私専用の創作支援代理生成AIを作った。これは研修用テキスト。哲学科三賀西先生最終講義 13人の死夢集
死講義と死演舞 哲学科 三賀西先生最終講義
大学構内は秋深く連休の中日のぽかぽかに浸っている。幟りが揺らめいて立看が圧迫して道を示して従うと民間に開放された日曜日の大講堂は立ち見もいる盛況だった。
恭しく大書された演目と裏腹に大講堂は華やかにざわついていた。袖から教授が姿を現した。なぜ白衣なのだろう。背広に白衣を羽織っている。裾を翻し壇上中央に立った。講義卓はない。メモも手帳も持たずマイクを片手に持つのみだ。
「私は近々死ぬだろう。自然に任せるか自ら決するか考えている」
力のこもった声で話し出した。大講堂は一瞬でピンとした。
「他人の死に、死ぬな死ぬなでは無責任だ。なんの義務・責任も取らないのなら、死ね死ねのほうが正しい態度だ」
意外な話に聴衆は即座に取り込まれた。
「では手始めに、死ね死ね、と言ってみよう。さあ 死ね死ね」
聴衆は従った。大講堂に、死ね死ね、が轟いた。みな気に入ったらしくいきり立って叫んでいる。各自の声は3千の声になって自らの耳に届く。大音量のこだまは血を沸騰させ、爪は皮膚を求め、歯は肉を求めている。少し火種を投下すれば殺し合いになって血の噴水が大講堂を染め、階段は朱の滝になるであろう。人は攻撃が好きなのだな。タモリの様に煽ってピタッと止めた。
「延命のみを目的にした治療は望みませんと署名していて、救急車で病院に担ぎ込まれ、そのまま死んでしまうのは、少し違うんじゃないか」
まあゆっくり行こう。
「病院で目覚めて死を認め、死を覚悟しなければならぬ。だから延命を望みませんは誤りで、皆がそんなお札を持っているのならこの場で破り捨ててくれ」
持っている人たちは破ろうとして出来ない、大事だし出来ない、消せるかなと?を浮かべた。
「延命治療で社会復帰するならそれで宜しい。さらに宜しいのは死を目の前に見せてもらうことだ。3時間か3日か3月か知らぬ。時間を授けられる、それが最も重要だ」
皆が聞く耳になっている。私の最後の講義だから当然だが。
「怖くはない、つい先ほど死んだ命だ。付録のような命だ。それは新しい命と思うかもしれない。僅かな時間しか与えられていないとはいえ、新鮮な命、皆驚き感激するだろう」
「それは生と死が混然一体となった命だ。死を忘れのほほんと生きた命とは違う。死に向かって歩く命だと思うなかれ。混然一体の命から生がふっと現れ消える。心配は要らぬ、生が死を見ている。もちろん死も生を見ている。生がふいに現れる、今現れたように。混然とゆらゆらと付録の命を楽しもう」
「思考は感情になってとろとろまどろむかもしれぬ。清明に命と対面するかもしれぬ。だが一つ言っておこう。そこには後悔はないということだ。生と死が一体に在るのだから後悔の入る余地はない。なぜならもう死んでいるとも言えるからだ。だが暖かな生がある、暖かさを皆実感するであろう。感情は暖かい海に浸っているのだ。深海の暗い海に沈むのを死と思うのも宜しい。水蒸気になって太陽に向かい立ち昇るのが死と思うのも宜しい。月の光に照らされ青の精になるのが死と思うのも宜しい。浮き浮きと恍惚に我を忘れるのを死と思うのも宜しい」
「死は無数の最後を見せてくれるであろう。それは望みかも知れぬ、発見かも知れぬ。いずれにしても新鮮さに心打たれるであろう」
そりゃ皆、初めての経験だろうから当然だな、と付け加えて僅かな笑いを貰った。
「死と向き合った命は皆を至高の教えに導いてくれる。そうだったのかと皆納得する。もう一度言う。そこには後悔は無いのだ。至高の思考に居るのだから当然と言える。人生の、あの時、なぜそうしたのか、納得できる。この中に人殺しが居るなら、なぜ殺したのか理解させてくれる。或いは僅かなすれ違いが大きな影響を及ぼしたと知る。秋におや富士山だと雪化粧をした姿に突然出会う。遠くの山並みが白く輝いているのに突然気付く。そんな風に人生の走馬灯が意味に輝く。それは新鮮で皆涙するであろう。意味を見つけた感動でもある。後悔していた決断が背後の意味に浮き出てその過程を見せてくれる。間違いではなかったと初めて知る」
「心優しき皆は人様に迷惑を掛けず一人死にたいと思っている」
スクリーンに病室が映された。老人が立ち意地悪の限りを尽くしてやると敵意をむき出し手に便を持ち辺りかまわず投げつけ擦り付けている。看護師・介護士だれも近づけない。ただ暗澹と後片付けをしている自分を思いこんな仕事いつまでも続けられないと薄く思っている。
「これが便いじりというものだ。誰もこんな自分を想像出来ない。想像できないままこうなる。続けば精神病棟で拘束されるだろう。こうはなりたくないと誰しもが思う。しかし叶わない。人が自決死を望む所以だ」
「認知症薬があと5年で開発される、となればこの便いじりも生かせて貰えるだろう。さて薬が便いじりに投与される。徐々に正常さを取り戻す脳細胞。遂に清明になる。誰も便いじりを告げないであろう。だが認知症の間どうであったか気になって調べることにした。そして便いじりをする自分を見つける。さてどんな反応をするだろう。絶望するだろうか、怒り猛って周囲を攻撃するか。思考をやめて認知症に戻るだろうか。だが心配には及ばないかもしれない。壊れた自分を過去に持つ人は多い。皆何とかやっている。便いじりも大人しく生きるであろう。自決死は深く根付くだろう」
