レモン色のあかり
しんしん冷え込む夜のこと。真っ暗で深い森の中のけもの道を、坊やと父が歩いていました。
夜空には、月も星もみえません。父が持つ、一本のろうそくの火だけが、二人の行く先をぼうっと照らしていました。父が足を動かすたびに、火はゆらゆらと縮んだりふくらんだりします。そのたびに坊やは、大切な火が消えてしまうのではないかと心配になり、父の手をぎゅっとにぎるのでした。
父は、まっすぐに前を見つめたまま、坊やに語りかけます。
「ずいぶん歩いてきたなあ。おなかがすいているだろう?」
坊やは、返事のかわりに、小さなくしゃみを一つしました。
「寒いか。家に帰ったら、ミルクに角砂糖を入れて、鍋であたためてあげよう。それをのんだら、きっとすぐに体の芯からぽかぽかとあたたまるぞ」
父の陽気な声が、背の高い木々の間に響いていきました。思わず坊やは、体をすくめます。聞きなれた父の声も、木々の向こうに飛んでいってしまって、やっと坊やの元に戻ってきたころには、おそろしい風のうなり声にかわっているのです。
「それにしても、探していたものは、さっぱり見つからないな」
父がそう言うのを聞いて、坊やは、探しものが見つからなくてもいいから、一刻も早くお家に帰りたいと思うのでした。でも、この真っ暗な森の中では声を出すのもおそろしかったので、静かにしていました。
二人がこの森に足をふみいれたのは、その日の朝早くのことでした。父が作ったサンドイッチと、りんごを二つと、お茶の水筒を持って、二人はいきようようと森に出発しました。朝、森の木々は太陽の光をきらきらとあびて、風といっしょにぺちゃくちゃおしゃべりを楽しんでいるようでした。珍しい虫や、木の実を見つけるたびにはしゃぎながら、二人はどんどん森の奥へと進んでいきました。
お昼時になると、二人はとびきり大きな木の下に座り、サンドイッチとりんごを食べました。小鳥がものめずらしげにちかよって来たので、坊やはパンくずを分けてやりました。食べ終わったりんごの芯を土の下にうめた後も、父は帰ろうとは言いませんでした。二人が森へやってきたのは、ただのさんぽのためではないからです。
父と坊やは、妖精を探しにきたのです。その森には、妖精が住んでいるといううわさがありました。けれど、妖精を本当に見た人は、二人の近くにはいません。どんなすがたをしているのか、誰も知らないのです。
妖精が見たいと坊やにせがまれた父は、仕事のない土曜日に、たっぷりと時間をかけて妖精探しをしようと約束しました。そして今日、仕事が休みになったので、二人は森へ出かけたのでした。
お昼すぎから夕方にかけて、だんだん太陽が西へしずんでいきましたが、肝心の妖精はちっとも見つかりません。珍しい草花のかげや、小さな泉のほとりにも、真っ赤なきのこの下にさえ、妖精はいませんでした。
そして日がくれて、夜になり、父はたった一本だけ持ってきていたろうそくに火をつけて、妖精を探し続けました。父も坊やも、なかなか帰ろうとは言い出しませんでした。こんなに長い時間歩き回ったのだから、なんとしても妖精に会いたいと思ったからです。夜の森の中、歩いて、歩いて、歩き続けました。けれど、自分の足の先さえ見えない夜の暗やみの中で、家のあたたかいベッドやがんじょうなかべが恋しくなってきた時、二人は帰る道が分からないことにやっと気がついたのです。
今夜は少しだけ、風が吹いています。冷たい風が木の枝を揺らして頭上を通りすぎるたびに、坊やは身ぶるいしました。
「お父さん」
「なんだい?」
「この森、おばけが出るってほんとう?」
坊やの心配を、父は笑いました。
「おばけなんて、いるものか。そんなものは、人が作った、おとぎばなしなのさ」
「でも、妖精とおばけってなにがちがうの?」
その一言に、父は思わず口をつぐみます。二人は妖精がいると信じて、森にやってきたのです。妖精がいるのならば、おばけだっていてもおかしくはないではありませんか。
父は、足を止めました。そして、坊やの頭をやさしくなでて、手にしたろうそくの火を坊やに見せてやりました。
「ほら、ごらん。ろうそくの火が、明るくかがやいているだろう。この火は、おばけからぼくたちを守ってくれる、魔法の火なんだよ。だから、おばけがいたとしても、この火がある限り、近づいてこれやしないさ」
父のろうそくの火は、くっきりと、レモン色にかがやいていました。顔を近づけると、少しだけあたたかいのです。
「家に帰るとしようか」
父の言葉に、坊やは何度もうなずきました。ふたたび歩きはじめると、ろうそくの火はまた上下、左右にゆれました。それを見ていると、ふとしたひょうしに火が消えてしまうのではないかと、坊やは怖くなるのでした。
しばらく歩いてから、父がいきなり立ち止まりました。
「どうしたの?」
坊やが目を丸くしてたずねると、父は、レモン色の火を足元に向けるのです。
「そこにいるのは誰だ!」
坊やが下を見ると、ふわふわした白いまんまるのものが見えました。長い耳が突き出していて、父の呼びかけにこたえてぴくぴくと動きます。
「だあれ?」
坊やが思わずしゃがみこむと、その白いものは顔を上げました。うさぎです。真っ黒なひとみをぱちくりさせて、坊やを見つめました。
「ぼく、うさぎ」
ちっちゃな声でそう答えたうさぎの背中を、坊やはなでてあげました。
「なんだ、うさぎか」
父はほっとして、胸をなでおろします。おばけではないかと、ひそかにおそれていたのです。
