28 ざまぁを書かせていただきます
その後
「執着する男が好みとは、束縛されたいって事? 愛が深いねぇ。タタラって」
と、ニヤニヤしながらヴィンセントさんに言われ
「好みはそれぞれだが、変な奴に執着されたらどうするんだ? ちゃんとした奴選べよ? むしろ俺がそいつを見極めてやる」
ルークさんに腕組みしながら言われ
「……執着……。一途ってことか?」
ノールさんにまで、そう言われ。
その度に
「違うんです。物語の話です」
と訂正をする羽目になった。
「でもぉ~、日記に書いてましたよねぇ?」
訂正してる横で桜庭が余計な事を言っていたが、そもそもコイツがまき散らした私への風評被害である。
「違うから! プロットライン組んでるって言ってるでしょ!」
「ええぇ~!? あれは日記でしたよぉ~?」
「そもそも、桜庭。あんたが書け言うからやってんでしょ!?」
「あー、なるほどぉ。タタラバさんは、日記から拾うタイプなんですねぇ」
「はぁ……」
駄目だこいつは。
「石川啄木の『ローマ字日記』みたいですよねぇ~。タタラバさんも、気を付けてくださいねぇ~」
桜庭はそう言いながら、クスっと笑っている。
ふざけるな!
日記でもないし、そもそも日記であったとしても、バラしまくってるのはお前だ! 桜庭!
しかもローマ字日記って、浮気の事を赤裸々に綴ってたやつだろ……。
奥様の立場からしたら、ダメ夫すぎだったろうなぁ……。
文学的な価値は横に置いたとしても、啄木もある種の『ざまぁ』を食らったのかもしれない。
事実は小説より奇なりってやつだね。
「それで、タタラバさん~。早く書かないと夏至祭に間に合いませんよぉ? 草稿でもいいんでぇ~。提出してくださいねぇ~」
「ここで編集者魂、発揮しなくていいんだよ……」
呆れるやら、感心するやら。
「そもそもさ、どこの層に向けて書けばいいの?」
肝心な事を聞き忘れていた。
「そーですねぇ~。お祭りでの即売ですのでぇ~。C・TからF1に向けてですかねぇ~?」
「……全年齢対象ってことね……」
やはりここは、ざまぁの金字塔『シンデレラ』師匠に頼るしかない。
そう考え、食堂の仕事をこなしつつも脳内イメージを膨らませてゆく。
シンデレラ師匠をパクリ……いや! リスペクトしつつ。
そして、その日の夜。
部屋に戻ってから、荒ぶる鬼神よろしく、筆を走らせて行く。
***
『リリィと赤いリボン』
春の夕暮れ、森の奥にひっそりと腰を下ろしていたのは、グリュッセン伯爵家の一人娘・リリィだった。
母を亡くしてからというもの、屋敷の中はまるで声を失ったかのように静まりかえり、大人たちは彼女を気遣う余裕さえも無い状態であった。
誰にも見つからないように、リリィは毎日のように森へ足を運んだ。母と一緒によく歩いた、小道の先のこの場所だけが、今の彼女の居場所だった。
手にしていたパンのかけらを小さく割り、地面にまいていく。鳥たちが寄ってきてくれるのを、ただ静かに待つために。
何も言ってはくれないけれど、それでも小さな命が傍にいるだけで、心の奥の寂しさが少しだけ和らぐ気がした。
リリィは袖で涙を拭い、誰にも届かない思いを胸に、ひとり空を見上げた。
「どうして泣いてるの?」
背後から聞こえた、優しい声。
振り返ると、見知らぬ少年が立っていた。
服は少し汚れていたけれど、瞳にはまっすぐな光があった。
「私の……お母さまが、天国へ行ってしまったの」
少年は静かに頷き、ポケットから細い赤いリボンを取り出した。
「このリボン、よかったら……。僕の母上がくれた魔法のリボンなんだ。君に、きっと似合うと思う」
「え? でも……お母様から頂いた大事なものなのでしょう?」
「いいんだ。君に貰ってほしい。母上もきっと喜んでくれる。だって。僕は女の子じゃないからね?」
そう言って少年は笑った。
そして「いいかな?」と断りを入れて、リリィの髪の毛にそっと触れる。
「うまく結べないかも知れないけど……」
少年の手つきは不器用だったけれど、何度も結び直してくれた。
リリィは、思わず笑ってしまった。
