9 ツインテ少女・襲来
店内の時が止まったかのように、皆が動きを止めた。
私も食器棚に皿を重ねていた手を止め、その向かい側でカウンターを拭いていた桜庭も、手を止めている。常連客の皆さんも、動きが止まる。
紅いリボンを両側に結った少女は、店の中央まで来るとピタリと足を止めた。
「ラバラバ姉妹ってぇ~、もしかして私たちのことですかぁ?」
「ちょっと!」
桜庭が呑気に、そして正直に対応しやがった!
馬鹿なのか! ここは、コソコソと身を隠すのが定石だろ!
明らかにヤバそうな雰囲気を纏ってる相手に、何言ってんだ!
「えぇ~! でもぉ~ラバラバって~、多々良葉さんのことですしぃ、姉妹って言ったので、私も含まれる? みたいな~?」
「私をラバラバにするな!」
そんな会話が聞こえていたのか、ツインテ少女は止めてた足をこちらに向けて、近づいて来た。
「あなたたちが、ラバラバね?」
「あっ! ラバラバは姉のタタラバ・サクラバで、私はキーラ・サクラバでぇ~す」
ちょっと! だからなんで馬鹿正直に答えてるのよ!
しかも勝手に、サクラバ姓にしないでよ!
ツインテ少女は、桜庭の方へ人差し指をピッと向けながら言った。
「あなたたち! テオノール様に近づかないで頂戴! いい? わかったわね!?」
え?
……誰。
テオノール? 初耳にもほどがある。
「え~? 誰か知りませんけどぉ~。でも、人付き合いって自由じゃないんですかぁ?」
桜庭! なぜ煽るスタイルで対応してるの!
「なんですって!? 弁えろと言ってるの! あなたたちみたいな人が、テオノール様に近づくなんて、身の程を考えなさいよ!」
だから、テオノールとやらは誰だよ。
「身の程って、みんな同じ人間じゃないんですかぁ~?」
桜庭に言いかえされたツインテ少女は、肩を震わせてる。
そして、再び人差し指を、桜庭の顔にピシっと向けた。
「おだまりなさい! この女狸! テオノール様に擦り寄ろうって魂胆はバレバレなのよ!」
……女狐じゃないんだ……。
そんなツインテ少女襲来を、知ってか知らずか。厨房の奥から、湯気とともにルークさんが姿を見せた。器を片手に、棚へ向かっていつもの調子で並べていく。店内の空気は、何となく彼が出てきたことで落ち着いた。
「ルーク様ぁ~! ご無事でしたか?」
声が柔らかくなる。さっきまで怒鳴ってたくせに、これか。
桜庭仕様。間違いない。こいつは、あざとだ。
ルークさんは、ツインテ少女改め・あざと少女の声に振り向き言った。
「あー、クレアか。今日はどうした?」
彼女は一歩前へ出た。
スカートの裾をつまんで、眉を寄せながら言う。
「実は、町で妙なお話を聞きましたのよ。宿屋に、新しい女の従業員が二人も入ったって。しかもテオノール様の推薦とかで」
え? そんな話、知らないんだけど。
情報源どこなのよ。
「わぁ! 私たち、有名人なんですかぁ~?」
言いながら、桜庭が布巾片手に私の方へ近寄ってくる。
クレアの目がぎらりと光る。
「有名人? まぁ、ある意味そうかもしれませんわね。男性を誑かす性悪姉妹って。それに! テオノール様のお名前が出ていたからには、見過ごすわけにはいきませんの!」
ルークさんは器の蓋を整えながら、ふっと目線だけ動かして言った。
「あー、こいつらはそんなんじゃねぇし、性悪でもない。いいから今日は帰れ」
言い方はいつも通りのルークさん。
「んっまぁあぁ! ルーク様まで、誑かしてますの!?」
客のひとりがスプーンを持ったまま止まってた。
私も止まりそうだった。 誑かすって……。
一体どんな噂が流れてるのよ。
「そう言えばぁ~。負け女って~嫉妬に駆られがちってぇ、週刊奥様に書いてありましたぁ」
桜庭。まじで口を止めろ。
クレアと言う名前らしい、ツインテ・あざと少女が、声を裏返しながら振り返る。
「なっ……なっ……なんですって!? この女狸!」
駄目だ! このままでは、とんでもないことになるぞ!
思った瞬間、私は「はい!」と手を挙げていた。
クレアのこっちに向けた目が、丸くなる。
空気を整えようと、取り敢えず思いついたことを言ってみた。
「あの、お嬢さん……今の時間て、学校とかじゃないんですか?」
「学校……?」
ぽかんとするクレアに、私は言葉を続ける。
「はい。その年齢なら、学校に通ってる時間ですよね?」
そう言った後、なぜかルークさん含め、周りの空気が恐ろしいほどに静まった。
え? なんで。
そして、目の前のクレアの顔が真っ赤に染まってゆく。
「わっ……わ、わたくし、既に卒業しておりますわ! 馬鹿にしないで頂戴! もう成人してるわよ!!」
え!!
マジで!?
ツインテしてるからてっきり……!
「あっ……。スミマセン……」
あぁっ……。
人を見た目で判断しちゃいけないと、いつも思ってたのに!
こういう時の為に、あの言葉はあったのね。
なんて思ってしまう。
そんな私に、桜庭が囁く。
「火に油ってやつですねぇ(クスっ)」
「黙れ!」
元はと言えば、お前が燃料投下したようなもんだろ!
「あークレア、今日はいいから。な? 取り敢えず帰れ」
カウンターから出たルークさんは、クレアとやらの肩をポンポンと叩きながら、背中を押す。
押されているクレアも、顔は私たちのほうを見ながら
「覚えてらっしゃい!」
とかなんとか言い、扉をガタガタ鳴らして帰って行った。
覚えていろとは? 何を?
「騒がしい人でしたねぇ~」
そう言った、桜庭。
「お前が言うな!」
今ほど、この言葉がピタっと当てはまる事は、後にも先にきっと無いだろう。