プロローグ ――始まりの日――
――楽しい旅行になるはずだった。
その日、俺の誕生日、七月三十日。始まり既に数日たった夏休み。
親に無理を言い、誕生日プレゼントとして海外旅行を頼み、ついに出発、初の飛行機旅行、そんな日だ。
俺が飛行機爆破事件に巻き込まれたのは。
覚えて居るのは凄まじいまでの轟音と閃光――そして胸に深く突き刺さった、鉄骨の熱さ。
「……俺は死んだのか?」
身体が自分の物で無い様な感覚。何処か吊るされて居る様な感覚。
眩しい光の中、何とか瞳を開く。
「起床、起きた……?」
目を開き、ほんの数㎝先に見える顔。少女の物だ。
白みがかった絹の様に細く綺麗な長髪、まるで人間では無いかのようなその顔立ち。
何処か無愛想な調子の少女が自分の頭を膝に乗せている――所謂膝枕と言う奴だ。
「う、うわぁっ!? な、なんだ!?」
そうして恥しさと驚きから、飛び上がるように立ち上がる。
「あっ、起きたんだっ! おっはよーっ!!」
そうして立ち上がった俺の後ろから、飛びついてくる何か。声の調子、しがみ付くその高さから、
またも少女の物だとわかる。妙に温かい体温と、少女特有の柔らかさにドキマギしてしまう。
「な、何だよ!? お前は!?」
身体を捻り、彼女の顔を確認する。先ほどの少女とは違う、少年の様な雰囲気を持った少女だった。
赤くショートにそろえられた髪、元気で屈託のない笑みを見せるその顔立ちは人間離れした魅力を持っている。
「あら~目が覚めたんですねぇ」
赤髪の少女に答えを聞く前に声をかけられる。俺はその声の主の方を向き、その姿を視界に入れた。
緑のロングヘア、おっとりとしたその声色と表情。大人の女性と言った風貌で、やはり彼女も吸い込まれそうな美貌の持ち主だった。
布一枚を捲いている様な服装で、その凹凸の激しいボディラインが出ており、少々目のやり場に困る。
「なぁ、此処って何処だ? 真逆天国とか言わないよな?」
とは言え、自分の現状を知らない訳にはいかない。俺はこの中でまだ話の通じそうな彼女に尋ねる。
「起きたんですか、おはようございます、ア、ナ、タ♪」
そんな声と共に俺の右腕を掴み、身体を摺りつける誰かの影。瞬間的に奪われたその腕は、声の主の女性の胸元に抱かれて居る様で、どうにも柔らかい感触がむず痒い。
俺はその女性に向き合うと――瞬間、息を呑んだ。
蒼い、空色の長髪。深い、海色の瞳。彫刻の様に美を基準に形作られたその顔は、自分への愛情を予感させる、そんな蕩けた、それでいて魅力的な表情を作って居た。
「何時までも起きなかったどうしようかとおもいましたよ」
脳を蕩けさせるような甘い囁き声。堪らなく甘い匂いが彼女から発せられている様に思える。
「――そんな事より、此処は何処だ!? あんたらは何だ!?」
犯される意識を何とか自らのコントロール下に置き、彼女等に尋ねる。すると最初の銀髪の少女が口を開く。
「回答、貴方達の言葉で言うならば『神』、『神格』と呼ばれる存在」
「はぁ!? 神!?」
予想外の答えに叫び声が漏れる。そんな俺から離れ、薄い胸板を誇らしげに張りながら、赤髪の少女が言う。
「そうだよ、ボク達は神様何だよ! えっへん!」
「信じられるわけがねぇだろ……」
顔立ちは良いが、それだけで神を信じる理由にはならない。俺は呆れながら、溜息を一つ。
「あらあら、そうですねぇ~、『擬人化された超自然現象』、と言う考え方の方が近いですかねぇ」
「いや、だとしても意味がわからないっての、なんなの貴方達は? 新手の宗教勧誘?」
緑髪の女性がのほほんとした調子で話すが、全くもって意味がわからない。自分は夢でも見て居るのか。
「真実ですよ、痛いでしょう胸?」
青髪の女性がぼそりと呟くように投げかける。俺はその言葉の意味を理解するより先に、胸に走る痛みに呑まれた。
「がぁあああ!!!??」
痛い! 痛い! 痛い! 胸が裂ける様だ! 心の臓から何かが漏れる感覚、胸から命を失う感覚。
生と死の狭間に自分が居るのだと言う実感に全ての感覚を奪われる。
「その痛みを止めて居たのが私たちの『神通力』、『魔法』、『超能力』、まぁ好きに呼んでください」
「私たちは、『お願い』をしにきたんですよ~」
「そっ! ボク達さぁ、困ってるんだ。それに君が死んじゃったのってボク達のせいでもあるし」
「提案、所謂ぎぶあんどていくの関係……」
口々に言葉を投げかける彼女達。痛みと喪失感から言葉の意味はぼんやりとしか理解できない。
「懇願、死の定めを曲げる為私達と契約して……」
「ボク達丁度キミなら良いかなって思ってさっ! ねっ? 良いでしょ?」
「えぇ、私も貴方になら、と思いまして~」
「アナタの名前と契約する意思が有る――と、そう言えば楽になれますよ?」
好き勝手に言ってくれる……。俺は彼女たちの言葉の意味は既に理解できなかった
――「契約する」と言えばこの痛みから解放されると、それ以外の事は何一つ。
だから俺は叫んだ、血が喉に絡み、まともに声も出ない死体の様な身体で。
「――契約する! 穂村 有悟は契約する!」
その一言は驚くほど綺麗に出た。
「契約、我が名は『 』。今後力が必要な時はその名を呼んで……」
「オッケーッ! 契約完了ッ! ボクの名前は『 』、気軽に呼んで良いよっ!」
「ふふふ、これで契約はなりました。私の名前は『 』。どうぞお見知りおきを」
「これで契約は完了、クーリングオフは出来ませんよ? 私の名前は『 』、決して忘れないように。
ねぇ、アナタ様♪」
心臓の鼓動の音が大きく聞こえる、彼女たちの声が聞こえない。
意識を手放しそうになる、その直前俺は身体が焼け、凍り、引き裂かれ、朽ち果てる感覚を味わった。
これが俺の十五回目の誕生日の記憶。
――二度目の誕生の記憶である。
その日、俺は産まれ直し、そして世界に《妖精》が産まれ落ちた。