聴衆を見回す哲学者。
「だが、自分を振り返ることが出来るほど脳細胞が元に戻るとは考えられない。自分が分からぬまま生きていくのだろう。ならば人生の落とし前・決着はその前になされなければならない」
「幸いなことに、苦痛に阿鼻叫喚地獄を見せれば日本でも安楽死させてもらえるだろう。尊厳死の名のもとに死なせてもらえる。それを得るスコアーが10点だとすると、それこそ阿鼻叫喚の地獄であろう。一度ならず、何度も繰り返えし、不可逆を示さなければならない。だからその道も楽ではない」
「ならばガン死は望ましい死に方ではないか。認知症の心配は無いし、そのほかでも迷惑になる前に死ねる。初期の衝撃が治まれば案外ガン死を受け入れるようだ。ガンに連れて行って貰うのはやや残念であろう。ガン死より1時間でも早く眠ることは出来ないか? これが最後の眠りかと思えば越し方が走馬灯のように浮かぶであろう。やがて死が見えるかも知れぬ。もし看取る人が居るならば荘厳さに打たれるであろう。チラと見れば大いなる満足と安らぎが得られるであろう。儀式は自ら執り行わなければならぬ」
「当然ながら、なぜ人に指図されてベッドに縛り付けられなければならないのか、と疑問がわく。自分の命じゃないか、好きにさせろというわけだ。心優しい人で言うことを聞いていれば相手が喜んでくれる、と無我の無私の境地の実際は無思考であればとろとろと人生が送れるかも知れぬ。だが大半の人は諦めと怒りのるつぼでこねくり回される。どうにもならなければやがて諦める」
「周りに迷惑かけたくないのなら、最上の方法を教授しよう。棺桶に入ってドライアイスで死ぬのがよろしい。腐らないし臭わない。他人を誘うほどには拡散しないだろう。棺桶には直葬しろと代金を置いておけばなお宜しい。用意万端整って焼却窯の前で皆を迎えよう。大いに感服されるであろう。死ぬな死ぬなと言ってくれるなほととぎす、とでも辞世の句を書いておけばみな認めてくれるであろう。金のネコババを恐れるなら手に持つか足に挟めば大丈夫だろう。死に際し盗人を作るのは本意ではないだろうからな」
ややざわついている。良い考えと了解しているようだ。そのまま実行する人もいれば、もっと策を弄する人もいるだろう。今日、私の最後の講義を聞きに来たからには阿保らしいと思う類の人種は居ないはずだ。みな真剣に求めている。みな前向きだ。死に前向きになることは変わったことではない。皆の当然の思考だ。それが無い人間は黒い白鳥の出現まで我が世を謳歌すればよろしい。
「今ここに三千人が居る。今ここで死んでも良いと思う人はどの位いるか。明日死のうかという人はどの位いるか。一人か十人か百人か。何人かは分からぬが少人数でもいるだろう」
挙手を求めたが、しーんと霞がかって上がった手は見えない。
「言葉で、春に死のう、秋、白菊の元に眠ろう、と語れば多くがその気になるであろう。ここに集い来たあなた方は死を胸に抱いている。優しい死があれば躊躇わないであろう。あなた方はすでに覚悟のできた人たちだ。だが今は自然に任せている、ただその時を待っている。その心は明鏡止水の如く美しい。過去は水の底で静かだ。何物もあなたの心をざわつかせない。あなたの耳には常に美しい調べが鳴っている。旋律に浮かび漂う心は酔いしれている。覚束ない足元も毛氈を歩くが如く軽やかだ。さてもう一度問おう。今ここで死んでも良いと思う人はどの位いるか」
ひそやかに手が上がる。促していて注目する風もなく話を続ける。
「冒頭でも言ったことを今ここで決断しようと思う。それは私の中で決まっていたことだろう。あなた方三千人に押されたからではない。迷惑を掛けずに死ぬことは出来る。しかしそれは哲学者の取る道ではない。哲学者の死を、身をもって示そうと思う。実践教室だ。最後の講義に相応しい」
「さて壇上変な位置に暗幕があるのを不思議に思った人はいるかな。今開けて進ぜよう」
人が歩み寄り、中央を二人ずつ手に持ちさっと勢いよく走る如くに左右に開いた。背もたれを上げたベッドが十ほど並んでいる。中央が大きく立派で左右に五つずつある。計十一台だ。人々はざわめいた。本気なのかこの哲学者は? 各人は衝撃を受け、周りを見ている。人の受け止めを確認し、自分を確認している。教授の世界に入っている人は少ないようだ。身構えている人、腰が引けた人が多い。ベッドから教授に視線を移し注目した。教授も観客を観察した。感激し打ち震えている人は少ないようだ。立ち上がって手を胸の組む人は居るのか? 衝撃が皆をなぎ倒すとの予想は外れた。案外冷静だな。壇上は所詮芝居に過ぎないか。みな落第だな。ま、芝居は始まったばかりだ。右から左、目一杯の距離をゆっくり歩いた。少なくとも時間を支配しているのは私だ。
「今まで紡いできた数百万の言葉は皆には遠い異世界の言語と言っていいだろう。私のその時々を表現してきたものだ。その中からなんらかの言葉が皆に響きこうして集っている。恐らく数百語、数十語かも知れぬ。非常に儚い繋がりと言ってよい。だが力を持って皆を引き寄せた。その捉え方は人それぞれで私の及ばざるところだが、私の哲学に少なからず賛同いただけたと思っている。さて哲学者の生きつくところはどこか? それは皆と変わらない。死だ。数十億の死があっても死が捕らえられないのは不思議だ。人類は営々と知を積み重ね、今の科学技術の発展を見れば、それは大したものだ。しかし死に関しては何も積みあがっていない。哲学は死を巧妙に避ける技術を競っているようだ。なぜだ。アキレスの如く永遠に死に届かない論ばかりだ。私の言葉は更新されてきた。それは皆も同じだろう。更新されない思考は無い。千年一日更新されない宗教を論じても意味はない。哲学者は皆病没してしまったと言って間違いではないだろう。尿毒症で死んだのでは如何なる思考も出来ない。要するに哲学者もみな何も分からず死んでしまった」
