32 届いた実感
気を失うように寝てしまい、そこから目を覚まして窓の外を見てみると、外がぼんやりと明るかった。もう今が何曜日の何時か分からない状態。でも朝日が見える? から、朝なんだろう。鳥も鳴いている。
久しぶりに熟睡出来た気がする。
ここ数日、ルーメン亭の皆さんに支えてもらいながら、書き上げた作品。
皆さんにもちゃんとお礼いわなきゃ……と思いつつ、朝の支度をする。
食堂の厨房へ降りると、既にベルンさんが竈の火入れをしていた。
「ベルンさん、おはようございます。この数日は、本当にご迷惑おかけしました。ありがとうございました」
そう言い、頭を下げた。
「タタラー! ええんやで~! それより、読ませてもろぉた。ワシ、感動してもうたわ」
「あ、ありがとうございます」
ベルンさんに真っ直ぐ感想を言って貰い、少し照れてしまう。
が、素直に凄く嬉しかった。 直接こうやって感想を言って貰える機会は、元の世界に居てもあまりない経験だったから。
「ありゃ、タタラがお姫様の話じゃろ~? 赤いリボン、タタラによぉ似合うやつを誕生日に贈ってやるじゃんけの! 安心しとり!」
「あっ……はい」
そうじゃない。なのに、違うとも言えず返事をしてしまう。
私は恥ずかしさを隠すように
「じゃあ今日も、張り切って行きましょう!」
「「おー!」」
そう、掛け声をかけ合い、朝の食堂の戦闘臨戦態勢へ、準備を始めた。
その間時間に、ルークさん、ヴィンセントさん、ノールさんへも、感謝を伝える。
皆さん揃って笑顔で
「よくやったなぁ。タタラ、根性あるな。お前は凄いよ」
「オレ所用で出かけててさ。まだ読めてないから、早く読みたい! 楽しみだなぁ」
「ゆっくり休めたか?」
と、それぞれが温かい言葉をくれた。
最後に「おはようございますぅ~」と降りて来た桜庭へも、感謝を伝える。
「桜庭、ありがとう。何とか書けたよ」
「はい~。安心してくださいねぇ~! ゲラは今日の昼に刷り上がる予定ですので、それを取りにいってきますねぇ~」
桜庭は私が気絶する前に渡した改稿版を早速、表通りの南角にある新聞屋? に持ち込んでくれていたようだ。やはり腐っても編集者だと感心する。
「ありがとう。あんた、ちゃんと編集者だったのね」
「勿論ですぅ~。あっ! 当初のモノより、原稿が3倍多くなりましたのでぇ~、印刷代や製本代、その他諸々の経費はルークさんから、タタラバさんのお給料を前借りしておきましたぁ~! なのでさらに! 安心してくださいねぇ~!」
バカやろう!
なんで、私の給料から前借りなんだよ!
やっぱり、腐ってた! 編集者のくせに!
「それじゃ、自費出版じゃないの!」
なんでここにきて、自費出版しなきゃんだよ!
「でもぉ~、売れればその分、回収は出来ますよねぇ~? あっ! 取り分は 5:3:2 で、いいですからねぇ~」
「……その分配割合の詳細は……」
嫌な予感しかしない。
「5がタタラバさんでぇ~。著作者ですからねぇ。ロイヤリティー込みの割合ですぅ。そして3が私で、2がマージンとして、ルーメン亭へ。ですぅ~」
「なんでお前が3なんだよ!」
「ええぇっ!? だってぇ~。世の中そんなものじゃないですかぁ?」
「絶対違うわ! 取り敢えず、売り上げはお前には渡さないからな!」
ピッシーッ! と言い放ってやった。
まったく。油断も隙も無い。
ちょっと感謝してやろうとしたら、これだ。
桜庭は「納得いきませぇん!」などと言っていたが、納得も何も無いだろう。根本が間違えているのだから。でもまぁ……。掛かった経費分は、回収できればいいな。とは思う。もし、余剰の売り上げがあれば、それはルーメン亭へ渡そうって思ってる。
それだけ売れれば……の話だが。
★
朝の戦闘時間も終え、昼過ぎに新聞社へ出向いた桜庭が、ゲラを持って帰って来た。
それを受け取り、一度目を通す。
前作よりも3倍近く増えた文量。その分は冗長にするのではなく、なるべく読みやすいようにしたつもり。王子のバックボーンや、魔法のリボンはなぜ王子の手元へ渡ったか?と言う事、継母と連れ子リカとのエピソードにも、文字数を割いた。ドアマットシーンも、くどくならない程度に丁寧に盛り込んだし、それぞれの登場人物の感情の発露なども、書いて行った。
メインシーンである舞踏会への布石・王子とリリィとの再会。そして断罪劇は特に力を入れた。
キーアイテムである赤いリボンは、小さな女の子が『憧れ』の象徴として浮かべやすく、髪に赤いリボンを付けるたびに「お姫様だ」と思えるように。
小さなお姫様の、その小さな手へ届きますように。
そう願いを込めて、書いたつもり。
ゲラを手に、自分で書いたものをなるべく客観的に読み返す。
誤字・脱字は目立ったところには無かったが、まだ推敲出来る箇所は何個もあった。けれども……それを続けていたら、いつまでたっても世に出すことができない。
完璧ではないけれども、これでいい。という潔さも必要だ。
そう思いながら1枚1枚捲っていると、横からなぜか啜り泣く声がする。
「リリィ、辛かったなぁ……。俺が! 直ぐに助けに行ったのに!」
なぜかヴィンセントさんが、泣いていた。
泣くシーンあった!?
「王子も本気だして、早く見つけてやれよ!」
今度は憤慨しはじめる。
感情移入してくれて……る? のかしら。
「まぁまぁ、タタラの書いた物語がそれだけ、面白いってことだ」
ヴィンセントさんを見た私の表情に、困惑が浮かんでいたのだろう。カウンターの向こうで、いつものようにコップを拭きながら、ルークさんがそう言ってくれる。
「ヴィンセントは昔から、こう見えて直ぐ泣くんだよ。小さい頃は『泣き虫ヴィン』って仇名があったからな」
「余計な事をバラすなよ!」
「本当のことだろ」
そう言ったルークさんから、プイっと顔を背けたヴィンセントさん。
それから私の方へ向き直し
「それにしてもタタラ。これ凄く面白いよ。女の子には全員読んで欲しい。聖書だな」
笑顔でそう、感想を言ってくれた。
「ありがとうございます……」
ベルンさんの時もそうだったけれども、やっぱり照れてしまう。
でもやっぱり嬉しい。
「よく書けてたぞ」
それまで黙っていたノールさんも、そう言って私の肩を軽く叩いてくれた。
身内贔屓なだけかもしれない。
それでも、凄く凄く嬉しい。書いてよかった。心からそう思えた。
ここにちゃんと、手に取って読んでくれた人が居る。
私が書いた意味は、その実感は、ここにある。
「あっ! 大変ですぅ~!」
感傷に浸っている私の思考を破るのは、いつも通り桜庭。
「どうしたの?」
なんかまたやらかしたのか?
「裁縫屋のフレッタさんの所へ行くのを、忘れてましたぁ!」
「え? 何か頼んでいたの?」
法被は既に完成している。他に何かあっただろうか?
「赤いリボンを本に付けて売るんですよぉ~! 販売促進アイテムですぅ!」
「……」
凄い商売人根性だな。
いや、編集者根性……なのか?
ベタ付きで売る手法を持ってくるとは。
桜庭、恐ろしい子!




