7 買い物とAI脳とざまぁ
お給料の前金として、ルークさんが「1週間分な」と手渡してくれた袋には、小さな金貨が十数枚。いかにも『最初の資金』って感じの手触りがして、ちょっとだけ胸が躍った。
ということで。
「着替えを買いに行きましょう! お買い物~」
全力で乗り気な桜庭がはしゃいでいる。
まあ……確かに、替えの服すらないのは問題だ。
「じゃあ、最低限だけ揃えよう。下着と靴と、あとは着回せるシャツとスカート。あと……靴下、ってとこ?」
「私はワンピースがいいですぅ~。あ! あと化粧品とかあると思いますぅ~?」
「仕事用だよ?」
「可愛いければ問題なしですぅ」
問題しかないだろ。
町の通りは、朝市の余韻がまだ残っていた。干し草を運ぶ商人、香辛料を詰める袋音、行き交う人の声。
店をまわって必要なものを選ぶ。私は白の麻シャツ数枚と淡い青のスカートを、安くて丈夫な靴と一緒に購入。桜庭は……なぜかフリル多めのワンピースを抱えていたが、どこで着るつもりなんだ。
あとはアクセサリー店に行き、髪留めや、リボンなどを購入した。
買い物していてふと気付いたのは、ルークさん、多めに金貨を渡してくれたんじゃないのかな?って事。これは、バリバリに働いてお返しせねば! と、胸に誓う。
帰り道、小さな木造の店の前で足を止めた。
ガラス越しに本が並んでる。いわゆる本屋みたいなもの? なのか?
「ちょっとここに寄ってくから、先帰ってていいよ」
「私も行きます~! 冒険者名鑑とかあったら読みたいです~」
「そんなのあるの!?」
「さぁ~? でもぉ~、異世界転生したらだいたい、冒険者ランクSとかそゆ感じじゃないですかぁ~? だからあると思うんですよねぇ~」
桜庭の言う理論が、全く理解できない。
いや、もう、理解しようと思わない。こいつの脳みそどうなってんだ。
中に入ると、ふわりと古紙の匂い。壁一面の本棚。
そのうちの一冊を手に取って……固まった。
表紙に書かれた文字。
見たことのない言語なのに――意味が分かる。
めくった中身も、すらすら頭に入る。
「なんで? 読める……」
「わぁ! 多々良葉さんもですかぁ!? ねぇ、やっぱり私たち『AI脳』になったんですよ!」
「桜庭、何言ってんの?」
「だってぇ! 今朝のオムレツだって素材と分量、全部ぱっと組み立ててましたし、マルチモーダル言語野が発達したんですよ、きっと!」
「何、そのマルチモーダル言語野って。私は人間だ」
「私たち、この世界最強ですよぉ! たぶん」
「たぶんってとこが、怖いわ」
その後、桜庭は本棚の隅で「今王都でも大流行!」と帯がついた本を発見。
店主のおばあさんにオススメされて、一冊買った。
「これ、とってもスカッと爽快! けど優しさも忘れないざまぁ物語って書いてありますぅ~」
「……なにその矛盾。しかもこの世界にも『ざまぁ』があるんだね」
そんなこんなで、宿屋に戻る。
「今日から本格的に働いてもらうからな~」とルークさん。
私は厨房へ。桜庭は接客へ……と、思ったら。
「どうですか~!? この制服」
「ちょっ! その服なんなの!?」
桜庭、仕事用ワンピースを勝手に魔改造していた。
フリル足されてる。リボン増えてる。
裾が……明らかに、短い。
足、出しすぎだろ!
仮にここが異世界だとしたら、なんだあれだ。貴族の淑女の皆さんが
『まぁ! あれをご覧になって!』
『まぁ! なんてはしたない!』
『まぁ! 娼婦のようですわね……!』
『まぁ!』『まぁ!』『まぁ!』
って言われるアレだぞ!
さすがにそれは、ルークさんにも迷惑が掛かると判断し
「せめて、裾だけは長くしろ!」
「えぇっ!? なんでですかぁ?」
と、不服そうな桜庭を説得して、膝下10cmくらいまで長くさせた。
そうして、働きだした私たち。
最初の一時間、明らかに『町の目』が集まっていた。
でもそれがいつの間にか、
「見て、店の子の服、可愛くない?」
「なんか王都の、学園の制服に似てるよな?」
「いや、あれは新しい……!」
と、騒がれ始める。
まさかのファッションリーダー爆誕……か?
