34 診察と桜庭の……。
「桜庭―!!」
慌てて桜庭の傍に走り寄った。
意識はとっくに無いみたいだが、呼吸がかなり荒い。
「取り敢えず、ベッドに連れて行こう。その後、医者を呼んでくる」
「はい。お願いします」
ルークさんは、桜庭の身体を抱きかかえて、そのまま部屋まで連れて行ってくれる。その後を追う私の心拍数も、ドクドクとあがってゆくのがわかる。
いつも軽口ばっか言って。しんどいってちゃんと、弱音を言わなかったんじゃないの!? そう言う事は言ってよ! 私そんなに信用ないの!? 馬鹿! 桜庭!
ベッドに寝かされた桜庭の顔に滲んでいる汗を、部屋にある手ぬぐいで拭いていく。
「タタラ。医者がくるまで、付き添っててくれるか?」
「勿論です。お手数おかけします」
「いや。キーラもここ暫く、ちゃんと寝てなかったり、忙しく動いてたからな……。体調崩してた事に気づいてやれなかった俺が悪い」
そう言ったルークさんは、桜庭の手を取り
「熱があるみたいだな。ベルンにも、氷と水を持ってくるように言って置く」
眉を寄せながらも元の位置にその手を戻し、部屋を静かに出て行った。
ベッドの横に椅子を持ってきて、私はそこに座る。
桜庭の苦しげな息づかいを聞いていると、不安が胸の奥で膨らんでゆく。
「……なんで……。無茶しすぎなんだよ。ばかやろう……」
桜庭と二人になった部屋で、呟くように吐き出す言葉。
汗は拭いても拭いても、滲み出て来て、このままじゃ脱水症状起こすんじゃないの? と思えた。
丁度その時、ベルンさんがルークさんに言われたのだろう。氷と水、そして水差しを持ってきてくれた。
「キーラの様子はどうじゃけ? いつも元気な子が倒れると、不安になってしまうわなぁ……」
そう言ったベルンさんは、私の隣にもうひとつ、椅子を持ってきてそこに座った。
「なぁ、タタラ。しっとるけ? 看病してる側がの、不安そうにしてたらあかんちゅーて。大丈夫やって思ぉてやらんとあかんちゅーやつじゃけ。タタラも不安じゃろうがの、大丈夫じゃ。この子は強いけんの。だからタタラ、泣かんでええ」
ベルンさんは優しくそう言って、私の背中を撫でてくれた。
そして言われて初めて気づいた。
私、泣いてたんだ。
「元気になった時に、泣いたらええ。この子は……キーラは強いんじゃ」
ベルンさんも自分に言い聞かすように、キーラは強いって繰り返す。
私も頷きながら「はい……」と何度も繰り返した。
氷水で手ぬぐいを濡らし、それを桜庭の額へ置く。
水差しで、口元に水を少しだけ垂らしていく。飲み込むことはできないだろうけれども。湿らせるだけでも、乾いているよりは幾分かマシだろう。
そうこうしていると、ルークさんが女医さんを連れて戻って来た。
診察の間は男性は退室してもらい、残った私が診察に立ち会う。
「うん。大丈夫よ。今の所、すぐにどうこうって訳じゃないと思うわ。疲労と風邪かしらね。ただ、高熱が続いたら命の危険もあるから。そこは気を付けてあげてね」
「ありがとうございました……」
女医さんは、にっこりと笑いながら私のおでこに手を充てた。
びっくりした私は思わず、身体を引いてしまう。
「あら、ごめんなさい。いきなりで驚かせたわね。ねぇ? あなたも寝不足じゃない?」
そう言われて、そうでもないような? そうでもあるような?
何とも言えず、固まってしまった。
「ほら。目の下。隈が出来てるわ。あと、不安なのもあるかもだけど、顔色もよくない。看病する人の体調も大事だからね? ちゃんと栄養とって、睡眠とって」
「はい……ありがとうございます」
ペコっと頭を下げる。
「じゃあ、男どもに診察の結果言っておくわ。今日はあなたもお仕事、控えめにね?」
「……私たちの事、ご存じだったのですか?」
多分初対面のはずなんだけれども、どうやら女医さんは私たちのことを知っているみたい。
「ルークが言ってたのよ。ここで働いてる姉妹の一人が倒れたって」
なるほど。そりゃそうか。
ここに居るんだもの。どういう人を診て欲しいのかくらい、伝えてるよね。
「そうだったんですね。今回はお世話になりました」
「堅苦しいのはいいわ。私はヴィヴィーナ。今後ともよろしくね、タタラ」
そう言うと、彼女はにっこりと笑った。
笑うとなんだか……既視感がある。
よくよく落ち着いて見てみると。
金髪の綺麗な長い髪をひとまとめにした、物凄く色気のある女医サマ。
「あー。ちなみにね? 余計な情報なんだけども。ヴィンセントは私の弟よ」
そう言ってウィンク一つ。
「あー!」
なるほど! ビビアーナか!
