Side A-2
町を歩く私を捕まえたのは、太った物売りだった。
カゴに入れられ、布をかけられ、とても長い時間移動をしていた。
着いた先はリズたちの町よりも少し大きな場所で、周辺には大きな森があった。
あの絵本に出てくる森のようで、リズが喜ぶだろうな と思った。
物売りの荷物に紛れて、私は逃げだした。
あの森の中を歩いてみたくなったのだ。
童話のなかでは、お菓子の家に行くには森の木陰に隠れてあるドアを見つけなくてはいけないらしく、それを探しだしてあげたかった。
……けれど、森の中は広すぎた。
食べ物もろくにないので、街と森を行き来していた。
幸い路地裏のゴミ箱には食べ物があった。
そして捕まえようとする人間を避けるようになった。また物売りに捕まるのは嫌だったから。
その日も、森を歩きまわり腹を空かせて路地裏に入ったのだ。
***
カノンと名乗った少女は、路地裏で私を見つけると、紙袋から取り出したパンを分けてくれた。
気を許した私の頭を撫でて抱き上げると、街を出て森へと入っていく。
逃げることもできたし、路地裏の方が満腹を得られる……それでもなぜ抱かれるままここまで来たのかを考えてみると、カノンの瞳は、リズにとても似ていたことが理由になった。
カノンとの記憶は・・・どんなだったろう。
森の上の方にある小屋はとても小さくて、カノンは1人で住んでいた。
あの街はたまたま見つけたから歩いてきたと話していたが、普段はもう少し近くにある山の中の小さな村に行くこともあると言っていた。
時折連れて行かれる森の中の泉で水浴びをするが、濡れるのは嫌いだ。
それでもカノンは容赦なく私に水をかけ、挙句抱き上げたまま泉の中へ入っていく。
何度も爪を立てたが彼女は笑っていた。
そんなカノンとの時間は長くなかった。
最後の彼女は、とても笑っていたことを覚えている。
私をじっとみつめて、少し切なそうな表情のあとで、とても楽しそうに笑っていた。
その顔を目に焼き付けたまま、その後のことは……覚えていない。