23 懐かしい磯の香り
道具の発注を終えたあと、次は食材の調達。
かき氷の『氷』は、ルークさんが『知り合いの氷室から持ってきてもらう』と話していて、保存や運搬の準備もすでに済んでいた。
そして蜜は、ルーメン亭の料理人ベルンさんが引き受けてくれることに。
「任せときんしゃい! ジャムより硬くのぅて、サラサラで濃密な蜜をみっちり作っとくばってん!」
相変わらず、方言の混ざり方が酷い。が、ドンと胸を叩いて笑うベルンさんは、頼もしさの塊。料理の腕は間違いないので、安心してお任せすることに。
「じゃ、次はタコサン? 焼きの材料を取りに、海か?」
ヴィンセントさんがいつの間にやら、膝上に乗せたチャーチャを撫でながら言う。
道具の時もそうだったけれども、次の行動がヴィンセントさんの一言で見えて来る。飄々として優男風なのに、先をみてちゃんとすべきことを提示してくれてて。
「海です~! 夏と言えば海~! 海と言えばタコサン~」
桜庭の連想ゲームはスルー推奨だ。
それに乗ってもろくなことにならない。
「荷台は、ルーメン亭にあるのか?」
ノールさんがルークさんに確認をする。
「おう。裏手にあるからそれ使え。あと、樽と桶も横に置いてある」
「了解」
「じゃ、明日は海だな」
三人の会話を聞いていると、それぞれが立ち位置? と言うようなものがあるんだなぁ……って、改めて思う。長い付き合いで築いたものなのだろうな。
こうして翌日は、食材集めのため海へ向かうことになった。
★
町から海までは、荷馬車で一時間ほどらしい。
朝一番で、昨日と同じ調達メンバーで、荷馬車に乗り込む。
桜庭は
「海は久しぶりですぅ! 水着持ってくればよかったぁ!」
と、朝からうるさいったらありゃしない。
しかも遊ぶ気満々のようで、水着とか言ってるし。溺れても助けないからな!
馬の足音はぽっくりぽっくりと一定のリズムで、車輪が街道の端を擦るたびに、座面にわずかな揺れが伝わってくる。
海が近づくにつれて、空気に磯の香りが混ざった。乾いた砂と塩の混ざる匂い。風に乗ったその香りは、私が知っている海と同じだった。
異世界でも海の匂いは変わらない。
その香りが鼻腔を突くと、言い知れぬ懐かしさが込み上がった。
海辺に着いたのは、日が少し昇った頃。
道が傾斜を抜けると、目の前に海が広がった。
空より深く、波が静かに折り返す。砂浜は白くて、足元は柔らかく沈んでいった。
遠くでは海鳥が鳴いていて、その声が風に押されながら届く。
空気はすっかり海そのもの。なんでだろう? 海って気分が高まるよね。
桜庭も「わぁーい!」とか言いながら、靴を脱いで駆けている。
途中で転んでいたけれども、放置でいいだろう。
そんな海の景色の端のほうに、大きな小屋が見えた。
それが『漁師の仕事場』らしく、今日もヴィンセントさんが先頭に立って、そちらへと私たちを連れてってくれた。
漁師の小屋を覗き、網場で作業している人物に声をかけた。
「お忙しい所申し訳ないです。タコってありますか?」
「……タコ? なんだそりゃ」
私の声に、日焼けた顔を上げた漁師のおじさんは、一瞬眉を顰めた。
ノールさんが隣で補足をしてくれる。
「多分『海の悪魔』の事だ」
「あぁ!? あいつらか!? 要るなら持ってけ。処分する手間が省けて助かる」
漁師のおじさんが桶を指すと、中には4~5匹のそれが、網に絡まってうねっていた。
脚も体も、私と桜庭が言う「タコ」に間違いない。
「うぉぉ……これ……マジで食えるの……か?」
ヴィンセントさんが少し距離を取るようにして言う。
「でも、美味しいんですよ。食べると感動しますから」
私が答えると、漁師が鼻で笑った。
「まあ、持ってけ。腹壊しても、知らねぇぞ」
その隣の大きな桶には、くすんだ緑色の海藻が山盛りになって積まれている。
これは! 昆布ではないのか!?
