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24 粋な若様方と艶やかネェサン

 バーベキュー後の炭を片づけていたとき、ルークさんが何かを思い出したように呟いた。


「そういえば、お前らが海に行ってる間に、裁縫屋のフレッタんとこの針子が、届け物してくれたぞ。『お代はいりません』って言ってた」


「えっ……布代が、かかっていたはずでは?」


 手を止めて顔を向けると、ルークさんは肩をすくめる。


「宣伝費だってさ。『これ、流行になるかもしれんから』って言ってた。フレッタは、パトロンになりたいらしい」


「谷町さんですぅ~! これは大きな後ろ盾になりますね~!」


 桜庭が背中をばんばん叩いてくる。はしゃぎすぎである。


「た……谷町? キーラは、よくわからない言葉をいっぱい知ってるな」


 ヴィンセントさんがチャーチャを抱え直しながら首を傾けていた。


「谷町って、職人さんとか芸人さんとかを、応援してくれる人の事です」


 軽く説明すると、なるほど! とヴィンセントさんは頷く。


「パトロンと同じ様な意味か」


「はい。でも……いいのでしょうか。なんだか申し訳ないような……」


「まぁ、フレッタがいいってんだから、甘えとこーぜ」


 そう言って、ヴィンセントさんはウィンクをした。

 

 最近はヴィンセントさんのウィンクにも慣れてしまい。最初の頃のように「美形半端ない!」と思わなくなった。これはこれでいいのだろうか? とも思うが、うん。いいと思う。



 ルーメン亭の中に入ると、ルークさんが届けられた法被を出してくれた。

 それをテーブルの上に並べる。


 涼やかな青の麻地。黒で補強された襟元が全体を締めて、きりりとした印象に仕上がっている。  

 私は一枚を広げて、背中に絵を描く準備をした。


 テンペラ絵具の白を太筆にとって──青地の布へと滑らせる。  


 背に描いたのは、大きな所謂「スマイルマーク」


 大きな〇の中に『ツ』を描いて行く感じ。


 うん。なかなか良い仕上がりでは無いだろうか。

 

 筆先の割れが、思った以上に良い『掃い』を生んで、線にゆらぎと動きが加わった。乾くころには、少し柔らかく艶のある模様が浮かび上がっていた。


 染料瓶を手にして、筆を替える。匂いの少ない定着剤を模様の上から軽く塗ると、白絵具がうっすらと光をまとうようになった。


 ……これで、絵具が剝げにくくなるらしい。


  次は、一度さっと水洗いをするために洗い場へ。  

 布を軽く水にさらし、余分な絵具と匂いを落とす。テンペラの模様はしっかり残っていて、崩れもなかった。


 外へ持ち出して、干し場の昆布の隣に吊るす。  

 夏の風がしっかり通っていたおかげで、布はあっという間に乾いてくれた。


 夕方、私はルークさんから炭火式のアイロンを借りた。  

 持ち手が木製で、箱型の本体には熱した炭が収まっている。


「焦がさんようにな。模様の上は避けて、当て布つかえよ」


「ありがとうございます。気をつけます」


 食堂の仕事を終えて、部屋に戻る。そこから一枚ずつ広げて、絵柄を避けながら布の端や裾に丁寧にアイロンをかけて行った。炭の音がパチン、と響いて、絵と布地の境界がふわっと整っていった。


 静かな熱と、匂いと、仕上げの気配。  

 夜は、そのままゆっくりと更けていく。



 翌朝。  

 仕上がった法被をカウンター前のテーブルに広げた。


 青の麻布に、白絵具で描かれた模様。黒い襟元が全体を引き締め、風が通るたびに背中の絵柄が浮かび上がった。


 みんなそれぞれ1枚づつ手に取り、順に袖を通していく。


 麻の布は肌に張りつかず、風を通して軽かった。  

 見た目よりもずっと涼しくて、背中のマークが思った以上に映えていた。


「……すげぇな」


 ルークさんが鏡越しに自分の後ろ姿を見ながら、ぽつり。


「模様が生きてるな。筆の流れがいい味だ」


 ノールさんが絵の境目を見ながら言った。


「涼しいし、見た目も面白い。これは見た事のない形なのもいいよな」


 ヴィンセントさんが袖をまくりながら笑う。


「ぬおっ!? こりゃええなぁ!」


 遅れて来たベルンさんも、袖に手を通し


「わし、普段もっさいからのぅ……これくらい乙で粋なもん着れんのは、嬉しいもんじゃんけぇ」


 そう言いながら、嬉しそうに笑ってくれた。


 みんなそれぞれ法被が似合うだの、ここがいいだのと、褒めてくれてた中。


 階段をどたどたと駆け下りてくる音がして、桜庭が降りて来た。


 桜庭は、食堂に持って降りるより先に法被を手にしており、することがあるのでぇ~と言って部屋に残っていたのだ。


「完成しましたぁ~! リボン、縫い付けましたぁ~!」


 見れば、背中の白絵具のスマイルマークの縁に、小さな赤いリボンがちょこんと縫い付けられている。


「カワイイを強調してみたんですぅ~! これで注目度マシマシですぅ~!」


「……あ、ほんとだ。それはいいね。女子用って感じがする」


「ですよねぇ~! やっぱりカワイイは大事なのです~。そして! この作品の著作権はタタラバさん! ライセンス契約は、ルーメン亭としましょう~!」


 折角褒めたその矢先。

 

 訳の分からない事を言い出す桜庭。


 褒めた時間と言葉と記憶、全てを返しやがれ。


「そんなややこしいもの、要らないわよ」


「だめですよぉ~! そゆのはしっかりしてないと後で揉めますからぁ!」


 誰と揉めるんだよ。

 

 余計な事に気を回すなら、普段もっと役に立てと心から思う。


「そもそもさ、この国にライセンスとかあるの?」


「よくわかりませんけどぉ、備えあれば嬉しいですよぉ」


「憂いなし。な?」


「じゃあ! 命名はしっかりしてきましょう~。この法被は『タタラバスマイル法被』略して、たらっぴ~ですぅ」


「ちょっと待って! 恥ずかしいからやめて!!」


 略し方もヤバいし、タタラバとか付けないで!

 

 これは! 桜庭による、新たな嫌がらせか!?


「じゃー、法被の名前どうするんですかぁ?」


 ジト目で私を見て来る桜庭。


 え! そんな重要なことなの?

 さも、名前が無いと駄目みたいな言い方をするが、いらんだろ。


「え、名前……要るの?」


「ライセンス契約するには、いるに決まってますぅ~!」


 本当に、なんでそういうところだけプロ意識高いんだ。

 もうめんどくさいな。


 そう思って、適当に言ってやった。


「じゃあ……粋な若様方と艶やかネェサン」


 なのに──


「それで決まりですぅ~! 粋な若様方と艶やかネェサンっ! 略して──粋ネェです!」


「は!? なんでも略すな! 粋ネェ法被って何だよ!」


 叫んだところで、後ろから声が飛ぶ。


「粋ネェ法被。そういう名前か。覚えたぞ」


 ヴィンセントさん、やめて。


「エー名前やのぅ~ ワシも今日から粋ネェだべ~」


 ベルンさんまで!


 ほんとに……やめて。


 これは新手の嫌がらせに違いない。


 桜庭の法被には、呪術でもこっそり描いてやろうか。とほんのりと考えてしまった。

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