37 転移の秘密
「覚悟でもなんでもいい! 私の願いを叶えて!」
「それは出来ないんだ。だって……」
ノールさんのご先祖様が、本当に困ったと言うように、微笑みつつも眉尻を下げた。
「タタラバさぁん~?」
桜庭の声が聞こえて来た。
夢って色々都合がいいよね。
いつもの調子の、桜庭の声。
一緒に過ごした時間。
たくさんの時間が走馬灯のように……
「タタラバさん~? そろそろ私、出て行ってもいいですかぁ?」
は?
「えっとぉ~? なんかぁ~? 出るタイミングが今じゃない~みたいな? 感じだったのでぇ?」
そう言いながら、ノールさんのご先祖様の後ろから、ぴょこっと顔を出した桜庭。
「えへへ~。じゃーん! 私! 参上! なのですぅ~!」
ドドーン! とでも効果音が付きそうなくらい、大袈裟に両手を上に挙げて、胸を張りながら桜庭が出て来た。
「ふざけるな!!!」
「え~? だってぇ~、タタラバさんってば~、今がクライマックスです! ってくらい盛り上がってたのでぇ」
「マジで、消えろ! もう! お前なんか、消えても構わない! そしてここは、私の夢だ! 出て行け!」
「ひどいですぅ~! 出て行こうにも、タタラバさん、私に抱き着いて離れないじゃないですかぁ」
笑いながら言う桜庭。
そうなのだ。
桜庭が出て来た瞬間私は思わず、憎っくき桜庭に駆け寄って、抱き着いてしまったのだ。
「あんたが……あんたが、消えるって言うから!」
「あー……。だってですねぇ。お願いした時、私のすべてを捧げます! って言っちゃったんですよぉ~? 命と引き換えだって思うじゃないですかぁ?」
私は、桜庭の胸元に顔を埋めて、どうしようもないほどに涙を流した。
「私が消えたと思ってぇ、泣いたんですねぇ~? ふふ……嬉しいなぁ~」
「うるさいっ! 今度こそ、本当に張っ倒す……!」
「え~? こっちが抱きつかれてますんで~、張っ倒される前に逃げられないというぅ~?」
腕の中で桜庭が、わざとくすぐったそうに身体をくねくねと動かす。
「……で、本当はどういうことなの? 全部、説明して」
「……まあ、確かに言っておくべきかなーと思ってたんですけどぉ~。ギリギリまで言わない方が、物語って盛り上がるじゃないですかぁ?」
「物語じゃないよ! あんたの命の話だよ!!」
「ですねぇ。でも、どっちも繋がってますよ? 命って物語だし、物語って命ですし」
「わかりにくいわ!」
「じゃあ、すっごくわかりやすく言いますね? 私、生きたかったんです。タタラバさんと」
その言葉に、私は目を見開いた。
「本当にくだらないことだけでいい。書いたり、喋ったり、笑ったり、落ち込んだり。 一緒に、時間を過ごして『青春』したかった。 だって、17歳だった私達。全然知らない場所で、全然知らない同士だったのに、なんか繋がってる気がしたんです」
「桜庭……」
「だからお願いしたんです。この世界で多々良葉さんと『生きたい』って」
桜庭は願ってってくれたんだよね。
一緒に、同じ時間を生きたいって。
「……で、ですねぇ。実際、お願いしてみた結果~? 天使サマ? が『なら、私の故郷に、一緒に来るかい?』ってぇご提案が~」
ノールさんのご先祖様が、小さく肩をすくめてみせた。
「まぁ……。私の立場であれば構造上、成立したからね。願いとして。あとは君たち次第だった」
「それにしてもですねぇ~? ノールさんにそっくりですよねぇ! ご先祖様って若々しいし、不老不死なんですかぁ?」
おい!
いくらなんでも、不死ではないだろう?
足元を見ろ! 浮いているではないか!
「いいや? 私は死んでいる」
!
もう、しっちゃかめっちゃかだ。
夢だから?
整合性の欠片もありゃしない。
「ノールさんのご先祖様? ってことわぁ~? ノールさんも、天使サマなんですかぁ?」
確信を突く桜庭の問い。
言われてみれば、私もすんなりとノールさんのご先祖様ですってことを受け入れてたけれども……。よくよく考えてみたら、それもおかしな話だな? って思う。
「天使? ではないな。あいつはまだ、未熟だが……。まぁ……本人から聞くといい」
そして、もう一度だけ、確認しておきたいこと。
「結局、私たちは桜庭の願いによって、異世界転移をした。元居た世界には戻れない。こういうことですね?」
「その通りだ。元居た世界では、君たちの肉体は既に無い」
フォォー!
実際に言われると、かなりキツい。
所謂「死んでいる」ということだろう。
「ってことわぁ? 私とタタラバさんは、幽霊ってことですかぁ?」
やめてぇ!?
「厳密には違う。こちらの世界では生身の『人間』だ。だから病気もすれば、怪我もする。そしてちゃんと寿命もある」
「どういうロジックで、そうなったんでしょうか……?」
「敢えて言うなら……。神の采配。かな」
ノールさんのご先祖様は、そう言うと楽しそうに、声をだして笑ってた。
「もしかすると私の願いが君たちと、共鳴したのかもしれないね」
「あなたの願い?」
私の言葉に、大きく頷く。
「誰でもここへ来れるわけじゃあない。いや、ここに来れたのは君たちだけだろう。その大きな理由は、君たちの願いや想い、それと私の因果が交わりあったってことかな」
「難しすぎます~! 取り敢えず、私たちはこのまま、生きて居られるってことですよね~?」
桜庭が、ノールさんのご先祖様に念を押すように聞いた。
「ああ、その通りだ。これからも、君たちの元気な姿を陰ながらではあるが、見守っているよ」
そう言うと彼の身体は、段々と薄くなっていき
「いつかまた、君たちに会えるのを楽しみにしているよ」
そう言い残して、風に溶けるように消えた。
「あぁっ! お風呂とかぁ~! 着替えとかぁ! そういうのわぁ~ 覗くのは犯罪ですからねぇ~!」
桜庭が叫んでいるが、とっくにノールさんのご先祖様はいない。
「じゃあ、タタラバさん~。私も先にぃ~、戻ってますねぇ~! ゆっくり休んでください~」
そう言った後、今度は桜庭の姿が、徐々に薄くなり――そして消えた。
なんだかわからないけれども。
桜庭は、大丈夫ってことだよね?
よかった……。
ほんっとうによかった……。
……でも、全部が奇跡みたいにうまく行くわけじゃない。
ノールさんのご先祖様も言ってたみたいに、たまたまいくつもの想いが、重なっただけなのだろう。
だからこそ。もう一度与えられたこの世界での命。
大切に生きて行こうって思えた。
そして――
思ってたよりも、気を張り詰めていたのか。
私はその場にヘナヘナと座り込んでしまい、再び暗闇の中へ意識が沈んでいった。




