第3話 入学式クラッシャー
国立特務能力者育成学園。
都心の一等地に広大な敷地を構えるその場所は、高い塀と厳重なセキュリティゲートに囲まれていた。
新品の制服に袖を通した天城駆は、聳え立つ校舎を見上げ、口元を緩ませていた。
(へへへ……すごいな。この壁の向こうには、俺の月給二十五万円生活が待ってるわけだ)
現金な理由で入学を決めた駆だが、足取りは軽い。
正門をくぐり、桜並木が続くアプローチを歩いていると、前方にどこか見覚えのある後ろ姿を見つけた。
小柄な背中。少し癖のあるセミロングの髪。
「あれ?」
駆は小走りで近づき、声をかけた。
「よう。キミも来てたんだ」
少女がビクッと肩を震わせて振り返る。
目が合った瞬間、彼女の表情がぱあっと明るくなった。
あの日、ドローンの落下から助けた女子高生だ。
「あ……! あ、あなたは、あの時の!」
「やっぱりそうか。奇遇だな、俺も今日からここの生徒なんだ。俺は天城駆。よろしく」
「はっ、はい! そっ、その、アタシは……星野あかり、と言います! その節は本当にありがとうございました……!」
星野あかりは、ぺこぺこと何度も頭を下げた。小動物のような愛嬌がある。
駆は苦笑しながら手を振った。
「いいって、気にするなよ。で、星野さんも能力者ってことだよな?」
「は、はい。その、アタシも能力者で……」
あかりは少し気まずそうに視線を落とし、もじもじと指先を合わせている。
駆は興味本位で尋ねた。
「へー、どんな能力持ってるの? ちょっと見せてよ」
その言葉に、あかりは「えっ」と顔を上げ、慌てて首を横に振った。
「い、いや、やめたほうが……アタシの力、その、あんまり人に見せるようなものじゃなくて……」
「そんな謙遜するなって。ここ能力者の学校だぜ? 減るもんじゃなし、ちょこっとだけさ」
駆の軽いノリに、あかりは困り果てたような顔をしたが、恩人の頼みを断りきれなかったらしい。
「えっ、と……じゃあ、ほんのちょっとだけなら……」
彼女は意を決したように深呼吸をすると、ぎゅっと目を閉じた。
「……いきます」
あかりの体から、薄暗い、どんよりとしたオーラのようなものが立ち昇った――気がした。
物理的な風圧も、光もない。
ただ、空気が『重く』なった。
ドサッ。
突然、近くを歩いていた男子生徒が、膝から崩れ落ちた。
「……ああ、4にたい……」
「え?」
駆が目を丸くする。
異変はそれだけではなかった。
周囲にいた新入生たちが、次々と地面に突っ伏し、うめき声を上げ始めたのだ。
「ううっ……小学生の時、給食で牛乳拭いた雑巾の臭いが忘れられない……トラウマがぁー!」
「あーん! 去年のクリスマスに彼氏に振られた記憶がーっ! なんで今思い出すのよぉーっ!」
「俺なんて……俺なんてどうせ、ミジンコ以下の存在なんだ……踏んでくれ、いっそ踏み潰してくれ……」
阿鼻叫喚。
華やかな入学式の会場前が、一瞬にしてお通夜……いや、地獄絵図と化した。
楽しげに談笑していた新入生たちが、全員地面に這いつくばり、己の過去の汚点や将来への絶望を吐露している。
『警告。強力な精神干渉波を検知。駆、メンタルガードを展開するよ』
イヤホンからナノの焦った声が響き、駆の脳内に冷たい感覚が走る。
おかげで駆だけは正気を保てたが、目の前の光景には開いた口が塞がらない。
「ちょ、ちょっと! 星野さん! ストップストップ!!」
「はっ!?」
駆の叫び声で、あかりはハッと我に返り、能力を解除した。
彼女は周囲の惨状――数十人の生徒が地面で「ううう……」と泣いている光景――を見て、顔面蒼白になった。
「あ、あわわわわ……! ご、ごめんなさい! ごめんなさいぃぃ!」
「こ、これは……一体……」
「アタシの能力……『ネガティブ・ブロードキャスト』なんですぅ……周囲の人の心の傷を強制的に広げちゃうんですぅ……!」
あかりは涙目になって頭を抱えた。
「なんて迷惑な能力だおい!!」
結局。
新入生の九割が『精神的衰弱により起立不能』となったため、入学式は一日延期された。
(……二十五万もらえるなら楽園だと思ったけど、前言撤回だ)
寮のベッドで天井を見上げながら、駆は深くため息をついた。
(ここ、魔境じゃねーか……)
ナノが呆れたように補足する。
『ま、退屈はしなさそうね』
駆の学園生活は、初日から波乱の幕開けとなったのである。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