「私の探求してきたこと全てが死の一点に収束する。勉学は経験してから役に立つという、全てが一点に収束したそのとき勉学が役に立ったのならまあ満足して逝けるのではないか。勉学の全てが役立ったその時を経験したいものだ。一生が無駄でないと分かるだろう。その到達点とはどんなものかぜひ知りたい。それはなんだ。生の意味か、死の意味か。ともかく圧倒的な真理であらねばならぬ。或いは単に死の文字が浮かんでいるだけかも知れぬ。喜びか落胆か。落胆ならそれは恐らく死に到達していないのだろう。ぱっと晴れることを願いたい」
「さて、皆の注目の的、ベッドはなにか? その役割通り眠りにつく場だ。私の最後の実践の場だ」
恐れが強いようだ。距離が出来てしまっている。ここに集った初心に戻ってもらわなければならない。余り衝撃を与えないようにしたほうが良さそうだ。
「私はここで眠ってしまうだけだ。それだけだ、棺桶では無いしドライアイスもない。眠って眠り呆けたら皆も付き合いきれないだろうから適当な時間で切り上げれば宜しい。もっとも直ぐ眠れるわけも無いからアンプルを用意した、これを飲んで眠る」
アンプルを取り出し皆に見せた。さらに取り出しベッドに一個ずつ置いていった。聴衆はアンプルは誰が使うか緊張した。
「この中に好き物がいるなら勝手に飲めばいい。ただアンプルの中身は分からない。そんなもの飲める人は居ないだろう。ただ飲むのなら私と同時に飲んで欲しい」
「説明しよう。これを飲めば死ぬことが出来る。安心せよ、すぐ死ぬことは無い、死を見つめる時間が十分にあるように絶妙に配合されている。金縛りにあったように感じるかも知れない。が意識は清明・明朗だ。
確実に死が約束されたものではない。100%死ぬような猛毒ではない。単に眠りに誘うだけだ。ただ深く眠りに落ちてしまえば還らない。その前にいつでも中止できるし即座に救命の処置がとられる」
壇上袖から白衣の男女が出て頭を下げた。
「ベッドに入ると脳波、心電図、脈、呼吸、眼球運動などが記録され表示される。スクリーン一杯に表示されるから後ろの席でも良く見えるだろう。とりわけ脳はヘッドギアで詳細に観測される。鼓動は室内に響く。脇の下に収音器を付けた、ステレオだ。心筋の厚さ胸腔の大きさも人それぞれだから鼓動も個性があるのかな。シルバーバックの心音なら人を安心させるだろう。果たして私はどうだろう。気味悪くても流れ続ける」
「さて、チャンスを提供しよう。これからここで起こることは分からない。話したことが起こるか、分からない。去る者去れ。講堂は閉鎖される」
様子を見ても動く人は居ない。
「天井からガスが出るかも知れない。これから何が起きるか分からない。この機会を逃せば地獄を覗くかもしれない」
一人二人浮足立って背を丸め出口に向かった。同調する人増えていく。ガヤガヤした時の後、七割がたの人が残った。
「多くの目撃者が残って感謝する。では次の段階に進もう。ベッドは十台ある。希望者には与えられる。申し述べたようにアンプルを飲んだ後のことは分からない。死ぬことを望んでもそうなるか不定だ。各自の意思と望みがあっても十一個の標本数を埋めるだけだ。私一例では意味をなさないかも知れぬからだ。決断には時間が居るだろうが、長くは待てないから10分に限ろう。短いから一人も現れぬ可能性が高い。では時間をスタートさせよう。幸いスクリーンがあるからカウントダウンを表示させよう」
スクリーンに10:00が表示され、哲学者の合図で時が始まった。9に変わる。数字が減っていく。8分、7分。動きはない。5分、4分。静寂が深まる。2分、1分。希望者0で終わるのか。30秒、29,28,…10,9。一人が勢いよく立ち上がって壇上に急いだ。後に続く人がいる。0になっても壇上を目指す人がいる。壇上の人は十人以上だ。先着順なのかな、人達は大して考えなかった。五人は降りなければならない。その時袖からベッドが運ばれてきた。五台。人々はその用意にゾワーとした。用意されているなんて思いもしない。ベッドは十六に増えた。会場の雰囲気が伝播したのか一人が逃げ帰った。さらに一人。みな居なくなってしまうと会場が思ったが、哲学者は、
「みなさんの勇気の感謝する」
と壇上の十三人に話しかけた。
「それではみなさんベッドに付いてください」
と翻意はさせぬ意図なのか、促した。さらにアンプルを三人のベッドに置いた。十三プラス一,一四は不吉な数なのか、意思、縊死、ひと死。
「私もベッドに入ろう」
十四人がベッドに付くと三組の男女の白衣が現れ、検査機器を付けて行き各自の状態をスクリーンに表示し確認していく。針を留置し最初の採血が行われた。留置針は痛いですな。針を刺す際表面麻酔がなされ配慮を感じさせた。
「皆さん用意は宜しいか。死の旅に出かけましょう」
声を朗々と響かせた。
「最初のアンプルは私が飲みましょう、みなさんは続いてもやめても構わない」
