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1 ざまぁは書けないってば!

 なんで? なんでこうなった?


 ここはどこ? 私はどうなってるんだ?

 

 文明の利器が氾濫している大都会にいたはずなのに!

 気づいたら、利器の「利」の字もなさげな森の中。


 なんでやねん!!


 と、盛大に突っ込みたくなる状況。


 頭の中はぐるぐる混乱の渦が巻く。

 思考がまったく纏まらない。と言うより、訳がわからない。


 確か……

 

 確かあの時――


 ……ダメだ。なんも浮かばない。


 その上。


 なぜか隣に居たのは、担当編集者。


 なんでだよ!


 勇者とか騎士とか、王子様じゃなくて?

 イケメンでもない、よりにもよってなぜコイツなんだ!


 絶対にコイツがフラグ立てたんだ。


 間違いない。


 事の始まりは、この担当編集者からの依頼電話からだった。



 私の名前は『多々良葉 鈴蘭 ータタラバ スズランー』


 漢字の圧が凄い。

 もちろん本名じゃない。所謂『ペンネーム』ってやつだ。


 職業は作家。

 一応、物書きをしている。

 

 だが。

 

 ヒット作ゼロ。ボツ作品は山のよう。


 時々、Web小説に載せて頂いたり、企画原案を脚本に起こし、漫画用に落とし込む。そんな事をしていたりする。ちなみに、その時も私の名前を載せて頂けるのだが『漢字の圧が凄い』との理由で『Tataray』になっている。最早漢字でもない。


 そんな作家活動であるから、もちろん収入など不安定な上に、ほぼ無いに等しい。

 よって、今はコンビニバイトで生計を立てている。


 「え? なんでそんな状態で作家なんかやってるの?」


 と聞かれても、私にもよく分からない。

 

 ただ十七歳の夏休みに、ほんの出来心で出したライトノベル新人賞で、うっかり佳作なんぞを戴いてしまった。それでまた、うっかり「才能あるんだわ!」と勘違いしてしまったのが、そもそもの間違いだったのだ。


 以来、苦節およそ十年。

 書いては悩み、捨てては悶え、通してはボツ。

 泣きたい。

 できれば嫁に行きたい。相手は未定。てか、居ない。でも嫁ぎたい。


 そんな感じで地面を這うように日々を過ごしていた私に、なんと! 実に約半年ぶりに担当の編集者から連絡が来た。


「あのぉ~多々良葉さん。実わぁ、今年の秋から『ざまぁ創刊号(仮)』ってラノベ雑誌が出ることになりましてぇ。編集会議で、若手作家の登竜門? みたいな位置づけということに。書けますぅ~?」


 声のトーンが妙に鼻につく。これが私の担当、桜庭。

 私と名前の語感が似ているが、あちらはれっきとした本名である。

 なにより気に食わないのが、苗字に「桜」とか付いてるところ。なんだよ桜って。神様は苗字にまで格差つけるのか。せめて「毒」とか「蛇」とか何かあるだろ。


 でもまあ、それはいい。問題はその『若手の登竜門』って言葉だ。


 若手? 私、若手って言ってもいいの? アラサー手前なんだけど。

 あの十七歳の夏を『デビュー』と呼んでいいなら、十年前の話だぞ?


 若手って名乗ったら、炎上しない? 大丈夫?

 私これでも、意外と傷つきやすいからね!?


《場末作家(売れてない) 経歴詐称! 若手じゃないのに若手と名乗る!》


 みたいな動画、流れてこない? めっちゃ不安なんですけど!?


「あのー。私、若手ってゆーかぁ」


 ちょい、桜庭の真似をして言ってみる。


「あー問題ないですぅ。名前が売れてないってことなので~」


 この野郎!


「別に年齢とかぁ、若くなくても(くすっ) 関係ないので。多々良葉「先生」いけますか~?」


 先生の所を妙に強調して、言い放ちやがった。しかも年齢とか関係ないとか言った所で、ちょい笑いやがったが、桜庭お前も私と同じ歳だろ。

 そう思ったが、それとは別で「ざまあ」とやらに、ふと意識が向く。


 実は以前にも「ざまぁ系書いてもらえますぅ?」って 桜庭が言ってきた事を思い出したのだ。その時は、一か月くらいほぼ寝ずに、毎日毎日毎日! 原稿を書きなぐった。

 

 なのに!


 ひとつも通らず全部ボツ! 

 そして一つの結論に至った。


「私にざまぁは書けない」と。


 もちろん、その時の担当『も』桜庭だ。


 もっと気合いれて、通せよ! やる気だせよ!


 こうなったら、書くんじゃなくて桜庭にざまぁをしてやりたい。そう思った。

 それくらい、あの出来事はきっつい思い出と化している。


「あー、私にざまぁは書けないとおもい……」


「わっ! よかった~! じゃあ、多々良葉「先生」お願いしますねぇ」


「だからっ! 私にはざまぁ書けないとおも……」


「編集者は作家を追い詰めてナンボですぅ~! と言うことでぇ~、詳細はとりあえず、MILEで送って後日書面を郵送しまぁ~す。では失礼しま~す」


 おい。ふざけるな。

 

 通話は既に切れていた。

 

 なにが『と言うことでぇ~』だよ!

 挙句、追い詰めてナンボ!?

 こちとら、命削って書いてんだよ! まじクタバレ!!


 キー! と沸騰寸前の頭の中に、スマホのポポリリン♬が割り込んできた。

 MILEの新着通知音。

 MILEとは――みんなが普通に使ってる簡単チャットアプリ。

 そのアイコンの右上に①と出ている。

 

 あの野郎。マジで送って来た。

 

 タップして開いた画面には――

 『ざまぁ創刊号(仮)掲載用原稿依頼 文字数:5万字程度』

 

 文字数、多いな!


 いやいや、私、受けてないよね? 

 勝手に了承したみたいに会話進めた挙句、話聞かずに通話切ったよね? 

 

 桜庭! お前は絶対に、ざまぁされればいい!

 

 そんな事を願いつつ……


 それでも、MILEの画面を確認してしまう。


 なんだかんだ言いつつも、書くことをやめられないでいるのであった。


 ――そして。


 まさか、この原稿依頼が私の人生最大のざまぁになるとは!

 この時はまだ、夢にも思ってなかったのである。

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