33 桜庭! 倒れる!?
「初版、出来ましたぁ~~っ!」
夏至祭まであと一週間を切った頃。
昼休憩がてら、いつものようにカウンター前の椅子に座り談笑している私たちの元に、大きな木箱を抱えた桜庭がやって来た。
「まずは初版限定プレミアムバージョン・豪華特典付きの10冊ですぅ!」
桜庭はそう言ったかと思うと、ドスン! と木箱を床に置き、そこから1冊取り出した。
「あっ! 配布用は別にありますのでぇ~。皆さん安心してくださいねぇ!」
一体何冊刷ったんだよ。そのお金、私の給料だろ……。
と言いたかったが、初版本を箱から取り出し、1冊を天高く掲げた桜庭の手元を思わず見てしまう。
「「「おおぉ!」」」
その場の温度が、一気に急上昇した。
丁寧に装丁された本。赤いハードカバーに、金色の文字で『リリィと魔法の赤いリボン』と書かれてあった。じわりと涙が溢れて来る。風景が滲んでゆく中で、さまざまな想いも同じく零れ落ちてゆく。
タイトルは、ここに居るみんなでもう一度考えて『魔法』を加えた。
その一言を加えることで、本の内容に興味を持ってくれるかも? という意図でつけたものだ。
ただの売れない作家だった私がもらった、ご褒美みたいな時間だった。
「そしてですねぇ! なんと! この初版プレミアムにはぁ~」
桜庭はそう言うと、再び木箱の中に手を入れて、何かを取り出した。
その仕草はまるで、タヌキ型ロボットの四次元袋から何か取り出すようであった。
「じゃーん! フレッタさんが『特別』に! 作ってくれた髪留めなのですぅ~!」
またしても、取り出したそれを天高く掲げる桜庭。
その手には、金の縁取りがされた赤いリボンの髪留めがあった。蝶々結びの中央には、小さなビジューが光っている。
「このリボン、よぉ~くみてくださいぃ~!」
そう言う桜庭の手元を、じっと見る我々一同。
リボンの端っこの方には、可愛い花の刺繍がしてあった。
「おっ! 花か? 何の花だ?」
ヴィンセントさんも気づいたらしいが、花の名前まではわからないみたい。
もしかしたら、この世界には無い花なのかも知れない。
「鈴蘭……か?」
ノールさんが、目を細めながら答える。
前言撤回。鈴蘭もこの世界にはあるようだ。
「その通りですぅ! 夜なべして刺してみましたぁ! 限定10個限りなのですぅ~! あ! でもぉ~、私とタタラバさんの分を差し引きますので、限定8個の鈴蘭刺繍入りなのですぅ~!」
「ほぉ~! うまく刺繍してあるなぁ。だが、どうして鈴蘭なんだ?」
ルークさんは疑問に思ったのだろう。桜庭に問いかけた。
「実はですねぇ! タタラバさんのセカンドネームが「スズラン」なのですぅ!」
「なるほどなぁ~!」
ヴィンセントさんが木箱の方へ歩いてゆき、一つリボンの髪留めを手にしてた。
「よく出来てるな! キーラも頑張った!」
そう言いながら、桜庭の頭を軽くポンポンと叩いていた。
「えへへ~! 私は仕事が出来る女ですからねぇ~」
なんて言いながらも桜庭、嬉しそうに笑っている。
だが待て。セカンドネーム? おかしいだろ!!
どっちかってと、ファーストネームの方だわ!
また勝手に設定を増やしやがった。
……けれども。鈴蘭の刺繍が想像よりも可愛くて、それに――
桜庭の気持ちが、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ! ちょっとだけ。
――嬉しかった。
だから今日は、何も言わないでおこう。
「あ! そうそうタタラバさん~。限定10冊に、サインしてくださいねぇ。あ! 配布用の10冊にもなのでぇ~、計20冊です~。多々良葉先生、よろしくお願いしますぅ~」
「……サインなんているの……?」
「当然です! これから文豪『タタラバ・サクラバ』先生になるんですよぉ? この処女作のサイン本わぁ、将来国宝になるはずですぅ!」
「あんたが言うと、嘘くさいし、詐欺にしか聞こえないわ……。それにその名前! 絶対使わないからね!」
「えぇ~? ひどいですぅ~。取り敢えず、サインしてくださいねぇ~!」
そして、私の目の前に積まれた計20冊の製本版。半ば押し切られるように装丁を開き、よくわからないがサインをしてゆく。
その下に小さく『スマイルマーク』も書いておいた。
「さすがタタラバさんなのですぅ! これわぁ! 法被とお揃いですので、即売イベントに持ってこいのマークになりましたねぇ!」
夏至祭がいつの間にか、即売イベントになっていた。
サインをし終わった私の手には、桜庭が作ってくれた赤いリボンの髪留め。
端っこの白い鈴蘭の刺繍が、なんだか魔法のようにも思えて。
リリィじゃないけれども。
このリボンを大切にしようって、なんとなくだけど!