「ありがとう。少し、気持ちが楽になった気がする」
少年も、優しく笑った。
「やっぱり。君は笑ってるほうが、ずっと可愛い」
お互い名前は聞かなかった。
少年はそのまま森の奥へ歩いていき、リリィは赤いリボンをそっと指でなぞった。
春の風に、リボンがふわりと揺れていた。
それから数年後。父は、再婚した。
新しい夫人は美しい人だったけれど、その瞳には冷たい光が宿っていた。
彼女の連れ子、リカはリリィより一つ年上。
最初は笑顔を見せてくれていたが、次第にリリィに冷たい態度をとるようになって行った。
そうして暫くの時が流れ。
リリィの父は仕事へ行く航海の途中、事故に合いあっさりと旅立ってしまった。
その日から、屋敷のすべては継母とリカのものになった。
父の居なくなった屋敷で継母は、秩序を変え、使用人たちも入れ替えられた。
リリィは部屋を追われ物置を使うように言われ、使用人のように扱われ、食事も、服も、制限された。
リリィは、本当の両親との思い出と、あの日もらった赤いリボンだけを心の支えに、ひとり静かに日々を過ごしていた。
――
さらに数年がたったある日。
屋敷のホールで、リカと継母が話しているのが聞こえた。
「王家の舞踏会があるそうよ。王子の婚約者を探すためですって」
「年頃の貴族の娘はみんな招待されるんでしょ? 王妃になれるなんて、夢みたい!」
リリィは、手を止めて耳をすませた。
自分も伯爵家の娘。参加できるはず――
そう思った瞬間、継母とリカの声が鋭く響いた。
「ねぇお母様。まさか、リリィも舞踏会へ行かせるつもりなの?」
「まさか! あの子が行ける訳ないでしょう? あんなみすぼらしい姿で我が家門の名を汚すなんて、絶対に許さないわ」
リリィは黙って自室に戻り、そっと箱の中から赤いリボンを取り出した。
あの日から、誰にも見せたことがない。
髪に結ぼうとしたそのとき、リカが扉を開けて入ってきた。
「それ、なに? 見せてよ」
「やめて!」
「へぇ? まだそんないい物持ってたんだ? ふん、似合うわけないんだから、よこしなさいよ」
リカが無理にリリィの手からリボンを奪おうとして、思わず引っ張り返す。
その瞬間、リボンは裂けてしまった。
「あんたのせいで破けちゃったじゃないの! まぁいいわ。縫い直させたら使えるわね」
破れたリボンの大きな方の布片を持ったまま、リカは笑って出ていく。
リリィは残った小さな切れ端を見つめ、
「酷い……。大切なリボンだったのに……」
そう呟き涙を零した。
だが手元にはまだ、リボンはある。
そう思い直し、残った布の端をそっと胸に抱いた。
「これが……今の私が持ってる全て」
――
舞踏会当日の夜。屋敷は賑わっていた。
リカと継母は、朝から着飾ることに夢中で、リリィの存在には気づかない。
リリィはこっそりと森へ向かった。
小指には、裂けた赤いリボンの端が結ばれていた。
月明かりが差しこみ、赤いリボンがほのかに光る。
その瞬間、遠く離れた王宮で――
第一王子が身につけていたルビーの腕輪が、赤く輝いた。
宝石の奥から放たれた一筋の光が、夜空を真っ直ぐ裂くように伸び、森の方角を指し示していた。
「この光……間違いない。あの日の……っ」
王子は舞踏会の会場を飛び出し、侍従たちの制止も聞かずに馬車に乗り込む。
彼の心は、ひとつの場所だけを目指していた。
その頃、森の中で。
月明かりがこぼれる木陰で、リリィはひとり静かに座っていた。
冷たい風が枝を揺らし、小指に結んだ赤いリボンがそっと光を返す。
その時、馬車の車輪の音が遠くから近づいてきた。
リリィが顔を上げた瞬間、黒馬のひく美しい馬車が現れた。
扉が開き、中からひとりの青年が降り立つ。
その姿に、リリィは目を見開いた。
「……君なのか?」
その声に、胸が震える。
「あなた……あのときの、森の……?」
ふたりの瞳が重なり、言葉よりも先に記憶が蘇った。
「ぼくはこの国の第一王子。ずっと、君を探していた。あの時、赤いリボンを手渡した女の子に、どうしてももう一度会いたくて」
リリィは胸元に手を当て、そっと答える。
