第20話 聖なる黒い水と、シュワシュワの条約
温泉でのODA交渉を終え、ほくほく顔で王都へ戻った時のことだ。
待ち構えていたのは、顔面蒼白のベアトリクス団長だった。
「天城準男爵! 至急来られよ! 『魔族領』から使者が来ている!」
「……は? 魔族?」
魔族。それは王国の北、険しい山脈の向こうに住む、強大な魔力を持つ種族だ。
今まで国交はなく、冷戦状態が続いていると聞いていたが。
「しかも、非常に怒っておる! 開戦待ったなしの状況だ!」
「なんでまた急に……」
「原因は……これだ!」
ベアトリクスが震える手で差し出したのは、一枚の紙きれ。
それは、俺たちが領地に建てたコンビニの『オープン記念チラシ』だった。
『新発売! キンキンに冷えたコーラと、ファミチキ風揚げ物セット! 今なら300円!』
フルカラー印刷の、どこにでもある宣伝チラシだ。
「……え、これが原因?」
「そうだ! 魔族の使者によれば、『聖なる黒い水』を勝手に販売しているとのことだ!!」
王城の会議室。
重苦しい空気の中、漆黒のローブを纏い、角を生やした魔族の男が、バンッ! と机を叩いた。
「無礼千万! 人間ごときが、我ら魔族の秘薬『聖なる黒い水』を、あろうことか揚げた鶏肉と共に安売りするとは何事か!」
魔族の使者、ヴァルガスは激昂していた。
「いや、あの……これ、ただの炭酸飲料なんですけど……」
俺が恐る恐る口を挟むと、ヴァルガスはギロリと俺を睨んだ。
「黙れ! その黒き液体から湧き上がる気泡! 喉を焼くような刺激! あれぞ魔王様のみが儀式の際に口にできる、闇の魔力が凝縮された霊薬! それを『コーラ』などというふざけた名で呼ぶなど……!」
(……ああ、なるほど)
俺とナノは瞬時に理解した。
どうやら魔族領にも似たような飲み物(あるいは天然の炭酸泉?)があり、それが神聖視されているらしい。
そこへ俺たちが「コーラうめぇ!」と大量販売を始めたものだから、文化的なタブーに触れてしまったわけだ。
『成分分析完了。魔族が飲んでいるのは、ただの湧き水ね。コーラの方が糖分とカフェインが多い分、中毒性は高いわ』
(余計な分析しなくていいから!)
ヴァルガスは、チラシを握りつぶさんばかりに震えている。
「直ちに販売を停止せよ! さもなくば、これを『神聖なる水への冒涜』とみなし、魔王軍全軍をもって貴国を焦土とする!」
ベアトリクスが「ひぃっ!」と悲鳴を上げる。
たかがジュースで戦争とか、笑えない冗談だ。
俺は頭をフル回転させた。販売停止は困る。コーラはコンビニの売れ筋商品だ。
かといって戦争も御免だ。
「……ヴァルガスさん。一つ提案があります」
「なんだ、命乞いか?」
「いえ。……とりあえず、ウチの『聖なる黒い水』を一杯、飲んでみませんか?」
俺はナノに指示し、冷蔵庫からキンキンに冷えたコーラのペットボトルを取り寄せた。
プシュッ。
小気味よい音と共に、黒い液体をグラスに注ぐ。シュワシュワと泡が弾ける。
「……ゴクリ」
ヴァルガスが喉を鳴らした。
彼は震える手でグラスを手に取り、一気に煽った。
「んぐ、んぐ、んぐ……ッ! プハァーッ!!」
沈黙。
ヴァルガスは目を見開き、グラスを見つめた。
「……こ、濃い。魔族領の湧き水よりも、遥かに刺激が強く、そして甘美な……!」
「でしょう? これ、いくらでも作れるんですよ」
「なっ……!?」
俺は畳み掛けた。
「魔族領にも輸出しますよ。魔王様への献上品として、毎月100ケースくらいどうですか?」
「ひゃ、100ケースだと!? 一生かかっても飲みきれん量だぞ!」
ヴァルガスの表情が揺らぐ。
怒りと、コーラへの渇望がせめぎ合っている。
「ですが、確かに『聖なる黒い水』を人間がガブ飲みするのは、宗教的に問題があるでしょう」
俺はポンと手を叩いた。
「そこで、こうしましょう。俺の領地(天城温泉郷)は治外法権なので、これまで通り『コーラ』を売ります。ただし――」
俺はもう一本、別のペットボトルを取り出した。
透明な炭酸飲料、サイダーだ。
「王国側で販売するのは、この『透明な聖水』のみとします。これなら色が違うから、魔族の教えに反しませんよね?」
「む……透明、だと?」
ヴァルガスはサイダーを一口飲み、「……ふむ、刺激はあるが、黒くない。これなら『白き浄化の水』として別枠で処理できるか……」とブツブツ呟いた。
「わかった! その条件で手を打とう!」
こうして、『第一次コーラ戦争』の危機は回避された。
結果として。
王国の街中では、爽やかな『サイダー』が大流行した。
一方、俺の領地にあるコンビニには、夜な夜なこっそりと『黒い水』を買い求める魔族たちの姿が見られるようになったとか。
「……やれやれ。異世界外交ってのは、地雷原を歩くようなもんだな」
俺は領地のコンビニ前で、コーラを飲む魔族と、サイダーを飲む騎士が仲良く並んでいるのを見て、深く息を吐いた。
平和の味は、シュワシュワと甘かった。
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