14 森の妖精? コマンドは『いのち だいじに』
「桜庭ー! いるなら返事してーっ!」
お願い、無事でいて。
どこかで転んで、泣いてるだけならいい。
誰かに見つかって、助けられてるなら、それでもいい。
でも、どうか!
私は森の中を、足を引きずるようにして歩く。
自分も動き回れば危険だと分かってる。
でも、じっとしていられなかった。
もう一度、桜庭の名前を呼ぼうとした――その時
視界の端に、何かが動いた気がした。
「桜庭!?」
反射的に振り返ったそこには、見知らぬ若い男性が立っていた。
急に現れたように思えるその存在に、心臓が大きく跳ねた。
「ヒッ……」
思わず声が漏れ、身体ごと後ずさる。
でもその男性は、じっとそこに立っているだけで、何かをしようとはしてこない。むしろ心配そうな目をこちらに向けて、片手を私の方へゆっくりと差し出そうとしていた。
白いシャツに、薄手のズボン。
夏の森にいてもおかしくない服装なのに、どこか浮いて見えた。
纏ってる雰囲気が、森にそぐわないから?
髪は銀に近い淡い色で、サラサラと風に揺れている。肌は透けるように白く、顔立ちは整いすぎていた。瞳は透き通るような薄い水色。
こんな目の色の人がいるんだ……と思った。
妖精……だろうか?
ここは異世界(仮)だ。居たとしても、おかしくは無い。
そうだ。この妖精が、桜庭を見かけてるかも知れない。
一瞬迷ったけど、無闇に桜庭を探し回るよりもきっといい筈と、思い切って妖精に声をかけた。
「……あの、すみません。この辺りで、女の子を見ませんでしたか? 背は私より少し低くて、変な話し方をする子で……干物を持ってたんですけど……」
「干物?」
「はい。魚の……干したやつです。猫を探してて、それで……」
言いながら、自分でも何を説明してるのかわからなくなってくる。
でも、妖精はそれ以上は何も言わなかった。ただ、静かに首を横に振る。
「見てない」
短く、乾いた声だった。
感情の起伏は感じられない。でも、嘘をついているようにも見えなかった。
どうする。どうすればいい。
このまま一人で森を歩き回っても、桜庭を見つけられる保証なんてない。
それに、自分がもっと迷うだけだろう。
――もう、頼れるのはこの妖精しかいない。
盗賊には見えないし、今を逃したら次があるかもわからない。
何より、桜庭を一刻も早く見つけなければ。
このチャンスに、賭けるしかない。
「あのっ……私、迷ったみたいで。もう一人と逸れてしまって。森の中から出る道、わかりますか?」
「わかる」
「案内、お願い……できますか?」
妖精は、何も言わずに手を差し出してきた。
その手は想うよりも大きく、指は細く長く、少し冷たそうに見えた。
私は、覚悟を決めて――その手を取った。
触れた手から、妖精の手の冷たさが皮膚に張りついた。
妖精は何も言わずすぐに歩きだし、私はその背を追う。
足元の草が、濡れていた。
森は静かだった。
風は止まり、葉の揺れる音もない。
木々の間から差す光が、地面にまだら模様を落としている。
妖精の背中はまっすぐで、肩の動きに無駄がない。白いシャツの布が、歩くたびにふわりと揺れてる。その顔は、振り返らないけれど、私の歩幅に合わせているのがわかった。
私は、息を整えながら声をかけた。
「……さっきの子のこと、少しだけ話してもいいですか」
妖精は答えない。けれど、歩みがほんのわずかに緩んだ。
聞いてはくれているんだな。と思って、言葉を紡いでみる。
「桜庭……キーラって言います。私と一緒に来てて……途中ではぐれて。猫を探してたんです。白くて、しっぽの先だけ黒い子で……」
言いながら、足元の枝を避ける。
なんだか喉が渇いてきて、声が気持ち掠れて言ってる気がした。
「干物を持ってて……それで、森の奥に……」
妖精は無言のまま、前を向いていて歩を進めている。
顔は見えないけど、聞いてくれてるはずだ。
私は、少しだけ間を置いてから、問いかけた。
「……あなたは、誰なんですか」
本当に妖精とか言う?
そうならどうしよう!
悪い妖精とか……お菓子の家の兄妹みたいな事にならない……よね?
数歩進んだあと、妖精は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
目は真っ直ぐ、こちらを見つめてくる。
そして、一言。
「通りすがり」
声は低い。テノールボイスってやつだ。
私は次の言葉を待つが、それ以上、何も言わないでいる。
えっと?