「私はリリィ・フォン・グリュッセン。グリュッセン伯爵家の娘です。でも、父が亡くなってから……家も名前も、すべて継母に奪われました」
王子の表情が静かに引き締まる。
「それでも君は、諦めなかったんだね。名前や地位じゃない。その赤いリボンが、君の心の強さを教えてくれた。君は、君のままでここにいた。それだけで、十分だ」
彼は一歩近づき、手を差し出す。
「君を……リリィを迎えに来た。もう誰にも奪わせない。僕と一緒に来てくれるか?」
リリィはその手を見つめ、やがてゆっくりと指を伸ばした。
リボンは再び、淡い光を放っていた。
城へ着いたリリィは、王宮の仕え人達の熟練された手によって、見違える程に美しくなった。
だがそれが、本当のリリィの姿だった。
もともと彼女が持っていた優しさと誇りに、光が戻っただけのこと。
その姿に、周りに居た者達は皆、思わず見惚れ感嘆の溜め息を零した。
同時に、家臣たちは調査を進め、リリィが伯爵家の正統な後継者であることを確認。その立場は正式に認められた。
――
舞踏会の場。
リカは派手なドレスに大きなリボンをつけ、王子の前でにこやかに頭を下げていた。
「あなたにふさわしいのは、わたくしですわ」
王子は彼女を一瞬見て、静かに言った。
「その君のリボンは……。僕がリリィにあげたものだ。なぜ君がつけている? しかも君がつけても、そのリボンには何も宿っていない。光るのは、心から選ばれた者だけだ」
そう王子が言うと、扉の奥からリリィが現れた。
その身は美しいドレスに包まれ、髪は艶やかになり優雅に髪飾りが煌いている。
そして、貴族の令嬢としての風格を漂わせながら、その小指には赤いリボンが結ばれていた。
「なっ! なんであんたがここに居るの!? しかもなんで!? そんな……そんな、上質なドレスを着て! 盗んだのね!?」
リリィを見たリカは、礼儀も礼節も忘れ、大声で喚き散らした。
そんなリカの姿を見た周りに居る貴族たちは、眉を顰めたり、ヒソヒソと囁きあったり。
「王太子殿下! そんな女、お相手にする必要ありませんわ!」
扇子を持つ手を震わせながら、リリィの継母がリカに寄り添いながら言葉を続ける。
「うちのリカこそが、最も殿下に相応しいかと存じますわ」
「黙れ!」
厳しい老臣の一言に、継母とリカは「ひっ!」と、体を強張らせた。
続けて老臣が、高らかに宣言する。
「グリュッセン伯爵家の後継者はリリィ嬢に確定。継母殿とその娘リカ殿は血縁関係に非ず、これをもって破門とする」
継母は声を失い、リカは唇をかみしめた。
リカが付けている赤いリボンは、すっと色を失っていき灰色になった。
リリィの小指のリボンだけが、静かに光っていた。
王子はリリィの手をとり微笑んだ。
「やっと見つけたんだ。僕だけのお姫様」
リリィは小さく頷く。
「この赤いリボンは、あなたからもらったもの。引き裂かれて、ほんの端しか残らなかったけれど……私の心には、ずっと光が灯っていたの」
王子の瞳が真っ直ぐにリリィを見つめる。
「このリボンが、僕を君のもとへ導いてくれたんだ」
そうして手を取り合って、二人は共に歩き出した。
風が静かに吹き抜けるバルコニー。
月明かりがふたりを優しく照らしていた。
リリィは小指の赤いリボンを見つめながら言った。
「私は、ただ……お父様とお母さまがくれた優しさと、あなたとの思い出を守ってきただけ。それが、私の道しるべだったわ」
王子はその手にそっと触れ、微笑み……その後、跪いてリリィを見上げた。
「その道を、これからは僕と歩いていけますか?」
リリィの瞳に、じわり、涙が浮かぶ。
「はい。……喜んで」
ふたりは目を合わせ、ためらいなく顔を近づけた。
そして――
月と風とリボンの見守る中で、そっと、唇を重ねた。
それは、誰にも奪われなかった約束の証。
永遠へと繋がる、ふたりだけのキスだった。
***
よっしゃー!
出来た! 書き上げたぞ!
ざまぁの展開的には「ぬるめ」ではあるが、こちらの世界にあった本をベースに考えると、これくらいが丁度いいはずだ。
そう思ったと同時に、鬼神は、意識を失ってしまった。




