表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/40

16 帰還

 ルーメン亭の扉を開けると、厨房からスープの香りが鼻腔をついた。  

 いつもの匂い。いつもの音。それだけで、ここに戻って来た! と言う安心感に包まれてゆく。


「ただいま戻りました」


 周りを見渡し声を掛けると、厨房の奥からベルンさんの「お疲れさーん」という声が返ってきた。鍋をかき混ぜる音が、いつも通りに響いている。


「おう、戻ったか。遅かったな。大丈夫だったか?」


 カウンターの向こう、ルークさんがグラスを拭く手を止めてこちらを見る。


「チャーチャさん、保護しましたぁ~!」


 後ろから入って来た桜庭が、腕の中の白い猫を掲げると


「チャーチャぁああ!!」


 カウンター席に座っていたヴィンセントさんが立ち上がり、全力で駆け寄ってきた。桜庭から猫を受け取ると、胸に抱きしめる。


「よかった……! チャーチャ!」


 猫は『マオ~ン』と『大袈裟な』って言いたそうに鳴いた。


「お、無事見つかったか。よかった。お前らも疲れたろ。取り敢えず座って休め」


「はい。ありがとうございます」


 言われるまま、カウンターの前の席に着く。


 ルークさんもヴィンセントさんも、どこか柔らかい表情をしていた。ルークさんは冷たいレモネードを二つ用意して、私と桜庭の前に置いてくれる。


 グラスを手に取りひと口飲む。

 冷たさが喉を潤してくれ、漸く落ち着けて深く息を吐く。


 それを口にしながら思う。


 ――ここにいていいんだな、私。


 誰も大げさなことは言わない。けれどみんなの反応が、どこか安心したように見える。


 心配、してくれてたんだな、と思った。それが嬉しかった。烏滸がましいかもしれないけれども、みんなが家族みたいで、くすぐったくもなった。


「で? 何があったんだ?」


 ルークさんが私たちに向き直る。


「森で、変な生き物に遭遇して」


「変な生き物?」


「すっごく大きくてぇ、牙も長くて、涎も凄くてぇ、ドスンドスンって~!」


 桜庭が途中から会話に入り、擬音多めで説明する。


「……そんなの、この辺にいたか?」


 ルークさんがヴィンセントさんを見る。


「さあ? 聞いたことないけど。で、どうやって逃げたの?」


「逃げてないですぅ~。妖精さんが、ドーンってやって、せいっやぁ!って吹っ飛ばしてくれたんですよぉ~!」


「……妖精?」


「ちょっと!」


 ルークさんの手が止まる。


 余計な事を言おうとする桜庭を止めようとしたが、いつも通り口は止まるはずもない。


「タタラバさんてば、助けてくれた人を『妖精』って言ってたんですよぉ~。銀髪でぇ~、水色の瞳でぇ~、めちゃくちゃ強くてぇ~。あ、名前はノールって言ってましたぁ~」


 その瞬間。


 ヴィンセントさんが、ふっと顔を俯けた。チャーチャを抱きしめながら、肩を微かに震わせている。


「ヴィンセントさん? チャーチャに会えて、嬉し泣き? してますぅ?」


 そう問う桜庭に、顔を俯けたままヴィンセントさんは応える。


「……うん、まあ。そうだね」


 声が少し震えてる。けど、なんか違う気がする。

 泣いてるというよりは、笑ってるんじゃないのこれ。


 ルークさんはと言うと、グラスを拭く手を再開していた。

 やけに丁寧に。


 私は、さっきの『ノールさん』の姿を思い出す。


 銀髪。水色の瞳。無駄のない動き。あの目。そして浮世離れした美貌。

 

 テオじーさんと水色の瞳は同じ。

 よし。ここは確認がてら聴いてみよう。


「ねえ、ルークさん。テオじーさんって『テオ』って名前なんですよね?」


 ルークさんの手が、ピタリと止まった。


「ルークさんとヴィンセントさんは、もしかしてノールさんともお知り合いですか?」


 一瞬だけ目を伏せたルークさんが、んんっと言いづらそうに口を開く。


「……さあ。どうだろうなぁ。知ってる様な? 知らない様な?」


 その目の動きは、普段のルークさんよりも落ち着きがなかった。


 それに続いてヴィンセントさんも、俯き肩を震わせたまま


「俺は……知らん……と思う……ククッ」


 笑ってるじゃない。


 何がそんなに面白いのか、さっぱりである。


 私は、グラスを持ったまま、二人の様子を見比べた。


 ルークさんはグラスを拭く手を止めて、カウンターの奥を片づけている。が、口元を押さえるようにして、笑いを堪えているようにも見えるし、呆れているようにも見える。ヴィンセントさんはチャーチャの背中に顔を埋めたまま、肩を震わせながら笑っているのは、間違いない。


 ノールさんの話をしただけなのに、どうしてこんなに楽しそうなんだろう。


 私、何か変なこと言ったっけ……?

 

 ……なんだろう、この空気。


 私にはまったく意味がわからないのに、二人だけが何かを共有しているような、そんな感じがした。


 でも、それが何なのかは、まるで見当がつかない。


 ただ、ひとつだけわかるのは――  

 この場にいる誰もが、ノールさんのことを『知ってそう』ってこと。


 それだけは、なんとなく伝わってきた。


「……ふむふむ、なるほどですぅ~」


 隣でレモネードを飲んでいた桜庭が、なぜかひとり頷いてる。


「……何が、なるほどなの?」


「いやぁ、妖精さんって、レアキャラっぽいじゃないですかぁ~。見た目も強さも~」


 また始まった、と思いながらも黙って聞いていると、桜庭は真顔で続けた。


「これはもう、フラグ立ちましたねぇ~。タタラバさん、ルート入りですよぉ~」


「……は?」


 思わず聞き返すと、桜庭はにこにこと笑っていた。


「だって、助けてくれて、名前も教えてくれて、去り際も完璧で……これはもう、運命の出会いってやつですぅ~。目指せ! スチルコンプリート! ですよ~」


「はぁ!? そんな話じゃないから!」


 ヴィンセントさんが、また肩を震わせた。  


 ルークさんは、グラスを棚に戻しながら


「姉妹ってのは、仲がいいねぇ」


 と、いつもの言葉を繰り返した。


 私は、レモネードの残りを一気に飲み干した。


 ……もう、知らん。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