アンプルを折って会場に示し、グイと口に放り込み、ごくりと飲み込んだ。十三人の心拍数が跳ね上がっている。哲学者の鼓動が会場に流れた。低く落ち着いているようだ。規則正しくメリハリ強く脈打っている。哲学者の鼓動に促されるように13人が続いた。暫くすると十三人の鼓動も落ち着いた。そんな薬なのかと会場は考えた。13人のバイタルは交互に大写しされた。十三人には壇上左から番号が付けられた。
11番80代男性「こうして死ねるなんて幸せだ。今のところ全く苦しくない。眠った先は死なのか。彼我は分からないだろうな。体は動かない、無いものとして扱った方が良いようだ。皆に感謝したい、昔の話だ、死に際し持ち出すことも無いだろう。まさに眠るようだな。誰か止める人は居るかな。居れば帰ろうか。いやいや、迷惑をかけるだけだ、このまま逝くのがいい。死ぬ前に少し考えよう。過去ではない、今をだ。今自分はどこに居るんだろう。死んでも良い高みに居るか。死に匹敵する高みに居るか。死を超越するほどの高みに居るか。自分のあらゆるものの到達点が死だ。ならば全ての出来事が死の一点に収束する。ならば今、到達点に立っている。ならば死は偉大なもので無ければならぬ。だから死は偉大なものだ。私は死に値する、即ち最高の高みに居る。高みに居ればふもとを見たくなる。どれどれ。1合目の裾野から道が続いている。長いな。越し方だ。クネクネと曲がった道をよく歩いたものだ。所々女や子供や友人がいる。若い頃って面白いな。上手く行かず詰まらないと思っていたが、わちゃわちゃやっていて面白いし、今思えば頼もしい。4号目、5号目と歩いている。感心だ。そっち行くと崖だな。まあ良いだろう、結局は昇ってくるのだし。若いころ道は急峻だと思っていたがまだなだらかなんだな。即ちあっちの道、こっちの道が選べる。歳とると、8号目9合目になると、道を選ぶのは困難だ だから登頂するのみだ。下から見る10号目は高いだろうが不安は要らない。」
2番中2女性「姉の身分証で潜り込んだ。死ねば家族に問い合わせが行くだろう。私にも来るかな。なんて返事しよう。それ私だよって言うだろうな。姉が残って喜ぶかな。それはもうよそう。関係ない、今となっては関係持とうとしても無理だし。過去にはちょっと涙してお別れだ。クラスは私の席どうするかな? TVなんかだと修了式まで残してくれてたけど、終業式だったかな? でもドラマだから飾っているだろうから、きっと直ぐ片付けられちゃうだろうな、配慮ってやつだよ。席がいつまで残っているなんて後味悪いし気持ち悪いから望むところだ。これはクラスと私、双方って意味だよ。体が全く動かない。金縛りだ。初めての金縛りは怖くて恐ろしかったけど、いつしか友達だった。変かな。慣れれば幽体離脱みたいで、誰も幽体離脱した私を追って来れないし自由に飛翔できる。飛翔はレベル高いけどね。でもこれじゃいつもと同じだ。3000人を見て回ろうかな。同じ気持ちでここに来た人たちだろうけど何してるの? ドキドキしてるの? ハラハラしてるの? バカみたい。なんか毒みたいなもの吐けないかな。ハーとすればみんな死んじゃうって。お爺さんがガスが出るって言ったけど本当に出ればいいな。見せてくれるのかな。お爺さんも見れなきゃ意味無いしきっと見せてくれる。3000人が天に昇って行くって凄いだろうな。きっと綺麗だよ。色付いているのかな、白だけかな。でも先には行かせない。凄いスピードで追い抜いてやる。イチバーアーン。
あっ ミーちゃん!」
12番20代男性「みんなで死ぬは良い。みんなそれぞれだろうけど、一緒だと安心だ。あれ! 安心! 安心だって! 安心こそが望みだったのか。違う! 安心なんかじゃない。不安とか不眠ではあったが鬱なんかじゃない。俺は攻撃されてきたんだ。見えないものに。それは何かって? 気配だよ、人間が発する気配だ。それはあらゆる方向から襲ってくる。時と場所に関係なく。イヌや石さえも気配を持って襲ってくる。全方位ハリネズミだったらと思うよ。強固にそう考えても出来ない。気配はそんな防御いとも易々とすり抜けてくる。なんと俺自身も俺を攻撃してくる。常にイライラして全身のハリを一斉に発射して防がなければならない。攻撃が一番の防御ってのは本当だ。だが攻撃手段は何かと思う? 物理的にはなにもない。気配だよ、気配で攻撃する。周りは気付くみたいだ、近寄らなくなる。だが奴らの攻撃に距離は関係ない。夜、どこかで眠っているのに襲ってくる。対して俺の攻撃は全く届いていない。無力だ。無力に苛まれて絶望する。こんなにチッポケでどうするんだ。大きくなろうと努力した。だがチッポケにしたのは俺自身だ。そんなことは分かっている。だがそれを奴らは知っているから俺に狙いを定めた。俺は長い間じっとしていた。だがお前らは襲ってきた。俺に非が無いのは明らかだ。だがお前らもじっと俺を見ている。巧妙だ。自分らは盤石の岩盤に居てじわーと気配を送る。どうすることも出来ない。」
