13 チャーチャ探し?
「ところでぇ、チャーチャってなんですかぁ?」
「猫だよ。白くて、尻尾の先の方だけ黒いやつ。名前はチャーチャ。ここ三日ほど、家に帰ってこないんだ。最後に見かけたのがこの辺だったって話を聞いてさ」
「それ、誰から聞いたんです?」
私は念のために、聞き返す。
「通りの果物屋のばーさん。『ルーメン亭の前で座ってたよ』って」
……なんでここの前なの。
ヴィンセントさんは、急に顔を伏せて、肩を震わせ始めた。
「……こうしてる間にも、チャーチャの身になにかあったらと思うと……!」
「ねーよ」
ルークさんが即答する。
「チャーチャ……ごめんな……。もしかしたら酷い目にあってるかもしれねぇのに……」
「なら自分で探せよ」
「チャーチャ……すまない……。俺が忙しくなければ……」
いや、今プリン食べてるじゃん。全く、忙しそうには見えない。
そう思ったけど、言えなかった。
ヴィンセントさんは、顔を伏せたまま、プリンの皿をそっと押しやっている。
……演技だとわかっていても、ちょっと罪悪感が湧いてくるから、美形はやっぱりズルい。
「あー! もう、わかったわかった! 暑苦しい奴だな」
ルークさんが、スプーンを置いてこちらを向いた。
「タタラ。悪いが、ちょっと探しに行ってくれるか? この付近だけでいい。見つからなけりゃそれでいいから」
「え!? 私ですか?」
思わず声が裏返った。
猫探しとか、見つけられる気しないんですが。
でも、ルークさんの頼みだし、非常に断り辛い。
……これも仕事の一環だと、割り切るか。
そう思っていたら、なぜか私の横で、桜庭がぱっと顔を輝かせた。
「わーい! じゃあ探しに行く準備してきまぁ~す」
「は? 桜庭は留守番でしょ!?」
桜庭は人の話も聞かず、勢いよく厨房の奥へ駆けていった。
「ちょっと! 準備って何する気なの!」
返事はない。代わりに棚を開ける音と「どれにしようかなぁ~」という楽しげな声が聞こえる。
……嫌な予感しかしない。
「じゃあ、頼んだよ! タタラ?ちゃん」
「あっ、はい。でも、見つからなかったらごめんなさい」
ヴィンセントさんに「タタラちゃん」と言われて気付く。
そう言えばお互いに、ちゃんと自己紹介してなかったんだって。
でも既に「タタラ」って呼んでくれてるし、それでいっか。
「タタラバ」って改めて言って「タタラバちゃん」とか言われても嫌だしね。
ヴィンセントさんはさっきまでの泣き真似はどこへやら、最後のプリンの一口を、名残惜しそうに見つめた後パクッと食べて、非常にいい笑顔を見せた。
★
数分後――
私はルーメン亭からほど近い通りを、キョロキョロしながら歩いていた。
片手に魚の干物を持った桜庭と一緒に。
「……それ、どうしたの?」
「え? 干物の事ですかぁ~?」
「うん。なんで持ってるの?」
「猫って、お魚好きですよねぇ~? だから、呼び寄せるのにちょうどいいかな~ってぇ」
「……それ、誰に教わったの?」
「えっとぉ~……お魚咥えたどらねこぉ~ですよ~」
「素足で駆けてくやつね」
「はい~。私はタタラバさんみたいに、素足で追いかけませんけどぉ~」
「私も桜庭みたいに、財布を忘れてみんなに笑われないわ」
「今日は楽しい~ ハァイキィングゥ~♪ 楽しいですね~♩」
「猫探しね?」
私はため息をつきながら、道端の植え込みや塀の隙間を覗いていく。
チャーチャの姿は、どこにもない。
「……ほんとにこの辺にいたのかな?」
「ヴィンセントさん、果物屋のおばあちゃんが見たって言ってましたよね~」
「それ、いつの話なんだろうね?」
「今日だと、この近くにいる可能性がありますよねぇ」
