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36 生きたいって願って悪いか!

「さくら……ば?」


 笑顔を見せたまま、桜庭はピクリとも動かなくなった。


 ゆっくりと桜庭の顔に自分の顔を寄せる。


 口元からは、呼吸音も息をしている風さえも、何も聞こえず感じ取れなかった。


「嘘……嘘でしょ……? あんたまた、ふざけて……」


 桜庭の頬に、水滴がポトリポトリと落ちてゆく。


 私の目から零れた涙。


 それが、桜庭の頬を伝い、ゆっくりと彼女の髪の毛へと流れて……。


 それでも彼女は、動こうとしない。


「桜庭ーー!! 起きて! 起きてよ! まだ! 話終わってないじゃない!!」


 必死で桜庭の肩を揺する。


 反応はない。


「いやあああっ!! 桜庭あああ!」


 嘘だ! 嘘だ!


 私達、なんでこの世界に来たの?


 どうして、私と桜庭だったの?


 勝手にこんな世界に転移させられて。


 それなのに!


 なんで!? なんで、桜庭が消えなきゃいけないの!?


 どうして!!


「私を! 置いて行くなっ! 桜庭ーーっ!」


 私の慟哭が、階下にまで届いたのだろう。


 慌てた様子で扉を開けたノールさんは、一瞬、足を止めてベッドの桜庭を見やった。

 その後ろには、ルークさん・ヴィンセントさん・ベルンさんの姿もあった。


「桜庭が……桜庭が……。またふざけて、息を……止めちゃって……」


 泣きながら、みんなに説明をする。


「怒ってください。起きろって。ほんといつも、ふざけてばっかなんだから」


 泣いてるのか、笑ってるのか、もう自分でもよくわからなかった。


 みんなの顔も、歪んでゆく。


「タタラ……」


 ノールさんが、ゆっくりと私の方へ近づいて来て。


 そのまま、その胸の中に私を入れて、抱きしめ包み込んでくれた。


 回した腕に力が入り、直ぐその後、少し体を離したかと思うと、私の顔をそっと撫でた。


 それと同時に、世界が真っ暗になった。



 しん……と、何も聞こえない世界。

 

 風も、声も、光さえも。

 

 ただ、どこまでも深く、遠く、透明で。


 気づけば足元のない空間に、私は浮かんでいた。

 

 ――ここは、どこ?

 

 目の前に、スーッと誰かの背中が現れる。


 あれは……桜庭……?

 

 違う。

 

 違うのに、その背中から目が離せなかった。


 光がその背中に差してゆく。


 同時に辺りも明るくなって。


 気が付けば、私は見覚えのある森の中に立っていた。


 この世界に転移したときの森の中。


 でも、少し違う。


 何が違うのかは、はっきりとは言えない。


 でも――


 これは夢。


 そうだとわかる。


 目の前にあった背中が、私の方へ振り返る。


 そこには、足元まで伸ばした銀色の長い髪と、淡い水色の瞳を持った青年が立っていた。


「ノール……さん……?」


 そう、声を掛けると彼は、私の方へ足音もなく、すぅーとまるで空中を滑るように、近づいて来た。そして、私の髪をひと撫でする。


「ノールではない。奴は私の……、そうだなぁ、子孫だな」


 声も、話し方もそっくりだ。その表情までもノールさんに。

 子孫、なるほど。似てるはずよね。


「……ここは、どこでしょうか?」


「夢と現の狭間。君たちの世界で言えば、あの世の入り口って所かな?」


 そう言って、微笑むノールさんのご先祖(?)様。


「あの、私たちの世界のこと、知ってる……んですか?」


「ああ、もちろん。だって、私が呼んだのだから」


 なんだって!?


 戦犯は、コイツか!!!


