表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/40

15 干物が食べたい訳じゃない

 魔物熊が、唸り声を上げながらこちらへ迫ってくる。


 私は桜庭の腕を引きながら、必死に後ずさる。


「ど、どうしよう……!」


「タタラバさぁん、私がチャーチャさんと干物は守りますからぁ~!」


「ふざけるな! 干物より私を守れ!」


 魔物熊が地面を踏み鳴らすたび、土が跳ね、木々が揺れる。


 鼻をひくつかせている魔物熊。

 これは絶対に、匂いを嗅ぎつけて来たんだ。


「桜庭! 干物よ! 魔物熊の狙いはソレだ! 捨てて!」


「無理ですぅっ!」


「捨てろ!」


「チャーチャさんが、酷いって言ってますぅ~!」


「言うわけないだろ! 捨てろ!」


 この期に及んでまでも、干物を捨てない桜庭。


 どう考えても『捨てる一択』だろ!


 私の後ろで、腰が引けてる桜庭の手から、無理やり干物を奪う。


「あ! タタラバさんっ! 今は干物に構ってる場合じゃないですよぉっ!」


「馬鹿か!」


 今は一刻を争うんだ。

 桜庭にこそ、構ってる暇はない!


 震える肩をなんとか動かし、干物を向こうの方へ投げようとした

 ――その時


 シュっと風が、吹いた。


 いや、風じゃない。


 何かが私たちの前に、音もなく立っていた。


「……!」


 白いシャツと銀の髪。透き通る水色の瞳。


 妖精だ!


 彼は、無言のまま魔物を見上げる。


 魔物が咆哮を上げ、牙を剥いた瞬間!


 妖精の身体が魔物熊に向かって滑るように踏み込む。

 と同時に、拳が風を裂き、魔物の胸元に突き刺さった。


 ドンッ──!

 

 空気が、一瞬で潰れた。


 拳が、圧の塊となって魔物熊の胸に突き刺さる。


 巨体が沈み、骨が軋む音が遅れて響いた。


 魔物熊の体躯がくの字に折れ、 粘土のように歪みながら

 ──紙のように吹き飛んだ。


 落ちたその軌道に、幾本もの樹が裂け、 葉と枝が大気の悲鳴とともに舞う。


 風が、拳の軌跡をなぞってから、ようやく揺れた。


 ――そして、訪れる静寂。


「……え?」


 私は、目を見開いたまま、声も出せなかった。


 拳、一発。


 それだけで、あの魔物熊が


 吹っ飛んだ。


 魔物熊は既に……動かなくなっていた。


 (うおぉ!……スッゴ! 妖精王、強すぎ!)


 心の中でそう叫ぶ。めちゃくちゃ凄すぎではないか!


 呆然とする私と桜庭と猫。


 妖精は魔物熊を一瞥すると、そんな私たちの方へ振り返る。


「コイツは気絶しているだけだ。今のうちに、森を抜けるぞ」


 その声は淡々としているのに、何故か安心感に満たされてゆく。


 私たちは言葉もなく、ただただコクコクと頷くしかなかった。



 妖精の後ろをついて歩く、私たち。

 森の中は、さっきまでの緊張が嘘のように静かだ。


 それにしても――


 ……あの強さ、何者? 電光石火だったよね。こう……ザッとして、パッとなって、ドスン! ズサァーッ! みたいな効果音が頭の中で再生される。


 異様な強さと、浮世離れ感。

 やっぱり妖精王……なのか? 

 

