31 本気は予告なく降りて来る
「何ページ書けばいいの?」
筆を置くか・折ろうか、などと思っていたし、書く気力も余力も今はない。
でも口をついて出てきたのは、思いと反する言葉。
「制限はないですぅ~。タタラバさん、これはチャンスですよぉ。この世界で『文豪・タタラバ・サクラバ』の真の力を発現させるのですぅ~!」
ガン!っと、椅子を後ろにひっくり返しながらいきなり立ち上がる桜庭。
「異世界転移でぇ! 筆で無双するんですよぉ! 新たな力です~! 女神の愛し子ぉ~とかぁ?」
「余計な設定増やすな! しかもその名前、絶対使わないからな!」
誰が、タタラバ・サクラバだ!
「ええぇ! 美味しそうな名前でいいじゃないですかぁ!」
「……とりあえず、締め切りはいつ……」
「えっとぉ? 夏至祭がおよそ2週間後? ですのでぇ~。あと1週間ほどで完成まで漕ぎつけたいですよねぇ~。校正・推敲を考えると、明後日がリミットかもですぅ~」
「わかった……」
「完成したらぁ~、一緒に夏の海に向かって『生きてて悪いか―!』って、叫びましょうねぇ!」
「あんたそれ、……何、言ってんの……」
桜庭は、私にピースサインを突き出して「ルークさんには明後日までは、見守ってくださいって言っときますぅ~」と言葉を残し、部屋を去って行った。
あいつ……。
それにしても、課題山積じゃないか。
ざまぁが書きたい訳じゃない。でも、何が書きたい? と言われたら、そこでまた苦悩してしまう自分が居る。結局私は、何を届けたいんだろう?
物を書くだけなら、それこそ『日記』のようなポエミーなものでもいいじゃないか。でもそうじゃない。誰かの手に取ってもらい、誰かにその世界を見て頂き、そして願わくば……一人でもいい。何かを届けられたら。私が『ここに居る』という証明になるんじゃないのか?
私自身も、たくさんの作品と世界に助けてもらってきた。
中には『出会えてよかった』と思う作品もあった。
いつか自分も、そう思って頂ける作品を書けたら最高なのに。
そんな『夢』を持っていた十代の終わり頃。現実を生きてゆく中で、突きつけられて行く厳しさ。そしてどんどん、沈んでいく感性。取り戻したくても手のひらからすり抜けてくように、もう掴めなくなっていた。
「私に……。出来ると思う?」
誰も居なくなった部屋で、誰に問うでもなく、言葉にしてみるけれど。
当たり前だが、返事はない。
『信じてます』
『生きてて悪いか―!』
桜庭。憎たらしいけど。むかつくけど。
私もあんたを信じてみる。
もう一度、机の上に紙とペンを置いてそれと対峙する。
やってやろうじゃないの!
★
その日の夜。食堂の仕事は、執筆活動に集中しろと言うことで、私の分も桜庭が頑張ってくれた……らしい。戦力になってるのか不安だが、あんな桜庭でも居ないよりはマシだと思いたい。
そこからの私は、鬼神に般若が加わったような顔をしていただろう。そんな気迫(タタラバ個人の感想)で、前作のプロット組み直し・加筆・推敲を、何度も何度も重ねた。
それこそ寝て居られるか! と自身を奮い立たせ、翌日も部屋に閉じこもってそのまま執筆を続ける。
途中でルークさんが心配そうに部屋を覗きに来てくれたが、そこに居るのは鬼神般若のタタラバ(私)である。
そんな私を見て、一瞬怯んだ表情をしたルークさんは
「め・・飯はちゃんと食えよ?」
とだけ言い残し、盆の上にパンとスープ、サラダ・軽くあぶった鶏肉料理を置いていってくれた。
その横には、冷えたアイスティーも置いてあり、ベルンさん・ヴィンセントさん・ノールさんのメッセージが書かれたメモもあった。
『タタラ、無理せんよーにのぅ~。ワシ、タタラが倒れたら、泣いてしまうじゃんけ ベルルン』
『完成、楽しみにしてるよ 月よりも眩しい貴公子:ヴィンセント』
『飯は食えよ。自分が思うモノを書け。 ノール』
それぞれの性格が出ているというか。ベルンさん『ル』がひとつ多いのは、わざとなのか、間違いなのか。どうでもいいことではあるが、非常に気になる。
メモを胸に抱き、小さな声で「ありがとう」と、呟く。
こうして、応援してくれている人がいるんだ。
そう思うと、胸が熱くなると同時に、目が潤んできた。
べっ! 別に泣いてる訳じゃないんだからね!
これは、ドライアイ対策の自家発電目薬だ!
手を休めたついでに、ルークさんが用意してくれていた食事を口にする。
スープも既に冷めていたが、みんなの想いが籠っているようで。
違う温かさに包まれていくようだった。
はぁ……とため息を吐くと、お腹が満たされたせいか、眠気に襲われる。
ふと、このまま小休止しようかな? 仮眠しようかな?
――なんて思いがよぎったが。
否! 今はそれどこではないのだ!
書け! 多々良葉 鈴蘭!
あんたならできる!
そう! 私ならできるんだ!!
もう一度奮い立たせるように、両手で頬を軽く叩く。
そして、再び机に向かって筆を走らせて行った。
カリカリカリカリカリカリ……
書いては捨て、捨てては拾い。
頭を抱えたり、何かが降りて来た! と勘違いしては書いてみて「違うわああ!」と叫んだり。知らない人が見たら、気のふれた怪しい女でしかなかっただろう。
それでもいい。私は書き上げる! 絶対に!
――こうして締め切りラインと言われた当日に書き上げた、改稿版の『リリィと赤いリボン』
桜庭に
「でっ……できた。書いた」
とだけ言い、紙の束を渡す。
そして私はベッドへ倒れ込み、そのまま意識を手放してゆく。
扉の向こう側で
「やったじゃけんの!」「タタラ、やりきったか!」「早く読みたい!」
と言うベルンさん・ルークさん・ヴィンセントさんの声と
「今は寝かせてやろう」
そう言うノールさんの声が、ぼんやり聞こえる。
「多々良葉先生の~、ライセンス契約わぁ~、この私を通してくださいねぇ!」
最後に訳のわからない事を言う桜庭の声も、僅かに聞こえた気がした。