こんな森で? 通りすがる?
『わぁ! こんな所を通りすがるって、盗賊か妖精さんか、どっちかなんですねぇ~』
って、今はいる筈もない桜庭の声が、脳裏を過ぎる。
あいつ、肝心な時になんでいないんだ!
私は返す言葉を探しけど……。何も出てこなかった。
『妖精さんてぇ~、本当に居るんですねぇ~。サイン貰おうかな~?』
歩みは止めず、言葉も続かず。
脳内で、桜庭の声だけが、何故か再生されてゆく。
『タタラバさん~』
いつも馬鹿ばかり言ってるけど、居なきゃ居ないで、心細く思う自分が憎い。
『私、目標が出来たんですよねぇ~』
聞いてもない目標を語ってくれた桜庭。
目標あるんでしょ? 叶えないうちに居なくなってどうするの!
『私気付いたんですけどぉ~、この世界って、小説とかゲームとかぁ』
あの話の続きも、まだ聞けてないんだよ!
「タタラバさぁ~ん」
脳内で過ぎってた桜庭の声が、とうとう幻聴となって耳に届く。
「桜庭……」
「タタラバさぁーん! こっちですぅ~っ!」
は?
幻聴……? にしては、やけにハッキリ聞こえてくる。
「タタラバさぁああん! こっちですってばぁ~!」
声のする方へ顔を向けてみると
遠くの方でポツンと、干物を手にブンブン振り回す桜庭が居た。
「桜庭!!」
私は妖精から手を離し、桜庭の居る所へ条件反射的に走り出していた。
「待て!」
と言う、妖精の制止の声も聞かずに。
木々の間を抜け、枝をかき分ける。
視界が開けた。
草むらの中、桜庭が立っていた。
こちらを見て、干物を手に振っている。
「桜庭ぁっ!」
駆け寄りながら叫ぶ。
「勝手に行くなって言ったでしょ、あんたは――」
言いかけて、言葉が詰まった。
目の前に居る桜庭の腕の中に、白い毛の塊が居る。
その塊の頭を撫でながら、呑気な顔をしている桜庭。
「……猫?」
桜庭の左腕の中で、白い毛並みがもぞもぞと動いた。
長い尻尾が、ゆっくりと揺れている。先のほうだけ、黒い。
「チャーチャだ!」
間違いない。ヴィンセントさんが言ってた猫だ!
「はいぃ~。木の上にいたんですけどぉ~、干物をちぎって投げたら降りてきましたぁ~」
片手には、干物。
桜庭は、だから言ったでしょう?とでも言うようなドヤ顔をしている。
「……もうっ! 心配したんだからね!」
無事でよかった!
緊張が一気に霧散していき、体中の力が抜けて行った。
けれど桜庭、なんでそんなに落ち着いてるのよ!
こっちの気も知らないで。
――安堵と怒りが混ざって、目が潤んできた。
桜庭はそんな私をじっと見て、目を細める。
「タタラバさん、迷子になって不安だったんですね~。可哀想にぃ」
「違うわ!」
即座に否定する。
でも、桜庭の私に向ける目は『哀れみ』だった。
誰のせいだと思ってんだ!
「ほんとに違うからね!? だいたいあんたが――」
そう言い返そうとすると。
背後で、ガサガサ、バキバキと大きな音がした。
草が裂け、枝が折れる音が近づいてくる。
私と桜庭は同時に振り返ると――黒い影が、木々の間から現れた。
熊のような体格。
だが、熊とは目が違う。牙も、異様に長い。
めちゃくちゃ大きい、いや、大きすぎる熊。
これは!
魔物だ!!
鼻をひくひくと動かし、桜庭の手元……干物に視線を向けている。
「……干物の匂い、嗅ぎつけた……?」
魔物熊が一歩、こちらへ踏み出す。
口からは涎。息は荒々しく、目を光らせている。
確かこの世界に来た初日。
テオじーさん言ったよね? 魔物は居ないって!
いるじゃないか!!
絶体絶命じゃない! 私たちピンチ!?
折角、桜庭と合流出来たと思ったのに!
いや! 桜庭が不用意に干物なんて持ってくるからだ!
いつもコイツがフラグ立ててるじゃないか!
「ど、どうしよう……!」
私は桜庭の腕を引こうとした。
けれど彼女は一歩後ろに下がり、私を盾にして手を掲げる。
「いのち だいじに! コマンド・発動! ですぅ~!」
「んなこと言ってる場合じゃないでしょ!」




