1 ざまぁは書けないってば!
なんで? なんでこうなった?
ここはどこ? 私はどうなってるんだ?
文明の利器が氾濫している大都会にいたはずなのに!
気づいたら、利器の「利」の字もなさげな森の中。
なんでやねん!!
と、盛大に突っ込みたくなる状況。
頭の中はぐるぐる混乱の渦が巻く。
思考がまったく纏まらない。と言うより、訳がわからない。
確か……
確かあの時――
……ダメだ。なんも浮かばない。
その上。
なぜか隣に居たのは、担当編集者。
なんでだよ!
勇者とか騎士とか、王子様じゃなくて?
イケメンでもない、よりにもよってなぜコイツなんだ!
絶対にコイツがフラグ立てたんだ。
間違いない。
事の始まりは、この担当編集者からの依頼電話からだった。
★
私の名前は『多々良葉 鈴蘭 ータタラバ スズランー』
漢字の圧が凄い。
もちろん本名じゃない。所謂『ペンネーム』ってやつだ。
職業は作家。
一応、物書きをしている。
だが。
ヒット作ゼロ。ボツ作品は山のよう。
時々、Web小説に載せて頂いたり、企画原案を脚本に起こし、漫画用に落とし込む。そんな事をしていたりする。ちなみに、その時も私の名前を載せて頂けるのだが『漢字の圧が凄い』との理由で『Tataray』になっている。最早漢字でもない。
そんな作家活動であるから、もちろん収入など不安定な上に、ほぼ無いに等しい。
よって、今はコンビニバイトで生計を立てている。
「え? なんでそんな状態で作家なんかやってるの?」
と聞かれても、私にもよく分からない。
ただ十七歳の夏休みに、ほんの出来心で出したライトノベル新人賞で、うっかり佳作なんぞを戴いてしまった。それでまた、うっかり「才能あるんだわ!」と勘違いしてしまったのが、そもそもの間違いだったのだ。
以来、苦節およそ十年。
書いては悩み、捨てては悶え、通してはボツ。
泣きたい。
できれば嫁に行きたい。相手は未定。てか、居ない。でも嫁ぎたい。
そんな感じで地面を這うように日々を過ごしていた私に、なんと! 実に約半年ぶりに担当の編集者から連絡が来た。
「あのぉ~多々良葉さん。実わぁ、今年の秋から『ざまぁ創刊号(仮)』ってラノベ雑誌が出ることになりましてぇ。編集会議で、若手作家の登竜門? みたいな位置づけということに。書けますぅ~?」
声のトーンが妙に鼻につく。これが私の担当、桜庭。
私と名前の語感が似ているが、あちらはれっきとした本名である。
なにより気に食わないのが、苗字に「桜」とか付いてるところ。なんだよ桜って。神様は苗字にまで格差つけるのか。せめて「毒」とか「蛇」とか何かあるだろ。
でもまあ、それはいい。問題はその『若手の登竜門』って言葉だ。
若手? 私、若手って言ってもいいの? アラサー手前なんだけど。
あの十七歳の夏を『デビュー』と呼んでいいなら、十年前の話だぞ?
若手って名乗ったら、炎上しない? 大丈夫?
私これでも、意外と傷つきやすいからね!?
《場末作家(売れてない) 経歴詐称! 若手じゃないのに若手と名乗る!》
みたいな動画、流れてこない? めっちゃ不安なんですけど!?
「あのー。私、若手ってゆーかぁ」
ちょい、桜庭の真似をして言ってみる。
「あー問題ないですぅ。名前が売れてないってことなので~」
この野郎!
「別に年齢とかぁ、若くなくても(くすっ) 関係ないので。多々良葉「先生」いけますか~?」
先生の所を妙に強調して、言い放ちやがった。しかも年齢とか関係ないとか言った所で、ちょい笑いやがったが、桜庭お前も私と同じ歳だろ。
そう思ったが、それとは別で「ざまあ」とやらに、ふと意識が向く。
実は以前にも「ざまぁ系書いてもらえますぅ?」って 桜庭が言ってきた事を思い出したのだ。その時は、一か月くらいほぼ寝ずに、毎日毎日毎日! 原稿を書きなぐった。
なのに!
ひとつも通らず全部ボツ!
そして一つの結論に至った。
「私にざまぁは書けない」と。
もちろん、その時の担当『も』桜庭だ。
もっと気合いれて、通せよ! やる気だせよ!
こうなったら、書くんじゃなくて桜庭にざまぁをしてやりたい。そう思った。
それくらい、あの出来事はきっつい思い出と化している。
「あー、私にざまぁは書けないとおもい……」
「わっ! よかった~! じゃあ、多々良葉「先生」お願いしますねぇ」
「だからっ! 私にはざまぁ書けないとおも……」
「編集者は作家を追い詰めてナンボですぅ~! と言うことでぇ~、詳細はとりあえず、MILEで送って後日書面を郵送しまぁ~す。では失礼しま~す」
おい。ふざけるな。
通話は既に切れていた。
なにが『と言うことでぇ~』だよ!
挙句、追い詰めてナンボ!?
こちとら、命削って書いてんだよ! まじクタバレ!!
キー! と沸騰寸前の頭の中に、スマホのポポリリン♬が割り込んできた。
MILEの新着通知音。
MILEとは――みんなが普通に使ってる簡単チャットアプリ。
そのアイコンの右上に①と出ている。
あの野郎。マジで送って来た。
タップして開いた画面には――
『ざまぁ創刊号(仮)掲載用原稿依頼 文字数:5万字程度』
文字数、多いな!
いやいや、私、受けてないよね?
勝手に了承したみたいに会話進めた挙句、話聞かずに通話切ったよね?
桜庭! お前は絶対に、ざまぁされればいい!
そんな事を願いつつ……
それでも、MILEの画面を確認してしまう。
なんだかんだ言いつつも、書くことをやめられないでいるのであった。
――そして。
まさか、この原稿依頼が私の人生最大のざまぁになるとは!
この時はまだ、夢にも思ってなかったのである。