納得いかない。魔改造ワンピなんでウケてんの。
桜庭も桜庭で、浮かれて
「可愛いって、本当のこと、言われちゃいましたぁ~」
とか言ってるし。
夕方近くになると、人の出入りが激しくなる。
私も必死で、厨房に居る料理人のおじさんに教えて貰いながら、料理を作っては運び、皿を洗いと、目まぐるしく働いた。
気づけば、食堂の小休憩。
厨房の隅に置いてある椅子に腰かけて、本屋で買った『今王都でも大流行』の本をぱらぱらとめくる。
・婚約破棄された令嬢、実は隣国の聖女姫でした!
・冷遇されていた義妹、王太子の秘密の婚約者だった!?
・騎士団に虐められたた少女、実は最強の治癒魔法持ちでざまぁ!
など、怒涛のざまぁ三連発の短編集。
内容を読んでみると、冒頭からしてチープだ。
悪役にあたるキャラクターが登場して数行で婚約破棄。
すぐさまヒロイン側が「それっておかしくないかしら?」と疑問を呈し『実は聖女でした!』と堂々とカミングアウト。なぜかその場の全員が一瞬で信じ、悪役は素直に反省し、土下座。
で、数年後。「そんなこともありましたわね。おほほ」的に締めている。
「ぬる……」
読後に、口から漏れるのは、それだけだった。
土下座させたら勝ち、ヒロインが微笑んだら大団円。
「何読んでるんですかぁ~?」
いつの間にか隣に居た桜庭が、覗き込んで来る。
「あ~。それ、本屋で買ったやつですよねぇ~。スカっとするとか書いてあったやつ~」
「スカッとする……?」
「私もちょっと読みましたけどぉ~。すこぉ~し、ぬるいなって思いますぅ。これ、感情導線が浅いんですよね。悪役があっさり折れる展開って、構造だけ回収してて、心の地熱が上がりきってないっていうか~」
「……あんた、やっぱ腐っても編集者だったのね」
「てへっ。褒められちゃいましたぁ~」
「褒めてない」
私はしばらく黙ってページをめくる。
そこには、かつて自分が書いたプロットにそっくりな展開も混じっていた。
これ……ボツになったやつじゃん……
文体や言い回し、登場人物そしてプロットに至るまで、そっくりそのままだった。
当時のMILEのやり取りすら思い出せる。
『展開が既視感ありすぎます』
『くどすぎて読後に余韻が残りません』
『悪役側に突き抜け感がないと、ざまぁにならない』
『冗長すぎて、読み疲れる』
そう言い突き返された草稿が、今、この異世界(?)の一角に挟みこまれている。
「なんで? 私の書いたボツの作品……なの? 似てるだけ……?」
気づいたら本を握っていた。
「多々良葉さん、顔こわいです!」
「元から、こういう顔だよ!」
勝手に憤ってる自分が、ちょっと恥ずかしくなる。
そして……。
客観的に見て、認めざるを得ない事実。
私の書いた『ざまぁ』作品の、ボツ理由。
ヒットしている作品や、人気のざまぁ作品は、ちゃんとそうなる理由があったんだ。改めてまざまざと見せられ、突きつけられた。
あーだこーだと言い訳をして、ざまぁが書けないなんて言って。
異世界(らしき所)で、自分の傲慢さに気づかされるとは、思ってもみなかった。
私のオーラが淀んでいたのか、落ち込んでるように見えたのか。
何かを察した桜庭は、私の肩に手を置き
「落ち込まないで大丈夫ですよぉ~、多々良葉さん」
「桜庭……」
「多々良葉さんだって、奇跡的にヒット作が出るかもじゃないですかぁ~?」
「失礼だな! 奇跡って!」
「えぇっ!? 慰めようと思ったのにぃ~ ひどぃですぅ~」
「おーい! 休憩終わったら手伝ってくれー!」
食堂のカウンターから、ルークさんの声が飛んできた。
「はぁ~い! 今いきまぁ~す」
桜庭がそう返事をしたあと、こそっと私の耳に囁いた。
「私、実は目標が出来たんですぅ~。それを叶えるために、頑張りますっ!」
そう言い残して、カウンターの方へと姿を消した。
「目標……か」
桜庭、ポジティブだな。
ああいうところは、私も見習わなきゃいけないかも。
そんなことを思いながら、私も厨房のお手伝いへと戻る。
厨房から漂うハーブの香り。外はまだ夏の宵。
食堂の方から、桜庭の妙に鼻につく声が聞こえて来た。
「そうなんですぅ~。姉は厨房でぇ~。あ~姉のタタラバわぁ~、地味なのでこゆ服、似合わないんですよぉ~」
あの野郎!
むしろ、似合ってたまるか!
桜庭の事を見習おうとした、数分前の自分を殴り飛ばしたい気持ちになった。