6 ほら吹きのメイド服
朝になって、隣の桜庭を叩き起こし、私はベッドのシーツをを畳む。
火照りも汗もない、軽い目覚め。
居間に出ると既にテオじーさんは起きていて、朝のひと仕事? を終えた後の様だった。
手元には、取れたてなのだろう籠に入った卵が、何個か詰めてあった。
「おはようございます! テオさん、あの……ご迷惑でなければ、お台所お借りしてもいいですか?」
そう尋ねると、竈の前にいた彼は少し驚いたようにこちらを見て、そして頷いた。
「いいとも。何か作るのなら食材も、好きに使ってくれて構わない」
「えー! 多々良葉さん、料理できるんですかぁ~!?」
背後から桜庭の声が飛ぶ。
「じゃあ私、なにしようかなぁ……あっ! 肩たたきとか得意です! 毎日編集長のやってたんですよぉ~!」
「いや……しなくていい」
肩たたきとか、桜庭にやらせたらテオじーさんの身が危険だ。
余計な事をやりかねない。
「えぇぇ!?」
大袈裟に声を出す桜庭を放置し、できる範囲の材料で簡単にオムレツを作った。ハーブの香りが思いのほか立って、焼き色もそれっぽく仕上がる
それっぽくできたのだから、成功だ。
「どうぞ。うまくできてるといいんだけど」
テオじーさんは黙ってひとくち、またひとくち。
その目がすっと細まり、やがて、頷いた。
「……これは……うまいな」
微笑みながら漏れたひと言に、桜庭が拍手した。
「すっごーい! やっぱり多々良葉さん、おねーちゃんですねぇ~」
「誰が姉だ」
テオじーさんが喜んでくれて、少し肩の力が抜けた。
食後の片づけをした後、身支度を整えていたら、テオじーさんが声をかけてきた。
「よし、じゃあ一緒に町までいくか」
「いいんですか!? 何から何まで……ありがとうございます!」
テオじーさんと出会ってなかったら、私と桜庭は野垂れ死んでいただろう。
それくらい、感謝してもしきれない。
「わぁ~! 町って楽しみぃ~。始まりの町って感じぃ~?」
桜庭、気分はもうRPGを楽しむプレイヤーと言う様相。
ならお前は間違いなく『ほら吹き』という称号を貰えるだろう。
だがこのほら吹き。運バロメーターだけは、めちゃくちゃ高そう。
危険な場面でも、まっさきに逃げ切れる奴だ。
★
そして『ヴィサレントの街』に着いた。
荷馬車に揺られながら、街の名前をテオじーさんが教えてくれた。
宿の軒先には、木目の美しい板看板が掲げられている。真鍮の縁取りと鉄鋲で頑丈に仕上げられ、吊るされた鎖の細部には錆が滲んでいた。
テオじーさんが扉を押すと木の軋む音がギシッと響き、店の中の空気が漏れてくる。
「よう」
カウンター奥の帳場にいた赤髪の青年が、声に反応してこちらを向く。
顔を上げた瞬間、彼の青い目が見開かれた。
「ちょっ! おま……!」
続きかけた言葉が、寸での所で飲み込まれる。
目が、テオさんを射抜く。すぐに、私と桜庭の方へと流れる。
「……じーさん、今日は、どうした? そちらのお連れの方たちは?」
その声色は平静を装っていたが、どうにも違和感がある。
テオじーさんは、さも当然のように近づいて行き、青年の肩をぽんと叩いた。
「森で迷ってたお嬢さんたちでな。事情があって、今は行く宛もないらしい」
桜庭が話した出鱈目なことを、そのままテオじーさんは説明してくれている。
青年は、それを一度すべて受け止めてから、ようやく目線を戻す。
「……ふぅん。そういうことね」
それだけ言って、ふっと鼻で笑う。
「ならまあ。……とりあえず、こっち」
信じた!? あの出鱈目を!?
もしかして……。私が出鱈目って思うだけで、実は理にかなっている話なのか?
そんな風に思ったが、ここは青年について行こう。
と、足を動かすよりも先に、桜庭がぱあっと目を輝かせた。
「わあ~! やっぱり! 絶対異世界ですよね~? 見ました? 今の人! あの赤髪と青い目! これは運命の出会いですよぉ~! 多々良葉さんにこそふさわし――」
「やめろっ」
さすがにその口を、手で塞いでやった。
食堂の端に通されたテーブルで、ようやく私たちは自己紹介を済ませる。
「俺はルーク。ここで宿屋と食堂をしてる。よろしくな」
「私はキーラですぅ! 隣は『姉』のタタラバですぅ~」
まだ言うか!
