38 夢のあと
――眩しい。
瞼の裏を焼くような光が、ゆっくりじわっと意識を押し上げてくる。
重たい頭をなんとか持ち上げようとすると、首がグキグキと軋んだ。
全身が、まるで鉄の鎧をまとったみたいにズンっと重い。
……ここ、どこ? だっけ?
ぼんやりと目を開けると、木目の粗い天井が視界に映った。
あぁそうか。
ここ……
宿屋の部屋だ。
見慣れたはずなのに、どこか夢の中みたいに遠く感じる。
「……さぁんー! ラバさん~~! タタラバさああああん!」
うるさい。
あー……。
これ。
前にもあったなぁ。
聞き慣れた声が弾む。
視線を横に向けると、桜庭が顔をぐいっと近づけて、満面の笑みを浮かべていた。
「桜……庭?」
そう思ったと同時に、思い出す。
桜庭。
息。
してなかったよね!?
瞬間、身体の痛みや頭が回らないことも忘れ、上半身を起こし
「桜庭! あんた! 大丈夫なの!? ねぇ!」
思わず、桜庭の腕を掴んだ。
「ええぇ~? 私は元気いっぱいですよぉ~! 倒れたのはタタラバさんの方ですからねぇ!」
「は? 私?」
記憶が一瞬止まる。だってあの時、確かに倒れたのは桜庭だったはず。
なのに、目の前の桜庭はまるで何事もなかったかのように、元気すぎる。
「そうですよぉ? タタラバさん、バタン! て倒れてぇ~ 三日間も意識不明のゾンビだったんですからね~」
「……三日? ゾン……ビ?」
耳を疑う数字が飛び出し、思わず間抜けな声が出た。
「嘘、そんなに寝てたの? 私!?」
「はい~。呼んでも揺すっても全然起きなくて、ルークさんもノールさんも青い顔してましたからねぇ~。私も一応、タタラバさんの敗者復活のために、祈願してたんですからぁ!」
そう言った桜庭は、私の枕元に置いていた幾つものニンニクらしきものを紐で通したネックレス? を手に取り突きつけて来た。
敗者復活ってなんだよ。
だれにいつ負けたんだ。
そして訳の分からないものを突き付けて来るな!
「待て! それ吸血鬼よけでしょ! 何の祈願なのよ」
そう言ってはみるが、やはり寝起きで本調子ではないからか、起こした身体が自分で支えきれずにフラフラとまたベッドに倒れ込んでしまう。
……情けない。
三日寝っぱなしって、そんなダメージがあるの?
そして思い出す。
あの不思議な夢
――いや、夢にしては生々しすぎる声。
あれはなんだったんだろう。
何かが私を呼んでいた気がする。
倒れ込んだ私を桜庭は、枕を整えキルトケットをかけ直してくれた。
「ねぇ桜庭。あんた、倒れたよね? で……私の夢に出て来たよね……?」
「夢? 私、倒れてないですよぉ? しかもタタラバさんの夢に出演した覚えはないですぅ」
桜庭は、いつもの調子でケロッと言う。
「っていうかぁ? タタラバさんの寝顔のほうがインパクト強すぎましたよぉ。ほんと、死んだみたいに動かなかったんですから」
「一応、生きてるよ」
あれは、夢だったのか現実だったのかはわからない。
けど――桜庭はここにいる。それだけで十分だ。
私も自分が見た夢を既に、ぼんやりとしか思い出せない。
でも。
桜庭の顔を見たら、満足感で包まれてゆく。
「で、今日って何日?」
「タタラバさんが倒れてからぁ、ちょうど三日後。つまり……夏至祭の前日ですね~!」
「げ、夏至祭!?」
「そうですよぉ~! 即売会なんですから! ここからタタラバ先生の武勇伝が始まるのですぅ! なので、しっかり今日は養生してくださいねぇ! 明日はバリバリに働かなきゃですよぉ」
桜庭はにやにやしながら、私の顔をみて
「一応、ルークさんやノールさんにも伝えてきますねぇ。みんな毎日鬱陶しいくらい心配してたんですよ~。ベルンさんなんて、泣いちゃってぇ」
とにかく、みんなに心配かけたことは申し訳ないと思いつつ。
桜庭が部屋を出ていくと、ようやく静けさが戻った。
布団に沈み込むと、三日分の時間がずしりと肩にのしかかる。
――三日。
その間、私は何を見ていたんだろう。
あの夢のような光景、声。あれが幻覚なのか、それとも……。
ぼんやりとした記憶をかき消すように、窓の外から子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。祭りの前日特有のざわめきだ。
もう、夏至祭はすぐそこまで迫っている。
窓を眺めていると、扉を叩く音がした。
「……入っていいか」
低い声。ノールさんだ。
「あ、はい」
呟くように答えると、扉が開きノールさんが入って来る。
彼はベッドの傍まで来ると、横に置いてある椅子に腰を下ろした。
「……調子はどうだ?」
そう言うと、手にした水差しをそっとテーブルに置く。
確か――
夢の中で、ノールさんに会った気がする。
厳密には、ノールさんじゃない。
ノールさんに似た誰か。
そして、とても大事な事を言われた気がするのに。
はっきりと思い出せない。
頭にもやがかかっているみたい。
ただ、嫌な感じはなくて。安心感に包まれた夢だったなぁって思う。
そんな私の表情に気づいたのか、ノールさんは私を見ると
「今は元気になる事だけを考えろ」
そう言って、彼は優しく微笑んだ。
ノールさんの顔を見ていると。
理屈ではなく、もう一度あの夢の中に行けそうな気がした。
「心配かけたみたいで……ごめんなさい」
「それはキーラに言うといい。お前にずっと付き添ってた」
なんだか、嬉しいやら、申し訳ないやら。
どうして自分が倒れてたのか、わからないままだけど。
不謹慎なのはわかってる。
でも。
心配してくれる人が居るってなんだか――
この世界に来て、家族ができたみたいだ。
一緒に過ごせる仲間。家族。
ずっと一人だった私に出来た、大事な人たち。
「明日は夏至祭だ。タタラとキーラが頑張って作ったものを、みんなで売らなきゃな」
そう言ったノールさんの目は凄く綺麗で。
彼は私の髪に手を伸ばし、流れに沿うように指先でゆっくり撫でてくれた。
普段なら、気恥ずかしくて、そんなことされたら動揺してしまいそうなのに。
身体が弱ってるせいか、撫でられることに抵抗もなく
その温もりが、ただただ嬉しかった。
――扉の陰で、桜庭とヴィンセントさん、ルークさんが覗いてたなんて、知りもせずに。




