4 初ざまぁは、どうなった!?
風が頬に触れる。ひんやりとして心地いい。
葉がサワサワと鳴き、小さな鳥の声もする。
どこからか、流れる水のせせらぎも聞こえる。
気持ちいいな……。
なんだか、久しぶりに深く眠れてる気がする。
このまま、もう少しだけ。
こうして、心地よい夢の中で……。
……ふかふかなベッド……。
ん? いや、違う。これ、ふかふかじゃない。
なんだこれ、地面? 草? ちょっと湿ってる?
しかも……うるさい。不快な音。
音? 違う、これは、声。誰かの、叫んでるような。
鼻につく、妙に甘ったるい声。
どこかで聞いたような。
「……さん! 葉さーん! たたらああばぁさああぁん!」
うるさい。
耳をつんざくような声で目が覚めた。
開いた視界の先、空がやたら青すぎた。
風の音。鳥の声。草の匂い。
そして……桜庭の、顔。
「よかったですぅ~。死んだかと思いましたぁ~」
何言ってんだこいつは。
ていうか。
そうだ。私、トラックに跳ねられたはず!
「桜庭! あんた生きてるの!? ケガは!?」
「はい~! 何ともありません~! 不思議ですよねぇ。あんな勢いだったのにぃ~」
私は思わず手を見た。動く。ちゃんとある。痛くもない。
それどころか、妙に身体が軽い。
「いや待って、マジで? なんで? これ、え? 私死んだ? もしかして今……あの世??」
あの世……っぽくはないな。地獄って感じでもないけど……。
それになんで、桜庭もいるの?
これは夢? いや、現実……?
混乱しながら、私は起き上がる。
頭上に広がるのは、背の高い木々と、どこまでも澄んだ青い空。
「ここ、どこ?」
「たぶんですけど~、異世界? じゃないですかねぇ~?」
立ち上がった桜庭は、あの時のままの白いワンピース姿。
汚れ一つないサンダル。巻いた髪も崩れていない。
「ねえ……なんでそんなに落ち着いてるの」
「ええ~だってぇ~、転生って、こういう感じってよく聞きますしぃ~。トラックに跳ねられたあと、気づいたら森……って、テンプレじゃないですかぁ~」
何をそんなに嬉しそうに。
だいたい桜庭が、フラグ立てたからじゃないのか!?
原因は、絶対にコイツだ!
「……あっ、ステータス確認って、どうやるんでしたっけ? たしか、手をかざしてぇ~……メニュー、開いてぇ~」
しーーーん。
何も起きない。
「あれ? 出ないですぅ~」
「うるさいわ!!」
叫ぶと、森の鳥たちがいっせいに飛び立った。
風がゆるく吹いて、葉の擦れる音が空気を満たす。
これは……本当に夢じゃない。
そして本当に、桜庭と一緒に異世界に転生してしまった……のか?
よりにもよって――
なんで桜庭と一緒なんだよ!!
とりあえず、あの世なのか、異世界なのかは分からないけれど。
これは現実で、私たちがいた世界? とは違う?
いや待って。ワンチャン、トラックに跳ねられた後、私たちを誰かが拉致して、どこかの山奥へ捨てたのかもしれない!
……無いな。
なんにしろ、現状を把握することが先だ。
「ねぇ桜庭。とりあえずさ。ここがどこか確かめよう」
「はい~。私もそう思ってましたぁ~。そのうちステータス画面が使えると思うんですよねぇ~」
んなわけないだろ。
そして次の瞬間、もっと大事なことに気づいてしまう。
「……待って……」
思わず声が出る。
「ちょっと待って……!?」
あまりの動揺で、立っていた膝ががくっと笑う。
「私、ようやく初めて採用されたざまぁ作品、どうなるわけ!? いよいよ世に出るはずだった『そろほろ』が、よりによって桜庭と一緒にイミフな世界に居るってどういうことなの……ちょっとぉ……!!」
森の中、私の声だけがよく響いた。
そして私も、タイトルを略してた。
「んー。まぁ、仕方ないじゃないですかぁ~。戻った時に考えたらいいと思いますぅ~」
は?
桜庭お前、戻る気なのか!? てか戻れるのか!?
きっとそんな表情をしていたのだろう。
私の顔を見た桜庭が
「そのうち戻れますよぉ~」
と、呑気に笑ってる。
時として人間と言う生き物は、ポジティブな方が生命力が高い。という事を目の当たりにした。そして、桜庭の生命力を認めざるを得なかった。
……生きていればの話だが。
★
森の中に居ても仕方がないと判断した私と桜庭は、とりあえず森から抜ける事を目標に、歩くことにした。
木々の密度が少しずつ薄くなっていく。
鳥の声も遠のき、足元に小道らしきものが現れた。
それでも、誰かが踏みならした跡というには中途半端で、獣道のような、そうでないような。そんな痕跡。
「苔が薄くなってきてる。尾根に近いかも」
そう言うと、桜庭は「へぇ!」と声をあげ、小さく拍手をする。
「多々良葉さんてすごぉい! 野生の勘ってやつですね!」
褒められてる気がしない。
そんな風に歩いて行くと――
「なんか……道っぽいの、あるね」
「ですねぇ~。人間いるんじゃないですかぁ~?」
「人間って……! 言い方!」
それから数分。
木の切れ間を抜けた途端、視界がひらけた。
草原。
その先、なだらかな丘。
そのさらに先に――屋根。
茅葺きのような、でも見慣れない造りの建物。
まるでおとぎ話にでてくるような、アレ。
小さな畑と、白い柵と、ゆるやかに煙を上げる煙突。
人がいた。年のころは六十を超えたくらいの男性。
見た事の無い服装をしている。
「あれ……人? 村人……なのか……?」
「第一村人じゃないですかぁ~」
「そんなテンプレみたいに言うな!」
草を束ねていたらしい手がこちらを止める。
「あんたたち、旅の方かい?」
私たちを見たその村人は、声を掛けてくれた。
言葉は……通じる。
妙に滑らかで違和感がなさすぎることのほうが怖い。
私が返事をする前に、隣から甘ったるい声が響いた。
「こんにちはぁ~。はい~、ちょっと道に迷っちゃって~ 。私はキーラって言いますぅ。こっちは、タタラバです」
……えっ?
私の頭が爆発しかけるより早く、村人の表情が少しだけ柔らかくなった。
「ほう……それはまた、上品なお嬢さんたちだ。ご令嬢の身なりでこんな道を歩くなど、いかにも妙だが……とにかく、うちで話を聞こうかね」
は!? 何!? キーラ!? いつからそんな名前になったんだよ!
……いや、待って。確か、桜庭のフルネームって――
『桜庭 綺羅』とか言う、キラキラネームだったな……。
それよりも!
なんで私、『タタラバ』なんだよ! なんで私は苗字なわけ!?
ここは初手が肝心!と、名前の訂正をしようとしたら。
桜庭が
「ありがとぉございますぅ~」
と微笑みながら村人について行こうとしている。
「ちょ、ちょっと待って桜庭!? あんた勝手に着いてって!」
「え~? だって、初手が大事じゃないですかぁ~」
初手は初手でも、そっちの初手の方が大事とか!
私の名前!
そんなやり取りを見ていた村人は「ふぉっふぉ」とか笑ってる。
微笑ましい場面とか思ってそうで、イヤだ。
私は仕方なく、桜庭と村人の後について歩くのであった。