「タタラバ……です」
くそぅ! 不本意すぎる! 初手がやっぱり大事だった!
ルークと名乗った青年が、片肘をついて私たちを見た。
「とりあえず、空き部屋はあるから。何日いるかは、後から考えればいい」
「でも、そんな、ご迷惑にな……」
「ほんとですかぁ~!? ありがとうございますぅ~!」
あっさりかぶせてくる桜庭。
私はもう、深いため息しか出なかった。
ルークさんは苦笑いで頭をかきながらも、こう言った。
「困ったときはお互いさまだからな。 ……それに、じーさんが連れてくるって時点で、ただの旅人ってわけでもなさそうだし」
その声色や話し方は『宿屋の接客』とは、違う気がした。
もっとこう、近しい感じ?
特にテオじーさんとのやり取りは、見知った仲と言うより、長年連れ添った感じ?
そんな事を考えていると
「じゃあルーク、頼んだぞ。ワシは戻る」
そう言うと、私たちに笑顔を向け「また会おうな」と言葉を残して、宿屋を出て行った。
テオじーさん、マジ感謝! この御恩は忘れません!
「それはそうと~、この町には~、服屋とかありますかぁ?」
「お? あるにはあるが」
「わぁい~。私、着替えたかったんですよねぇ~」
そうだ! 私も桜庭も、昨日から着替えてないじゃないか!
だがしかし。肝心の「お金」なるものが、無い。
厳密にはある。が、この世界で通用するの……か?
「ち、ちなみになんですが、この国の通貨の単位は……?」
そう聞いた私に、想定内の返答をするルークさん。
「ゴールドだ」
やっぱりかぁ……。手元にあるお金はもう、ただの紙だ。
「わぁ! やっぱ異世界~」
「黙れ!」
座っている桜庭の腕を、慌てて肘でこつく。
「多々良葉さん、ひどぃですぅ~! 暴力はんたぁ~い!」
暴力て! それより『異世界』とか言うワードを軽々しく言うな!
ふぅ~とため息をつき、呼吸を整えてからルークさんに向き直る。
「あの……。厚かましいお願いなのは、わかっているのですが……ご迷惑でなければここで少しの間、働かせてもらえませんか? 私、料理なら手伝えますし掃除も一応できます! なんなら接客も、レストランで働いてた経験が……」
面接官に言うように自己アピールをしていたら
「多々良葉さんてぇ~、レストランで働いてた事あるんですねぇ~、へぇ~似合わない~(クスっ)」
なんだと! この野郎!
レストランのバイトに、似合う・似合わないがあるのか!
初耳だわ!
「そうだなぁ……。まぁ、人手はある方が助かるし、お金が無いならここで働くのも手か……。よし! 身の振りかたが決まるまで、働いてみるか?」
ルークさんはそう言い、私の提案を快諾してくれた。
「わぁ! 多々良葉さん、頑張ってくださいねぇ~」
「何言ってんの!? 桜庭、お前も働くんだよ!」
「えぇっ!?」
いや、働かない気だったのか!?
本当に驚いた! みたいな顔をしている桜庭。
「あっ、じゃあぁ~、私が接客でぇ~ 多々良葉さんが厨房ってことでぇ~。その方が似合いますよねぇ?」
だから!
似合う・似合わないってなんなんだ!
遠回しに、桜庭のほうが『可愛い』とでも言いたいのか。
「ははは。俺はどっちでもいいぞ! どちらにしても、今日から働くか? 前金である程度の給料なら渡せるし、それで着替えを買うといい」
異世界の人たち、みんないいひと!
感激でじーんとしていたら
「ウェイトレスと言えば、メイド服ですよねぇ~。私、楽しくなってきたかもぉ~」
桜庭の甘い鼻にかかった声が、妙にイラっとした。
多分、桜庭がずっと言いたかったのは
『多々良葉さんには、メイド服なんて似合いませんよねぇ~』
と言う事なのだろう。
絶対こいつに、ざまぁが降り注ぎます様に!
私は力強く、いるのかどうかもわからない異世界の神に祈りを捧げた。