8番70前男性「一瞬の躊躇でこんなことになった。あの哲学者は俺が降りるのは察したはずだ。巧妙に行く手に立った。その行動を見抜いた者は多いはずだ。えっ、そいつらは何を見ている。哲学者か俺か。取り残された俺を見ているのか。まさか、気の毒にと! 忌々しい、体が動かない、まさに金縛りだ。まさに人殺しだ。意思表示は出来る筈じゃなかったか。どうやって? 意識は有れど体が動かない、まさに拷問だ。行く先が死なら最大・最後の拷問だ。隣の哲学者は何をしている。みなを観察しているのか。そうでなければこんな事をした意味が無い。いや奴も眠っている。この鼓動は奴のものだ。俺のは跳ねまわっている。少し情けない。いや、ならば誰か異常に気付け。おかしい、中断しようと考えろ。そう云う役割の人間はいないのか。他の人は? 分からない。何も聞こえない、さっきのは気のせいか。何か見えているように思うがなんだ。意識世界か。いや言葉だけだ、思考している言葉だけだ。なにか有るように見えて何もない。意味ある言葉が無くなれば死か? もう体は死んでいるのか。言葉だけが生きている証左か。言葉がぼやければ死がそこにあるということか。言葉を考えなければならない。一大事だぞこれは。朝起きる眠りとは違う。なんだ、金! 仕事! こども? たぶんちがう。何だ、何だ、考えろ。俺? 俺か。おれ、オレ、俺、オレ、オレ、オレ、オレ、俺が消えれば死ぬのか。そんな瞬間立ち会った人間はいない。オレ、オレ、…」
5番20代女性「苦しくて苦しくて生きてきたのに人はみんな敵だったのに一緒に死ねるなんて可笑しい。仲間が出来るなんて思いもしなかった。ベッドに横たわって死を待つ人達だけど仲間以上に一体に感じるし、安らいでむしろ嬉しい。害のない人たちだからかな。声を掛けられることは無いし襲ってくることも無いし、反対に受け入れてくれている。だから安心だ。3000人の前に立つなんて、寝てるけど、考えられない、もうとっくに気絶しているはずだけど、全く動かない絵みたいだから椅子に描かれているプリキュアだね。こんなに余裕のある時間なんてなかった。これは全然自殺じゃない、どんな自殺だって怖くて痛そうで恐ろしい、だから自殺じゃないけど、じゃなんだろう。そうだ、集団催眠だ。でも催眠術にかかるなんてどんなことを口走るか分からないし恐ろしくて絶対拒否してきたのに、まして集団催眠なんてあり得ない。なんか無意味なことを考えている? 意味無いし消えて! 安心してとろとろして良い気分だ。目のない世界だ。気分だけかな。眠る前にこんないい気持になることがあるけど、眠るのがもったいなくて我慢して、いつの間にか寝ちゃってる。でも眠くならない、ずっと良い気分でいられるみたい。ずっと続くのかな。それは無いだろうから、いつか無くなる、でも無くなるのではなくて混然遺体、じゃない、混然一体になって私が無くなって良い世界だけになって、うすーく広がってやがて色も溶け込んで受け入れられる。」
6番70代女性「今まで3941人を看取った。若いころは毎日死んだし、小さな病院に移って看取ることは少なくなったけど密度は上がった。3000人近くの人に看取られて死ぬなんて思いもしなかったけど嬉しい。憎い患者は一杯いたけど死ねばちゃんと看取った。そのお返しかな。看取りのマリアはどれ程いるだろう。一杯いるだろうな。その人たちを看取ることは出来ないから今ここで看取っておくよ。独身を通して孤独死する人が多いだろうから。でもそんなナースなら流石に病院が面倒見てくれると思うけど危ない。3941人看取っても分からなかったことが分かるかな。それを知ることは義務のように思うけど、向き合ったり逃げたりしても叶わなかったけど許して貰おうかな。こんな場所があってナースに迷惑かけないで済むのはほんのちょっと安堵だよ。病院どっぷりの人生だったけど、大部違った場所で死ねるのは戸惑うけど最後の実験場だ。マリアが与えてくれたのかな。3000人が看取っている。目が一杯だ。真剣で優しい目だ。引き込まれそう。私もこんな目をしたかな。出来なかったように思う。戦場だったからしょうがないよ、と言ってくれるかな。慰めをもらうなんて逆だね。時間は短くてもちゃんと看取った。それはどんな人でも荘厳だから、自然と打たれていたに過ぎないかも知れないけどちゃんと向き合った。でもいいよ、目が有るだけで嬉しい。わかったよ、気持ちがあるんだね。境い目がなくなっていく。そうか、看取られるって幸せなんだ。看取りのマリア様、今その足元の屍の仲間になります。」
9番50代男性「他人の脳みそとやり取りしたことがほぼ無い。一人で過ごしてきたからだが、案外人間でいられるようだ。引き籠りとは違う。ちゃんと社会人として生活してきた。人付き合いが少ないのはサラリーマン生活が短かったからで、ITをやり始めてこつこつキーボードに話す仕事だからだ。ソフトとは頻繁に会話するから、全て間違いを指摘されるのだが、頭は会話に慣れている。だから社会的に欠格人間というわけでは無い。ただ無口くらいが相手の信頼を得られる仕事だ。唯我独尊になるかと言えば、完璧なシステムを造れないから、謙虚でもある。他の脳みそと話さないから、謙虚とか受容とか見做されるらしい。探るのも面倒だから受け入れるほうを選択するからだ。システム作りは行きつ戻りつだが、わが性格はどうだろう。思考の面でだが。極端に走っても諫める人は居ない。自分で戻りつしなければならない。戻らないことが僅かに多く、チリが積もったら、自覚できるだろうか。金魚が長生きなのには閉口したが、水槽に1匹で落ち着きなく動き回って、自分に絶対に重ねられない存在だが、時に自分を投影してしまう。生存装置が簡単すぎる。失われるのも簡単だが案外強固だ。しぶといと言ってよい。私は比較にならないくらいしぶといはずだ、なぜなら人だから。だが案外弱いかも知れない。他の脳みそを知らないから極端が分からない。自分は正常だと他の脳みそを見て想うから極端の崖に居るとは思わない。この哲学者の脳みそもそんなものかと思う。だが興味深い。」
