第十一話 ――その『名』――
男がそこに居た――疲れた様な表情で一人の女性に肩を借りて居る。
彼を支える女性は刃金色の長髪をした、どこか冷たさを感じさせるそんな美人だった。
彼は美しさを『持った』男だった。それはその顔立ちと言う事だけで無く、片手に握る刃も指した言葉だ――アレは《天羽々斬》では無い、それを『超えた』何かだ!
画になる二人――男は力なく笑うと刀を持った右腕を上げ、言葉を向ける。
「――悪いね、待ったかい?」
奴は『白髮の王』と呼ばれる男、《天羽々斬》を担う男。
「よぉ……物部 白。いや、今来たところさ……」
――俺は逃げ切ったと思い、安心しきった所で彼と出くわした。
町外れ、木々に囲まれた見通しの悪い公園の中で。
「失敗、……既に道がばれて居た?」
「それとも発信器か?」
口々に尋ねる俺達。物部は今にも今にも倒れそうな身体に鞭打ち答える。
「……これはローゼスから借り受けた物でね……。悪い物じゃない、霊験あらたかな素晴らしい物だよ」
そう言い、女性の肩口から、刺す様に一本の振り子が走る。なるほど、ローゼスを倒したか……。
「殺しはしない、悪いが僕達について来てくれないかな?」
「信じられるとでも?」
「無理でしょうね……白様、『また』力尽くで解決するしか」
そう、女性が言った。奴は何だ? 俺の『眼』には『神性』の様に見えるが……?
「【契約神格】は居ないんじゃなかったのか?」
「『相棒』は居ないよ、彼女”達”は『道具』だ」
そう言うと、彼は振り子を投げ捨てた。落ちる振り子は地面に落ちるその前に、『変化』、『変神』――『神を模した姿』を取る。
「貴様が彼女を!!」
振り子の変じた女の子が俺に飛び掛かる! 俺はノゥの力によりそれを防いだ。
「頭が悪いな、やはり持ち主に似るか」
そう言い、物部はその右手に握った剣――いや、『神剣』を高く掲げる!
「汝は、『八岐大蛇の子』! 『難を祓う者』!」
高らかに物部が『呼ぶ』――アレは俺と同じ、『真名』の解放!!
『力』の奔流に、彼を支えて居た女がその姿を崩し《天羽々斬》へと変わる!
風が強く吹き荒ぶ。ぽつぽつと小さな雨粒が、俺の頬を濡らす。
「その『名』は《天叢雲剣》!!」
――天は乱れ、空が泣いた。
輝きが物部を包む。『王権』を担う、彼こそが『皇』なのだと魂が理解する。
俺は立って居られず、膝を付いた。あの『剣』の前では俺は無力だ――そんな感覚。魂の根本からあの『剣』に畏縮している!
「危険ッ! 心があの『剣』に負ければ戦う事すら出来ない!」
俺を叱咤激励するノゥ。だが膝が笑い、腕に力が入らず、頭が上がらない――『立ち向かえない』《心が折れた》!
――これが《天叢雲剣》の『力』!!
「……物分かりは良いようだね。このまま連れて行かせて貰う」
『彼』が近付く! その距離およそ三十m!
――怖い! 恐い! コワイ!
背筋が凍る、歯の音が合わず、動けない。
『彼』が近付く! その距離およそ二十m!
――怖い! 恐い! コワイ!
――だが、俺がここで『折れて』しまったら、彼女達はどうなる?
わかって居る! だが、動けないんだ! 俺は……『俺自身は強くない』!!
俺『は』戦えない!
そう思った瞬間――激痛が走った。
「――馬鹿!!」
彼女が――ノゥが俺の頬を叩いたのだ。
「馬鹿ッ! 私達は貴方を慕って此処に居る!」
彼女の脚が震えて居る――『恐怖』によるものだけじゃない、『怒り』によってだ。
「馬鹿ッ! それは貴方の『力』を求めてじゃない!」
彼女の頬が濡れて居る――『豪雨』によるものだけじゃない、『涙』によってだ。
「馬鹿ッ! 私達が支える! その為に私達は居る! 貴方は一人じゃないッ!!」
――彼女はなかなか感情を表には出さない。たった一日にも満たない時間しか彼女と居ない俺でもわかった事だ。
「――たった一人で全部、全部、背負い込もうとするなッ!!」
そんな彼女が泣いている。
――『俺の思い上がり』に嘆き、憤り、恐怖を超え――俺を立たせようとしている!!
「はは……」
ここまでされて――否、ここまで『させて』おいて、俺は黙って跪いて居るのか?
膝は笑い、腕に力は入らない――だからどうした!?
頭が上がらない――それがどうした!?
俺は意思の力――ただそれだけで立ち上がる。何度も崩れ落ち、立てそうにも無いが、それでも何度も身体に力を入れ、立ち上がろうともがく。
――『俺』は戦えない。
そんな俺に手を貸し、引き上げるノゥ。その手は震えて居た。
「……有悟、『眼』が醒めた?」
「ああ……お前のお陰でな」
――『俺達』なら戦える。
「かっこ悪いなぁ、俺。『泥臭い』やり方しか出来ないんだぜ?」
俺はノゥに笑って見せる。言葉通り泥に塗れ、服も顔も綺麗とは言えない。俺は泥にまみれた自分の手を見て、彼女の美しい髪を撫でようとしたが止めた。
そんな俺にノゥは薄らと笑って見せる。彼女の白い指が俺の手を掴み――無理矢理に彼女の頭へと導く。
「大丈夫――『泥』の匂いも嫌いじゃない……貴方とならそれも悪くない」
『彼』が近付く! その距離およそ十m!
「やはり諦めが悪い様だね……」
男が剣を両の手で握り、構える。俺はそんな彼に向い睨みつける。
「そうさ、何度傷付こうが、何度倒れようが、立ちあがって――最後に『勝つ』!」
「必勝、……私と有悟なら可能」
「悪いが不可能さ……『奇跡』でも起こらぬ限り」
そう言う物部。俺とノゥは互いに見合い、笑い合う。
「ほぉ、なら出来るな」
「可能、有悟と……」
「――『 』と一緒ならな!!」
俺は叫んだ。
ソレは彼女の本当の名前だった。