「なら!! 桜庭を返してください! 出来るでしょう!?」


 ノールさんのご先祖様は、静かに目を伏せた。


「それは……、できない」


 言葉は穏やかなのに、胸に突き刺さるようだった。


「どうして!? あなたが呼んだなら、返すことだってできるでしょう!? 命を弄ぶなんて──許されるわけない!」


 叫ぶ私の声が、森に吸い込まれていくようで、やるせなかった。


「私はね……タタラ。あの子に、願いを叶える『覚悟』を訊ねた。その時、彼女は迷いなく答えたんだ」


「命を……差し出してもいいって?」


「いいや。『生きている』そう感じられる一瞬のために、彼女は全てを差し出した。それは、とても美しくて、純粋な彼女の願いだったよ」


 彼の水色の瞳は、遠い過去の記憶に沈んでいるようだった。


「面白いよね。生きているって感じるために、全てを差し出してもいいと言えるって。彼女にとって、生きていると感じることは、タタラ。君の『届けられた想い』だったのかもしれないね?」


 私の足元が、ふらついた気がした。


「そんなこと……っ。そんなことって……っ! 命より大切な事なんて、あっていいはずが無いっ!」


 涙がまた零れた。


 私はもっと話したかった。


 伝えたかった。桜庭と一緒に、これからの未来を歩きたかった!


「君たちは、あの日。事故にあったよね。その時彼女から、私に語りかけて来たんだよ。何かの偶然か、それとも必然だったのか。不思議だよね。でも、彼女は知ってたんだ。私と言う存在を。そして私に言った。彼女は君と、同じ時間を過ごしたい――とね。残念ながら、元居た世界で叶えることはもう、出来なかった」


 ノールさんのご先祖様の話は、わかるようで、わからない。


「あの時、そんな時間なかった」


「君は事故にあった後すぐ、目を覚ましたかい?」


「……いいえ」


 応えた私を見て、微笑むノールさんのご先祖様。


 そう言えば……。


 私が目覚めた時、桜庭はおかしなくらいに落ち着いていた。

 パニックになってもおかしくないのに。


『テンプレじゃないですかぁ~?』


 って。


 なるほど……。桜庭は、何故ここに転移したのか、わかってたんだね。


「あなたは……あなたは、一体、何者なのですか?」


 そう聞くと、彼は微笑みつつも、少し困ったような顔をした。

 だって。そんな願い、すぐに叶えられるって。

 桜庭の声が聞こえるって。


 確実に人外だ。


「因果律の中にいる、記録者。かな? 正直自分でもわからないんだ」


「天使……サマですか……?」


 桜庭は、ベッドで話している時『天使サマ?』と、約束をしたとか言っていた。


「もしかしたらそうかもしれない。でも、違うかもしれない」


「桜庭と……、何の約束をしたんですか?」


 質問がどんどん溢れて来る。


 なんとしてでも、桜庭を取り返さなきゃいけない。

 どうにかして、そのヒントでもいい。何かを掴まないといけない。


 因果律だかなんだか知らないけれども、訳の分からない事で、彼女の人生を取られてたまるか。


「約束? は、してないよ。私は『覚悟』を聞いただけだ。そして、君は彼女の願いそのものの根源である『語り』を紡ぐ者だ。それを続けて行かなければならない。彼女の……キーラの生きた証を、君が……」


 ノールさん先祖様が何かを言う前に、その言葉を遮った。


「違う!」

 

 その人の物語は、その人にしか語れない。

 そこを間違えたらいけない!


「そんなの! 桜庭の物語は、桜庭の生き様で語られなきゃいけないんだ!!」


 そこまで言うと、彼は私の手をそっと握った。


「書いていけるかい?」


 私を見つめて、彼は問う。


 この先、どれだけ痛くても。


 どれだけ泣いても。


 ――私は書く。それを覚悟と言うなら、それでいい。


 語り続ける。書き続ける。

 たとえ、誰の目に触れられなくとも。


 桜庭の、私の「生きてて悪いか!」という叫びを。


 書くことが、誰かの救済に成り得るかも知れないのなら。


 彼の目を真っ直ぐ見て、大きく頷いた。


 だから! 


 だから……っ!


「桜庭の願いを叶えたのなら、私の願いも叶えてよ!」


 私の願いは、たったひとつ。


 桜庭と一緒に、くだらない日常の中で、愛おしい時間を紡いでいきたい。


 ――それだけ。


 私は……


 私は、桜庭と


 生きたいって願って悪いか!!


「それが君の『覚悟』なんだね」


 ノールさんのご先祖様は、優しく私に微笑んだ。

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