出汁というものは『無理だろうなぁ』と考えていた私に、光が見えた。
「あっ! あのっ! これ、捨てるんですか?」
「そうだ。邪魔でしかない。それも要るなら持ってけ」
「ありがとうございます!」
生の昆布は、そのままでは出汁にならない。
持ち帰ったあと、風通しのいい場所で何枚か干すことにした。
ワクワクした気分のまま、昆布を頂く。
さらに、その横には! 見覚えのある貝たちが!
「……これって、サザエに、ホタテ……!」
見慣れた形の貝を前に、驚きながら漁師へ向き直る。
「まさか、これも捨てるんですか?」
「要るなら持ってけ。それも殻が堅いし、くるくるの方は身がとれん」
「ありがたく、いただきます!」
漁師がぽんと木製の籠を指すだけで、すべてが完了した。
ここまでの材料費、なんと! 全て「無料」
今こそ「オレ!」と踊り出したい気分だ。
ふと桜庭を見ると
「うあ~、生々しいタコサンは、触りたくないんですぅ~」
と、ふざけたことを言っていた。
お前、タコサン推すんじゃないのか!
海の恵みを、まるごと渡してくれる豪快さに心からの謝辞を伝えて。
私たちは「海辺を駆けて、大声で地平線に向かって叫ぶんですよぉ」とか言ってる桜庭をガン無視して、海を後にした。
★
ルーメン亭に戻ってから、すぐ調理に取りかかった。
まずは海の悪魔――タコの茹で作業。
湯を沸かして、ぐらぐらとする鍋へ、ひとつずつ丁寧に沈めていく。
「これ、茹でます」
「……悪魔、煮えてるな」
ノールさんが冷静に呟いた。
横で料理人のベルンさんも、興味津々と言った様子。
「こりゃ面白れぇもんができるべなぁ。はよでけれ~」
次に小麦粉・水・卵を混ぜて、生地を準備。
茹であがったタコはひと口サイズに整えて、刻んだらすぐにカウンターに並べた。
「これが、あの悪魔か?」
色が変わったのもあるけれど、小さく切ったある意味「残骸」をみてルークさんが呟く。
「そうです。タコ焼きにはこれを入れるのです」
説明する私の横で
「タコサンです~! 絶対、美味しいですよぉ~」
と、さっきは触りたくないとか言って、一切下処理の手伝いをしなかった桜庭が、調子のいいことを言っている。
軒先に、昆布を数枚干した。
風の流れも穏やかで、いい具合に仕上がりそうだった。
そして、ルーメン亭の裏手で。
私たちは、ドラム缶に火を起こしてもらい、網の上で頂いて来た貝を焼いた。
ついでに長めに切った、タコの脚も焼いてみる。
火が入って、貝が開いて、香りが立って、焼き目がついた頃
バターを少し落とし、サザエは棒でくるん! と中身を取り出してさらに置く。
私は肝と言われる部分が苦手なので、その部分は申し訳ないが処分して、みんなの前にその皿を出した。
皿に盛られた貝たちをみて、桜庭は「わくわくぅ~」と声にだして、フォークを手にしているが、残る男性たち4人は、じーっと見つめるだけで手を動かそうとしない。
だが、ルークさんが意を決したように、ひとつ、フォークに挿した。
それに倣って
──それぞれが口に運んだ。
「……っ、うまいな、これ」
ルークさんが言う。
「想像してるよりも香ばしくて、文句なし」
ノールさんが頷く。
「海の悪魔なのか?これ。意外すぎるだろ」
ヴィンセントさんが笑いながらタコの脚を齧っている。
「バーベキューみたいで、楽しいですね~!」
桜庭が声を弾ませる。
確かに。
「そうだねー。外でみんなで食べると美味しいよね」
「そうですよぉ。だからタコサン焼きも、大好評間違いなし!です~」
「なんか俺、価値観が変わりそうだわ」
ヴィンセントさんが、タコの脚を少しチャーチャにあげてる。
みんなで火を囲んで、口にしたものを感想で返して、少しずつ会話が転がっていく。
風は抜けて、香りはあって、みんなで笑いあう。
夏至祭の準備だけれども。
なんだかもう、祭気分になって。
タコ焼きやかき氷の完成品をみんなに「食べてもらう」ことが、楽しみになって来た。