思わなくも無かった。
★
「性悪姉妹はどこですの!?」
昼休憩も終わり、宵前の食堂で。
そろそろ賑わってくるだろう時刻。またしても、ツインテあざと女・クレアが登場した。
ノールさんとヴィンセントさんは、本来の仕事があるらしく今は留守中である。
『テオノール様ぁ~』
とか言いつつ、このツインテあざと女・クレアは、ノールさんが居ない時に限ってやって来る。もしかしてノールさんの留守を狙って来てるんじゃないの? とさえ思えてくる。
「えっとぉ~? 性悪姉妹ってゆぅかぁ~? タタラバは今、忙しいんですけどぉ~?」
なんで、私限定なわけ!?
桜庭、なんで自分は違いますけどぉ? みたいな対応してるんだよ!
「出たわね! またしても狸女! まぁいいですわ。今日はあなた方に、この! わたくしがっ! わざわざ! 会いに来て差し上げましたのよ」
高圧的な物言いをするクレア。
これはメンドクサイやつだ。知らん顔を決め込もう。
そう思って、厨房に身を潜めつつ、食堂を陰から見守ることにした。
「えぇ~? 私わぁ~、年齢詐称・若作り女と話すことわぁ~、無いんですけどぉ?」
桜庭が、煽る、煽る。
そして、本人に言うなよ! 年齢詐称とか!
しかも、若作りってワードまで増やすな!
見てみろ。クレアの顔が真っ赤になってるではないか……。
「なんて性悪な言葉遣いですの!? 下品ですわよ! 狸女!」
「何も注文しないならぁ~、営業妨害なんですけどぉ~? それにぃ~? 狸女ってぇ~名誉棄損ですよね~? 狸でもないですしぃ~? 嘘だけなら、見た目の若作りだけでいいと思いますぅ~」
どっちもどっちである。
「キー! 口の減らない女ね! まぁいいわ! 今日は『リリィと魔法の赤いリボン』の事で、話がありますのよ!」
え? なんでクレアが知ってるの?
そう思わず言いそうになる前、桜庭が先に口を開いた。
「ええぇっ!? なんで、その本の事知ってるんですかぁ?」
「フフン。わたくしの情報網を舐めないでいただきたいわね」
さっきまで赤かった顔を、今度は高圧的な表情に変え、顎をクイっと突き出して、桜庭を威嚇しているクレア。
「あっ。わかりましたぁ~! また新聞屋さんに行ってぇ~、変なチラシを印刷しようとして、黙って盗み読みしたんですねぇ!? やることが姑息なのですぅ!」
「ぐぬっ! そ! そんなわけないでしょう!? ちゃんと断りを入れてから、読んだのよ!」
「やっぱりそうじゃないですかぁ~! 情報網とか関係ないですよねぇ?」
語るに落ちるクレア。単純すぎるだろ。
「それはどうでもよろしいのよ! それよりも。あの本の主人公の名前、どうしてリリィですの? 納得がいきませんわ! ここはクレアに変更するように、作者にお話しなさい!」
は?
クレア。いくらなんでもそれは、横暴がすぎるぞ。
「それは出来ません~! 子供じゃあるまいし、我儘がまかり通ると思ったら、お尻叩かれますからねぇ」
桜庭! よく言った!
今日ほどあんたを偉いと思ったことは無いぞ!
「我儘じゃなくって、クレアのほうが物語にピッタリですわ!」
「全然~? むしろ、物語の品格がぁ~……損なわれ……クスっ」
煽りスキル高いな! 桜庭。
「あっ! でもぉ! 初回プレミアム版にわぁ~、豪華おまけもついてますのでぇ~。限定10冊ですので夏至祭には、早めに来るといいですよぉ~。著者のサイン付きですぅ~」
「なっ! なっ! なんですって!? アレを書いたのは一体誰なの!? 新聞屋に聞いたら、貴方たち性悪姉妹が仲介してるって言うので来ましたのよ!?」
あれ? クレアもしかして、著者を知らずに来たのか。
メンドクサイから、黙っておこう。うん。それがよろし。
そう思っていると、いつものようにルークさんが、
「クレア、今日はもう帰れ。夏至祭の時は待ってるよ」
そう言いながら、クレアの背中を押して扉へと導いて行く。
「まぁっ……。ルーク様ぁ。かしこまりましたわ! 夏至祭は必ず! 会いに参りますわね」
なんて、ネコナデ声を出しながら、クレアは去って行った。
一体何だったんだ。
「ふぅ~、相変わらず騒がしいひとです……ね……ぇ……」
最後のほう、途切れるような桜庭の声。
クレア、やっと帰ったか。はぁ……と、思わず零れる溜め息。
本当にいつも騒がしい人だ。
取り敢えず、忙しくなる前でよかった。
さて。気を取り直して、夜の準備の続きをしよう、そう思ったその時。
ドンッ!
何かが、倒れる――大きな音が、店内に響いた。
一瞬訪れる静寂。空気までが、なんだか痺れるように張り詰める。
その直後だった。
「キーラ!!!」
ルークさんの叫び声が轟いた。
それを聞いた私は、考えるよりも早く、厨房から飛び出していた。
何があった? と思うまでも無く。目に入ったのは――
床に倒れてしまっている桜庭の姿だった。
「桜庭……!?」