 ちらりと横を見ると、桜庭は呑気な顔でチャーチャを撫でながら歩いている。私の視線に気づいたのか、桜庭はテケテケと寄ってきて――


「ねぇ、タタラバさん~」


 ヒソヒソ声で囁いてくる。


「なに」


「さっきの、見ましたぁ?」


「見てたわよ。その場にいたんだから」


「すっごかったですよねぇ~! あの人、絶対メインキャラですよぉ~! しかも隠れキャラ枠のレアで! 今の戦闘、好感度イベント発生って感じでしたぁ~!」


「……は?」


「だってぇ、助けてくれたじゃないですかぁ。あれ、絶対フラグです~。次会ったら名前とか教えてくれるやつですよ~」


「そんなゲームみたいな……」


 でも、否定できない自分がいる。


 あの存在感。あの強さ。あの無駄のない動き。


 そして、あの目。


 まるで、全部を見透かしているような。


「……」


 妖精が、急に立ち止まった。私たちも慌てて足を止める。


 目の前には、木々の隙間から差し込む光。そこには、森の外へと続く道があった。


「ここを抜ければ、村に戻れる」


 妖精が、静かにそう言った。


「ありがとうございます……」


 私がそう言うと、妖精は一瞬だけこちらを見た。


 その瞳は、どこか既視感があって。

 口調は淡々としていたけれど、目は優しく思えた。


「……気をつけて行け」


 そう言うと、彼は森の奥へと歩き出す。


「あのぉ、お名前はなんていうんですかぁ? また会えたりします~?」


 さすが桜庭。遠慮という言葉を知らないのはある意味、強みだ。


「……名前はノール。いつかはまた、会えるかもな」


 ノールさん。妖精なのか?


「ノールさんは、妖精ですか?」


 思わず聞いてしまった。場の空気に乗って。


 沈黙。静寂。


 ノールさんは何も答えず、小首を傾げ、口角を少しだけ上げた。  

 そしてそのまま、森の中へと消えていった。


 残された私と桜庭と猫。


 私はため息をつき、「とりあえず抜けよう」と足を動かし始める。


「タタラバさぁん~。夢見がちなのもいいですがぁ~、妖精はないでしょ~(クスっ)」


「乙女ゲーはいいのかよ!」


「それわぁ~、現実ですよぉ? しっかりしてくださいね~」


「んなわけあるか!」


「ええっ? 今、そうですよねぇ?」


 んぐっ……。確かに。今、もしかしたらそういう世界かもしれない。


「なら、妖精がいてもおかしくないでしょ!」


「妖精わぁ~、もっと小さくてぇ~」


 なんだよそのセオリー。


 道はどんどん開けて、鬱蒼とした雰囲気が徐々に無くなってゆく。  

 視界には、町の建物が見え始めていた。


「あっ! 私、重大なことに気づきましたぁ~!」


 急に大きな声をあげる桜庭。


「今度はなに!」


 どうせ、ろくでもない事だろう。


「あの水色の瞳、どこかで見たなぁ~って思ってたんですよ~」


「何かのキャラ? アニメ? ゲーム?」


「違いますよぉ~。第一村人のおじいさんですよ~」


「あぁ、テオじーさん?」


 魔物はいないって言った、テオじーさんね! 

 魔物、居たし!


「そうです~。それと、あの年齢詐称女が言ってたテオノール様とやらですぅ~」


「え?」


「あの人、言ってましたよねぇ~。テオノール様にあーだこーだって」


 そういえば! 言ってた!


「テオおじーさんとノールさん。同じ水色の瞳。名前を繋げると『テオノール』 これは何かありますよぉ~、絶対ぃ」


「桜庭! あんた、100年に1度は役立つわね!」


 どこで役立つ情報かはまだ不明だけど、これは大きな発見だ。


「もしかしたら、祖父と孫……とかかもですねぇ~」


「あり得るね! 帰ったらルークさんに聞いてみよう」


 私たちは先ほどよりも足取り軽く、帰路を駆けるように小走りでルーメン亭へ向かった。


 そんな中で。またしても桜庭、余計な事を言いやがった。


「あっ。タタラバさんてばぁ、干物そんなに食べたかったんですねぇ~」


 は?


 言われて気づく。


 そうだ、私……干物、まだ持ってた!


「言ってくれればよかったのにぃ~。ね~、チャーチャさん~」


『マオォォ~ン』


「違うわ!」


 明らかに勘違いしている桜庭と猫。

 こやつらに干物を投げつけてやりたい気持ちになった。


「干物女ですね~」


「もう黙れ!」


 傾きかけた陽を浴びながら。

 私たちはやっとの思いで到着した、ルーメン亭の扉を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