24 粋な若様方と艶やかネェサン
バーベキュー後の炭を片づけていたとき、ルークさんが何かを思い出したように呟いた。
「そういえば、お前らが海に行ってる間に、裁縫屋のフレッタんとこの針子が、届け物してくれたぞ。『お代はいりません』って言ってた」
「えっ……布代が、かかっていたはずでは?」
手を止めて顔を向けると、ルークさんは肩をすくめる。
「宣伝費だってさ。『これ、流行になるかもしれんから』って言ってた。フレッタは、パトロンになりたいらしい」
「谷町さんですぅ~! これは大きな後ろ盾になりますね~!」
桜庭が背中をばんばん叩いてくる。はしゃぎすぎである。
「た……谷町? キーラは、よくわからない言葉をいっぱい知ってるな」
ヴィンセントさんがチャーチャを抱え直しながら首を傾けていた。
「谷町って、職人さんとか芸人さんとかを、応援してくれる人の事です」
軽く説明すると、なるほど! とヴィンセントさんは頷く。
「パトロンと同じ様な意味か」
「はい。でも……いいのでしょうか。なんだか申し訳ないような……」
「まぁ、フレッタがいいってんだから、甘えとこーぜ」
そう言って、ヴィンセントさんはウィンクをした。
最近はヴィンセントさんのウィンクにも慣れてしまい。最初の頃のように「美形半端ない!」と思わなくなった。これはこれでいいのだろうか? とも思うが、うん。いいと思う。
★
ルーメン亭の中に入ると、ルークさんが届けられた法被を出してくれた。
それをテーブルの上に並べる。
涼やかな青の麻地。黒で補強された襟元が全体を締めて、きりりとした印象に仕上がっている。
私は一枚を広げて、背中に絵を描く準備をした。
テンペラ絵具の白を太筆にとって──青地の布へと滑らせる。
背に描いたのは、大きな所謂「スマイルマーク」
大きな〇の中に『ツ』を描いて行く感じ。
うん。なかなか良い仕上がりでは無いだろうか。
筆先の割れが、思った以上に良い『掃い』を生んで、線にゆらぎと動きが加わった。乾くころには、少し柔らかく艶のある模様が浮かび上がっていた。
染料瓶を手にして、筆を替える。匂いの少ない定着剤を模様の上から軽く塗ると、白絵具がうっすらと光をまとうようになった。
……これで、絵具が剝げにくくなるらしい。
次は、一度さっと水洗いをするために洗い場へ。
布を軽く水にさらし、余分な絵具と匂いを落とす。テンペラの模様はしっかり残っていて、崩れもなかった。
外へ持ち出して、干し場の昆布の隣に吊るす。
夏の風がしっかり通っていたおかげで、布はあっという間に乾いてくれた。
夕方、私はルークさんから炭火式のアイロンを借りた。
持ち手が木製で、箱型の本体には熱した炭が収まっている。
「焦がさんようにな。模様の上は避けて、当て布つかえよ」
「ありがとうございます。気をつけます」
食堂の仕事を終えて、部屋に戻る。そこから一枚ずつ広げて、絵柄を避けながら布の端や裾に丁寧にアイロンをかけて行った。炭の音がパチン、と響いて、絵と布地の境界がふわっと整っていった。
静かな熱と、匂いと、仕上げの気配。
夜は、そのままゆっくりと更けていく。
★
翌朝。
仕上がった法被をカウンター前のテーブルに広げた。
青の麻布に、白絵具で描かれた模様。黒い襟元が全体を引き締め、風が通るたびに背中の絵柄が浮かび上がった。
みんなそれぞれ1枚づつ手に取り、順に袖を通していく。
麻の布は肌に張りつかず、風を通して軽かった。
見た目よりもずっと涼しくて、背中のマークが思った以上に映えていた。
「……すげぇな」
ルークさんが鏡越しに自分の後ろ姿を見ながら、ぽつり。
「模様が生きてるな。筆の流れがいい味だ」
ノールさんが絵の境目を見ながら言った。
「涼しいし、見た目も面白い。これは見た事のない形なのもいいよな」
ヴィンセントさんが袖をまくりながら笑う。
「ぬおっ!? こりゃええなぁ!」
遅れて来たベルンさんも、袖に手を通し
「わし、普段もっさいからのぅ……これくらい乙で粋なもん着れんのは、嬉しいもんじゃんけぇ」
そう言いながら、嬉しそうに笑ってくれた。
みんなそれぞれ法被が似合うだの、ここがいいだのと、褒めてくれてた中。
階段をどたどたと駆け下りてくる音がして、桜庭が降りて来た。
桜庭は、食堂に持って降りるより先に法被を手にしており、することがあるのでぇ~と言って部屋に残っていたのだ。
「完成しましたぁ~! リボン、縫い付けましたぁ~!」
見れば、背中の白絵具のスマイルマークの縁に、小さな赤いリボンがちょこんと縫い付けられている。
「カワイイを強調してみたんですぅ~! これで注目度マシマシですぅ~!」
「……あ、ほんとだ。それはいいね。女子用って感じがする」
「ですよねぇ~! やっぱりカワイイは大事なのです~。そして! この作品の著作権はタタラバさん! ライセンス契約は、ルーメン亭としましょう~!」
折角褒めたその矢先。
訳の分からない事を言い出す桜庭。
褒めた時間と言葉と記憶、全てを返しやがれ。
「そんなややこしいもの、要らないわよ」
「だめですよぉ~! そゆのはしっかりしてないと後で揉めますからぁ!」
誰と揉めるんだよ。
余計な事に気を回すなら、普段もっと役に立てと心から思う。
「そもそもさ、この国にライセンスとかあるの?」
「よくわかりませんけどぉ、備えあれば嬉しいですよぉ」
「憂いなし。な?」
「じゃあ! 命名はしっかりしてきましょう~。この法被は『タタラバスマイル法被』略して、たらっぴ~ですぅ」
「ちょっと待って! 恥ずかしいからやめて!!」
略し方もヤバいし、タタラバとか付けないで!
これは! 桜庭による、新たな嫌がらせか!?
「じゃー、法被の名前どうするんですかぁ?」
ジト目で私を見て来る桜庭。
え! そんな重要なことなの?
さも、名前が無いと駄目みたいな言い方をするが、いらんだろ。
「え、名前……要るの?」
「ライセンス契約するには、いるに決まってますぅ~!」
本当に、なんでそういうところだけプロ意識高いんだ。
もうめんどくさいな。
そう思って、適当に言ってやった。
「じゃあ……粋な若様方と艶やかネェサン」
なのに──
「それで決まりですぅ~! 粋な若様方と艶やかネェサンっ! 略して──粋ネェです!」
「は!? なんでも略すな! 粋ネェ法被って何だよ!」
叫んだところで、後ろから声が飛ぶ。
「粋ネェ法被。そういう名前か。覚えたぞ」
ヴィンセントさん、やめて。
「エー名前やのぅ~ ワシも今日から粋ネェだべ~」
ベルンさんまで!
ほんとに……やめて。
これは新手の嫌がらせに違いない。
桜庭の法被には、呪術でもこっそり描いてやろうか。とほんのりと考えてしまった。




