?」
「えぇ」
そう言い笑うシルフ。俺はただ彼女に従うしかなかった。
「……なんでこんな事になってるんだ?」
「あら~?」
俺の左腕にしがみ付くシルフ。俺の右手にはアイスクリーム、彼女の手にもそれが握られている。何時もの布一枚、と言った服装では無く、ノースリーブの縦セーターにミニスカートと言う、ちょっと眼のやり所に困る服装だ。
今、俺たちは繁華街に居る。
「……まるでデートだな」
「あらあら~、私は最初からそのつもりですよ~」
笑いながら言う彼女。少々恥しくなる。
「で、思う所が有るんじゃないのか? 何だってこんな事を……」
「あら~、可愛いキグルミさんですねぇ~」
そう言い、ふらふらっと進む彼女に引きずられる。
「あら、面白そ~」
「おい! シルフ!」
「あらあらあら、美味しそうですねぇ~、寄って行きましょう?」
「おい!」
そうしてどれだけの時間が経ったか、俺はベンチに座って居た。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様ですユウちゃん」
そう言いペットボトルのお茶を俺に渡す彼女。……誰の所為だと思ってるんだコイツ。
「でも、少し気が紛れたでしょう?」
そう言われて気が付く、確かに気は紛れた。彼女は笑みを浮かべ隣に座る。
「だが、俺はあいつ等の次の手を……」
「予想して何になるんですか?」
そう言ってのける彼女。俺は言葉に詰まる――確かに、今まで予想できたからと言って何か出来る事が有っただろうか。
「ユウちゃん、どうぞ」
そう言い、自らの膝をぽんぽんと叩くシルフ。いや……それは……。
「もぉ~、怒っちゃいますよ~?」
少し機嫌を悪くし、またポンポンと叩く。俺はそれに従い、頭を載せる。
「臨機応変、と言う様に、来る『壁』を対応するしか今の私達には出来ませんよ?」
優しい手が、俺の頭を撫でる。何処か懐かしさを感じ、落ち着く。
「今貴方が無理をして、折れてしまったら私達もただではすみません」
「……かもな」
風が吹いた。優しい風だ。俺と彼女を優しく撫でる。緑の美しい髪が優しくなびいた。
その風に乗る小さな『精霊』シルフ。彼女も俺を心配そうに見て居る。
「”シィール”……」
「はい?」
「シルフだろ、アレも。だからお前の『名前』だ。ずっと考えてたんだよ」
「あらあら、良い『名前』ですね」
「そうだろ、だから大切にしてくれよ、シィール?」
「はいっ!」
彼女の手が俺の頭を撫でる。とてもゆっくりと優しいリズム。うとうととしてくる。彼女のふとももの柔らかく温かい感触。心地の良い時間。
「無理しちゃ駄目ですよ~、ねぇ旦那様?」
彼女のその言葉を最後に、俺は意識を手放した。こう言う日があっても良いだろう。