3番30代男性「いよいよ俺の最終形態か。38歳で最終形態とするのは早い気もする。しかし記憶が積み重なって形態を変えただけでは処理できなくなった。恐ろしさから逃げてきた人生かも知れない。克服すれば新たな敵が現れる。勝たねばならない。怖いからだ。いきがっていただけだ。隠すために。服従させて君臨する。その繰り返しの人生だった。言い訳すればY染色体が中学生を支配し、100万人の一人か二人が過大に反応し、そこからまた選抜されて俺が出来た。稀有かも知れないが安藤美姫の4回転ジャンプとは違う。それは理解している。はぐれ者だ。日本人だから人対人勝負だ。怖気づかせる胆力勝負だ。拳銃が支配する社会ではさすがに逃げ回らなくてはならない。まあむしろ生易しい。顔は死刑執行人の入れ墨で埋まった。一発入れて胆力を示せば勝ちだ。顔に彫ったカモフラージュの皮膚を剥がそう。皆驚くだろう。半分くらいは知っているかな。ざわつきは控えめだ。拍子抜けだがこんな場所では致し方ない。最終形態、何物にも侵されない顔になる、のを観察せよ! どうなるだろう? 弱っちい顔だな、と思われるかな。一発喰らってリングで伸びちまえば良かったな。後何回戦えばそうなるか。それほどではないだろう。案外次戦かも知れない。それを見せないで逝くのは痛快だ。残った奴らは永遠に消化不良だろう。下痢を繰り返せ。そのたびに俺は神格化する。まあ、あの世で本当の顔を見せてやるよ。先で待つ優位性は絶対だ。悔しいだろうな、涙を舐めてやるよ。」
1番90代男性「ほぼ天寿みたいな齢で自死は意味あるかな。遅ればせながら意味をつけるために自死する。生まれ変わるとしたら何かな。人以外を想定するのは意味が無い。引き継がれる記憶はなんだろう。最大級の事柄ならば自死かな。自死を引き継いだ人生は楽しくなさそうだな。どうせまた死ねば良いんだなんて人生は最悪だ。死以外の最大級の事はなにか。産まれることか。誕生の記憶を引き継ぐ、あるなら面白い。自死のその時誕生の記憶がよみがえるかも知れない。ならば引き継がれるのはあり得る。前世の誕生の記憶は楽しいものだろう。新しい世界に突然放り出されて光を見て世界を見て生きている自分を見る。浮き浮きしてしまうだろう。メメントモリじゃなく、誕生のぱっと輝いた記憶とともに人生を送る。悪くない。苦しくてもがいている時、誕生の圧倒的肯定感に襲われれば全ての負の感情は飲み込まれ消えてしまう。神秘体験をした人は似たような気持ちだそうだ。ただスケールでは及ぶべくもない。たちまちに人生をリセットするようなものだ。一度きりの人生なんてちっぽけな考えは霧散するだろう。勇気凛々、桃源降臨だ。してみると誕生の記憶が無いのは重大な欠陥だ。何処かの砂風呂に入ってメタバースとやらで疑似体験は出来ないものかな。だが所詮疑似に過ぎない。死も誕生も分からない、人生の99%に相当する部分が欠落しているなんて人も命も欠陥品だ。90年の最後の思考としては身も蓋もない感じだ。吾がこの機会に両方を体験してやろう。人類で最高の極みに違いない。」
4番80代女「考えちゃう歳だよ、90代の人を見るにつけその仲間に入るのは躊躇われる。男は89歳を超えられず大抵死んでしまう。そこは天晴だね。うちのお爺さんは80半ばで亡くなった。10年独り身だからそれも十分だね。全部準備は出来ているから後はお迎えを待つだけだけど、お迎えを探して歩き回ったりもした。足腰が元気になっただけだったのはお笑いだね。でもそんな風に歩き回るのは随分みっともなかっただろう、ようやく気付いた。そんな折りこんな集まりに当たり入ってしまった。初めの話はさすが哲学者様だと感心して聞き惚れていたけど、だんだんあれあれってなって、これかなって思って慌てて壇上に上がってしまった。アンプルは甘かった。こんなで死ねるのと、ちょっと拍子抜けだった。でも言っていた通り体は動かなくなったから死ねるだろうと思う。子供たちにオカルトと思われるかな。大丈夫だ、お金は1円も出していない。でも亡骸はどうするんだろう。子供たちの所に送るのかな。火葬までしてくれると嬉しいけど聞いていなかった。万端整っているだろう。さて死ぬまで幾らもないだろうね。なにを考えようかな。お爺さんに会えるのかな。彼岸ってどんなとこだろう。日本人は余り地獄に落ちるだろうとは考えないから、その心配はないね。だから良い世界だけ思い浮かべればいい。彼岸の勉強はしなかったから都合よく考えよう。でも考えながら死ぬならきっと死の世界もおんなじだ。」