既視感があるわけだ。
「明日にでも、もう一度診察にくるわね」
その言葉に、もう一度頭を下げる。
それからヴィヴィーナさんは、扉前で待機していたルークさんとベルンさんに、診察結果を伝えてたみたいで、微かな話声が聞こえて来てた。
「桜庭あんた、起きたらお説教なんだからね……」
桜庭の額にもう一度、氷水で冷やした手ぬぐいを、そっと置いて呟いた。
★
「……さん ……た……たたらば……さ…ん」
浅い意識の中で、桜庭の声が微かに聞こえてくる。
「……たたらば……さぁん……」
何度目かの、私を呼ぶ声に、ハッと身体を起こす。
「桜庭! あんた気付いたの!? 体調はどう!?」
いつの間にやら私も眠っていたようで。
桜庭の声に起こしてもらったが、慌てて彼女の方へと顔を寄せる。
「はいぃ~……。お水を、コップに……いただけますか?」
「わかった! ちょっと待って!」
私は置いてあった水差しから、コップに水を入れて、桜庭の方へ戻る。
「桜庭、自分で飲める? しんどいなら手伝うよ」
「大丈夫……」
桜庭はかすれた声で答え、少しだけ身体を起こして、私が差し出したコップを受け取った。そして、ゆっくりと水を口に含み、少しづつ喉を潤して行った。
コップに入った水を半分くらい飲んだ桜庭は
「はぁぁ……。生き返りましたぁ……。タタラバさん……ありがとうございますぅ」
そう言う桜庭からコップを受け取りつつ
「あんた、無茶しすぎなのよっ……。心配……させないでっ」
ベルンさんの『不安そうにしたらあかん』と言う言葉を思い出し、笑顔にはなれなかったけれども……泣くのだけは我慢しようと、涙が流れそうなのをぐっと堪える。
サイドテーブルにコップを置いて、ベッド横に持ってきていた椅子にもう一度腰を下ろす。
「今はとりあえず、ゆっくり休んで。あんたが元気じゃないと、みんなが心配するからね」
「えへへ~。心配……してくれてるんですねぇ……。嬉しいなぁ……」
桜庭は、私の方を見て、弱々しくもニコリと笑顔を見せた。
「嬉しがってる場合じゃないでしょ。早く元気になってよね!」
「タタラバさん。私……、タタラバさんに、伝えたいことがあるんです」
いつもの口調は陰を潜めて、とても小さな掠れた声で桜庭が言う。
「なに? またろくでもないことなら、承知しないわよ?」
「えっとぉ……。多分、私……。このまま消えるんです……」
は?
消える?
何? どういうこと?
「何……言ってるの……?」
「私……、約束したんです。願いが……叶ったら……命なくなってもいいって……」
「は? 誰とよ! そんな約束、聞いてないし! いつしたのよ!」
「トラックに……あの時……」
「消えるって……? 死ぬって……こと? 誰と約束したの!?」
「天使サマ? 私にもわからないんですが……。そうですねぇ。たぶん……この世界から消えてなくなる……。元居た世界では……もう……とっくに消えてるはずですし……」
「なんで! なんで! そんな約束したの!? 何の話をしてるの!?」
「巻き込んで……ごめんなさい……」
桜庭はそう言い、涙を流しながらも私の方を見て、にっこりと笑ってた。
誰と、何の約束をしたかは知ったこっちゃない!
今、この世界にいる、私と桜庭。
「あんた! 許さないんだから! 消えたら! 許さないから! 私を……、一人にしないでよ!」
この世界で生きているんだ!
仲間だって出来たじゃない!
このルーメン亭で、みんなと過ごした日々を嘘になんてさせない!
そんな約束、潰してやるんだから!
「一緒に生きるんだから! 海で叫ぶんでしょ! 生きてて悪いか! って! 私との約束を守れ!」
さっきまで必死で堪えていた涙が、溢れて流れて止まらない。
消えるとか言うな!
あんたは
あんたは
私と一緒に生きるんだから!