「どうして、こんな夜に、人間が森を歩いているの?」
「妖精を探しにきて、道に迷っちゃったんだよ」
父がそう言うと、うさぎはひげをひくひくさせて笑いました。
「じゃあ、道を教えてあげる」
しんせつなうさぎを、坊やがだきかかえました。坊やのうでの中で、あたたかく丸まったうさぎは、あいかわらずちっちゃな声で、まっすぐだの右に進むだの、正しい道を教えてくれました。
これでようやく森から出られると、坊やも父もほっとしていました。ところが、そんな時に突然、三人の前におどりでたものがいました。
風のようにすばやくあらわれたのは、一匹のきつねでした。赤い毛並みが火に照らされてきらきらとかがやいてみえます。うさぎはかわいそうに、すっかりおびえてふるえだしました。
きつねは、ずるがしこそうな目をうさぎに向けて、言いました。
「おや、おいしそうなものを持っていますね」
坊やはうさぎをしっかりとだきしめ、きつねから一歩はなれました。父が坊やをかばい、きつねに厳しく言いました。
「あっちへいけ、きつね。このうさぎくんはぼくたちの大事なともだちだ」
そのとたん、きつねはうなだれました。
「うそですよ、うさぎを食べたりしませんよ。だから、あっちへいけなんて、言わないで」
きつねは、ふさふさのしっぽをふりふり、父にうったえました。
「おれ、『おばけ』からにげてきたんです。ああ、ほんとうにこわかった。いっしょにいさせてください、おねがい」
どきんとして、坊やはきつねにたずねました。
「おばけに会ったの? ほんとうにいるの?」
「ええ、いますとも。おばけはこの世のなによりもおそろしいすがたをしていて、一目見ただけで体の芯からかちんとこおっちまうんです。つかまったら最後、頭からばりばりと食われてしまいます」
あまりにこわくなったぼうやとうさぎが、大きな声でさけびました。父は、きつねをしかります。
「なんてことを言うんだ。見ろ、坊やたちがすっかりおびえてしまったじゃないか」
「ごめんなさい。でも、あなたがたはあかりをもっているから、安心ですね。おばけは、月や星が出ているときや、あかりがある場所には、けっして出てこないんです。ああ、よかった。ほんとうにたすかった」
きつねは、なんどもそう言って、ふるえました。ほんとうにこわい思いをしたのでしょう。父はきつねがきのどくになりました。
と、その時、父のほっぺたに、冷たい何かがあたりました。ぽつん、ぽつん。父は星のない空を見上げ、さけびました。
「雨だ!」
ぽつぽつとふってきた雨は、あっというまにざあざあぶりの大雨になり、森はにわかにさわがしくなりました。四人の目の前で、レモン色の火は、じゅっとかすかな音をたてて、消えてしまいました。
父は、坊やとうさぎと、きつねをだきかかえ、その場にうずくまりました。耳を、風のようなうなり声がくすぐります。だれかの冷たい手に首をさわられ、父はぞっとしました。
何のあかりもない今では、坊やの顔も、きつねのしっぽも、うさぎの耳も見ることができません。ただ、音だけが聞こえます。木の葉をしきつめたけもの道の上を、なにかがずるずると動き回る音でした。
しだいに暗やみに目がなれてきて、父ははっとしました。目の前に、大きなかげがあるのです。自分たちよりもはるかに大きく、きみょうなかたちをしたかげでした。
父はあわてて目をかたくつぶり、坊やたちをいっそうきつく抱きしめました。
坊やは、父にすがりつきながら、必死に祈りました。
「助けて! だれか、助けて!」
坊やは、見てしまったのです。大きなかげの中に、ぎらぎらと赤く光る目がいくつもあって、それらがみな、他でもない坊やをまっすぐにらんでいたのです。坊やのうでの中のうさぎは、おそろしい声をききました。たくさんの虫が、いっせいに食事をしている時の音を大きくしたような、不気味な声でした。また、きつねは、おなかのものをすべてはきだしてしまいたくなるような、おぞましいにおいを鼻でかぎとりました。
「助けて!」
そう声に出した坊やの目の前に、ぱっとレモン色の光がともりました。そして、やさしい女の人の声が、坊やをはげますのです。
「坊や、なにもこわいことはありませんよ」
父がにぎるろうそくの先に、小さな小さな女の人が座っていました。女の人の体は、ぼうっとあたたかいレモン色にかがやいています。
「こわいおばけは、もういないわ」
そう言って、女の人は、ふわふわと坊やたちの回りを飛び回ります。小さなあかりにあたりが照らし出されましたが、いましがたあらわれたおぞましいかげは、どこにもいませんでした。
父や、うさぎや、きつねもおそるおそる顔を上げました。そして、ろうそくを見て、おどろきます。
「やあ、一体どうしたんだろう。雨で消えた火がまたつくなんて!」
坊やは、父のうでをひっぱって言いました。
「妖精だよ。妖精が助けてくれたんだよ」
女の人が、ろうそくの先っぽに戻ってきました。父は彼女をみて、うれしそうに言いました。
「ありがとう、おばけから助けてくれて」
妖精は、にっこりと笑いました。そして、ろうそくの上で、ダンスをおどったり、へんな顔のまねをしてみせました。
ろうそくを持って、二人はまた歩き出しました。うさぎときつねも、いっしょです。うさぎの案内で森の出口までやってくる間に、雨はやんでいました。
ようやく家にたどりついた父と坊やは、あたたかいミルクを用意して、うさぎときつね、そして妖精にもふるまいました。そしてその夜は、ぐっすりとねむったのでした。