10番40代女「団欒の中で子供たちの明るい笑顔と弾む会話のなかで、アレ、ママどうしたの? しっ、寝かせておこうとひっそりな愛する人の声を聴き、幸せな空気に漂うように死にたい。でも一人で死ぬだろうな。マンションの猫でさえ隠れて死ぬ。ベランダでクローゼットで一人であーとため息して死んでも家族の暖かい空気が見送っている。家での死はそれは誰でも望むこと。野外の死を選ばない私は幸せだ。人気の俳優が死んだ。凄く美化されてファンも暖かい涙を流した。攻撃されるかと不安だったけどそのあと続いた人たちも受け入れられている。でも連鎖は私で最後なら良いな。私がこの家になって皆を見れて、家族も私を感じてくれる。昔はみんな家で死んだ。その部屋は不都合なく使い続けられる。即ち家の一部だ。家は死の重なりだ。みんな分かっている。自然と受け入れている。私もそうなる。お母さんどこ? その辺に隠れているよ。子供たちはそう思ってくれる。それは分かる。だって私の子供だから。変装メイクで潜り込んで壇上まで上がってしまった。アンプルを飲んだ。でも死なないだろうと思う。哲学者は分からないと言った。私はきっと目を覚ます。ここじゃないからだ。家で死にたいから。みんなびっくりするだろうけど、甘えたのはすぐわかってくれるよね。しょうがないなあ、ゆっくりお休みって頭を撫ぜてくれるのが分かるよ。家族のなかで生きるだけだから、よしよししてくれるのがありあり分かるから幸せの旅立ちだよ。」
13番アラフォー女「私達3人は絶叫クラブを造った。吠えられる場所を探して集い思いきり叫ぶ。ロスジェネだから計算されていてその通りの老後から抜け出せない。年金は月10万以下が確定だ。今後60万円給料が貰えるなら平均位に戻るかも知れない。でもそれは無理だ。そんなこと望んでも笑われるだけだ。笑っちゃうくらい類は友を呼んで一緒になった。地方から出て来て東京に消費されて生活苦にあれよあれよとしているうち派遣デリバリに落ちた。A子は二十歳で一度落ちている、B子は30過ぎから始めた。私は数年前からだ。叫ぶ言葉はクッタレとか死んでしまえとかだから、そのまま言葉に出せないから一音ずらすとかしている。そんな言葉こだまで返って嬉しくないから海に行っている。3人の女性が叫んでいるのは結構可愛いかも知れない。A子は海に入ってしまった。B子は男に連れられて地方落ちだ。きっと酷い目に合っている。殺されてるかも。落ちた身だからしょうがない。そうなれば私の行く末も尻を押されている。死を見よう、死んで見よう、なんてふざけているしかないけど余興としては面白い。苦しまず死ねるならご褒美かな、と思って壇に登った。3000人いるのに静かだ。体は動かないけど落ち着いてあれこれ思考が飛び跳ねる。自由になんかからなんかに思いが次々跳ねて楽しい。1年ごとに遡って見た。ただ滑稽なだけで笑っちゃう。あれ! 私に気付いたようだ。なんでよー、ずるい、と頬を膨らませている。」
14番40代男「 “そう言うのは面白くない” 世の中に流行った。俺のネタだ。小学生までもが真似をする。最初のパクリネタ“そんなのかんけーない、ちん小杉ー“より余程上等だ。小菅とか小梅とか祭りになったが売れれば関係ない。こさんとか小峠とかこが付けばなんでもいいから低劣と反撃を受けることになったが関係ない。よくない、とは言わず面白くない、が肝要だ。距離をとって直截な意見は言わずニヒルに自分を失わず全体を持ち上げ落とす。外野からチッチッチと指を振る感じを持たせるのがよい。或る程度意見が煮詰まった時おもむろに判定を覆すのは結構快感だ。みなさんちょっと考えが浅いよ、的な風を吹かせる。論理的でないことも多い。土俵の深みが違うんだよ的なニュアンスを持たせる。
こんな気取った性格のせいで死を選ぶ羽目になるとは思ってもいなかった。社会の意見の或る一方を受け持った感じになった。不倫や高圧な代議士や寿司屋の悪戯とかの側にたってそこまでやる必要はないと社会を諭せば1万倍の反撃を受ける。お前ら正義面のクソだなとバカにする。何の意味もない行動だが、徐々に私の全てを掛けた。1億から攻撃されたら皆逃げる。前面に立ってやり返した。あらゆる人格的な攻撃を受ける。絶対に負けないとそれだけを拠り所にした。精神が蝕まれない人間はいないだろう。奴らは私の精神の崩壊を揶揄し始めた。もう少しだ、今一息だ。先が見えたのか興奮し・沸騰した。そんなにお望みなら… ネットと喧嘩すれば誰でも死ねる。」
潜り込んだ猫「あの人が産まれる前に引き取られて14歳になった。ずっと一緒だった。生まれてからずっと何かと一緒に暮らせる猫も動物も余りいない。僕はずっと美穂ちゃんと一緒だった。目覚めは違うけど布団に入るのは同じだった。僕は肩乗り猫だったし懐猫だったから壇上まで来てしまった。この子も連れて行きます、良い? と言われたからニャーと答えた。いつもと同じように懐でぬくぬくだ。羨ましいって顔が随分ある。一緒に連れて行くなんて可哀そうって顔も沢山ある。ネコだし、美穂ちゃんに付いていく。ネコでも死ねば嘆かれるからこんな機会に死ぬのは望み以上だよ。僕は本当に液体猫だったからダラーと抱かれてズリ―と引きずられて面倒だったかもしれないけど、お姉さんになっていく美穂ちゃんは頼もしかった。僕の方が年上なのに2歳の頃には美穂ちゃんがお姉さんだった。世話を焼いてくれて餌を食べろと五月蠅いのは閉口だったけどね。 あれ! 僕のほうが先に死んじゃうのかな、見守ってやろうと思ってたのに。でも良いか、あんまり違わない。すぐ先の世界で一緒になれるよ。飛び跳ねて遊び回ってずっと続く世界だ。30秒も遊ぶと疲れちゃって美穂ちゃんは物足りなかったと思うけど、たぶん疲れ知らずで遊べる。あれ! 先の事しか浮かばないのは可笑しいかな。脇の下で暖かだからしょうがないよ。たぶん眠いせいだよ。」
鼓動とモニターだけの世界は静寂に包まれ、不気味さを育てる。5分、10分、15分。耐えられず逃れる人が多い。きっと耐えられない人生を歩む人たちだ。何事も成せない人生だろう。鼓動が消えてモニターが直線になるのだろうか? 皆が考えている。頼りなく弱々しくなって、命は線に消える。