「そもそも『白くて尻尾の先が黒い猫』って事のみが、手掛かりなのも心許ないわ」
そんな話をしながら、通りの裏手側に周り、草の茂みになったあたりをかき分けて探してみる。やはり、チャーチャの姿は、どこにもない。
取り敢えず「一旦、帰ろうか」と桜庭に声をかけようとして、何気に視線を足元に落とす。そこは茂みの隙間。 草の根元に白い毛が数本、絡まっていた。
「あれ? ……これ、チャーチャの毛?」
しゃがみ込んで、そっと指先で摘まみ上げる。
「わぁ~、手がかりですぅ~!」
桜庭が干物を振りながら、目を輝かせた。
「やっぱり、干物、正解でしたねぇ~!」
「いや。干物は絶対、関係ないから」
私は、白い毛を摘まんだまま、周囲を見渡してみる。
「白いし、チャーチャの可能性はあるよね」
「ってことはぁ~、チャーチャさん、このへん通ったってことですよねぇ~?」
「たぶんね。……こっち、行ってみよっか」
私は毛が絡まっていた草場の先へ向かってみることに。
桜庭は干物を振りながら、ぴょこぴょことついてくる。
「チャーチャさぁ~ん! お魚ありますよぉ~!」
「あんたのその声でびっくりして、出てこなくなるでしょ」
草場を抜け、裏道りらしき道をを曲がり、さらに細い路地を抜けていくと――
やがて、町の外れに出た。
そこから先は、鬱蒼とした草むらと、低い木々が続いている。
「……森?」
「わぁ~、ハイキングっぽくなってきましたねぇ~!」
「だから。猫探しだよっ」
でも、足元には確かに、白い毛がぽつぽつと落ちている。
こんなに毛って抜けるものなの?
まるで、こっちですよ~とでも言うように。
例えるなら、お菓子の家。あれも確かパン屑を目印にしてた。
最初は可愛い話かと思いきや、怖い罠と言うアレ。
罠じゃない……よね?
「……チャーチャ、ほんとにこっち行ったのかな」
「じゃあ、進みましょうぉ~!」
桜庭が干物を掲げて、ずんずんと草むらに入っていく。
「ちょ、ちょっと待って、勝手に行かないで!」
白い毛はずっと続いてる。私たちを待ってるみたいに。
「チャーチャ……ほんとにこっちに居るの?」
――戻るなら、今だよね
そう思ったのに、足は止まらなかった。
そして気づく。
「桜庭?」
いつの間にか、さっきまで辛うじて見えていた桜庭の姿が、どこにも無い。
「……は?」
噓でしょ?
もうっ!
私は慌てて後を追う。
草をかき分け、木々の間を抜けても、桜庭の姿は見えない。
「桜庭!? どこ行ったのよ!」
返事はない。
代わりに、風の音と、木の葉のざわめきだけが耳に届く。木々の形も、足元の草も、どれも似たように見える。どっちから来たのか、もう全然わからない。
……やばい。完全に逸れた。
私は立ち止まり、ものすっごく深いため息をついた。
チャーチャを探して、私も迷子になったぽい。
そして、桜庭。あの子本当にどこ行ったのよ!
勝手に一人で突っ走って、何考えてるんだよ!
怪我でもしてたらどうする気なんだ。
熊とか出るかもしれないのに。
熊なんて、ブンっと腕をひと振りで、人間の顔面など粉砕骨折だぞ……。
「落ち着け……取り敢えず、戻る方向を」
落ち着こうとするけど、嫌な想像はどんどん膨らんでいく。
見知らぬ世界の見知らぬ場所。こんなところで独りきり。
それは桜庭も同じだ。
本当に何かヤバい野生動物にあったら? 崖から落ちてたら?
足元が冷えて来る。寒いんじゃない。これは恐怖だ。
改めて思うとこの世界に来てからも、桜庭が居たから、今まで恐怖を感じなかったのかも知れない。
「桜……庭……っ!」
あのバカ!
私は既に『猫探し』ということは頭から消えていた。
桜庭め!
戻ってきたら、こっぴどく怒ってやる!
だから!
だから! 無事でいて!