哲学者と云う統率者は居ない。在るのは壇上の14個のベッド。命の消えゆく時間が流れている。聞こえる鼓動は自身とシンクロし命が消えてゆくさまが伝わる。
「私は死をつかさどる神、死神だ。最後に問う。死ぬが、構わないか?」
「ようやく出て来てくれた。死神が居なければ死が分からない」
「私が居なければ死を認識できないと? そんなバカはお前が始めてだ」
「死神はずっと私を見ていたのか」
「私は繭としてずっとお前の胸の内に在ったのだ」
「繭なんて気付かない」
「そうだ気付く必要はない、時が来れば孵る」
「その時に教えてくれるのか」
「哲学者よ、お前の意識は死神なのだ」
「意識は死神だというのか」
「哲学者の道を歩んだのだからな」
「それは幸せなのか」
「苦労の道はやがて幸せになる」
「今は、苦労でも幸せでもない」
「なるほど、未だ足りぬのか」
哲学者の鼓動が乱れた。聴衆は腰を浮かせた。身を乗り出して注目した。顔の筋肉が動いている。話すのだろうか、最後の言葉は? 口に視線が集まる。頬が引きつっている。唇が動き僅かに開いた。ふーと弱く息を吐いた。言葉は? 全員が緊張した。どんな言葉があるだろう? 死が見えたのか? 伝えてくれるのか? 導きの言葉だろうか? 張り詰めた講堂は砂時計の中にあって砂は落ちる。静かに流れ落ちる音は聞こえない。砂粒になった聴衆は流れ落ちる。気付かずに時間が経った。哲学者は口を開けたまま呼吸を終えた。鼓動が消え、脳波が消えた。なお聴衆は流れ落ちる。時間を刻んでいるのに時は止まったままだ。やがて自身を取り戻した。死んでしまった。それだけだ。期待したことは何も起こらなかった。放心して腰を下ろし体から力が抜けた。哲学者を最初に次ぎ次ぎと死んでいった。それらの死に聴衆は興味を示さなかった。席を立つ人が現れた。何割かの空席が出来た。14人は死んでしまった。聴衆はその意味を考え始めた。大して苦しむ人は居なかった。みな眠るようだと言って良い。本当に死んだのか? モニターの表示を知らない人にも死は分かった。やはり死んでいるのだろう。生と死の間に何があったのか。振り返ってもなんのサインもない。移行したその時は不明だ。それは14人が間を置かず次々死んでしまったからかも知れない。一つを見て次を見る時間は無かった。整理する間もなく死が立て続けに起こった。気付いた時には皆死んでしまった、と思うほか無かった。
死の後、7分が経過したころ、エー、エー! 14人の脳波が動き始めた。エー、エー! どういうこと? 生きている? 生き返った? 袖に居た白衣が現れ、脳波を見ている。また消えるの? 見てるだけ? 何もしない? 白衣は留置針を使って何かを投与し始めた。手際よく13人に処置を終えた。なに? 蘇生処置?
ポコポコと13個の頭が動き出した。起き上がる頭。目覚めのような純な顔。良い朝を迎えたような顔。多くの目に気付き、ベッドの自分に気付き、気恥ずかしそうな風情。直ぐ動き出すには時間が掛かりそうだ。やがて死のうとしたことを思い出したのか、ネズミのようなドロボウのような情けない動きで壇上を逃げ出し聴衆の中に消えてしまった。壇上を逃げるその様は情けなく、今まで一身に注目を集めていた様と落差が有り過ぎ、人々は大いに疑念を持った。
なんだこれは! 茶番か! インチキだ。眠っただけでモニターはニセだった! 或いは仮死状態にしただけで死んではいない? 臨死で生き返ったとしても14人全員はあり得ない。よくできた見世物だったのか。
哲学者は一人ベッドに残っている。
「おや、目が動く! まぶたは開けられるのか。おお、大講堂だ。では成功か」
「皆さん生還しました」
白衣が処置しながら耳打ちした。
「で、死夢は撮れたか」
「はい。後はインタビューすれば完成です」
「どうだった? 皆泣き喚いたか」
「そんな人は居ませんでしたよ」
「そうなのか。では…」
「では、なんですか。。先生はどうでした?」
「大丈夫じゃ、わしも見た」
「どんなですか」
「死神じゃ」
「死神ですかあ」
「何だその顔は。死神と話したんだぞ」
「そうですか。なんか嘘っぽい」
哲学者はむっとしたが、
「皆さんの死は先にある。今死んでも心臓はその時でないと、再び与えられた時を刻み先の死を目指す」
締めの言葉を朗々と発し閉じた。
「先生、不親切ですよ」
そうかな、では、
「登壇して頂いた十三名の皆さま。感謝する。あなた方は既に新しい生に居る。再び与えられた生を歩んでいる。腕を体を見て欲しい。全ての細胞が新しい命に輝いている。もちろん細胞は見えないが、そう感じて欲しい。全ての苦労が過去の生の中に捨てられた。安心して苦労を笑って欲しい。直ぐに経済的環境が変わるわけでは無いが、人は一日三千円も稼げば生きていける。内訳は省くがここをあまり苦労のない最低とすれば経済的には嗤うことが出来る。全ては先の死の為にのんびり過ごせば良い。あなた方は死の高みを通過した。苦労を感じることのない体に生まれ変わっている」
十三人はポカンとしているが素直に受け入れている。言葉がじわーと浸み込んでいるようだ。
「猫は死にました」
「そうか。それは気の毒であった。それで死夢は」
「撮れましたが猫ですよ。不思議ちゃんです」
「まあ良い。ともあれ新しい」




