4.部活選択
陽太と一緒に部活見学をした後、僕は家に帰っても悩み続けた。
漫研。
文芸。
茶道。
演劇。
放送局。
軽音楽。
正直なところ、全部入りたい。だって文化部だ。運動部と違って、そうそう大会があるわけじゃない。
しかし、ひい、ふう、…6つも入れば、勉強に支障が出るだろう。
大学に行こうと思ったときに迷わず行けるように、わざと少しレベルの高い高校に入学したのだ。それなのに、部活で勉強を疎かにするのは、どうなんだろう……と。
そもそも、僕が何をしたいのか。
正直、あまりよく分かっていない。
じゃあ分からないなりに、今の自分の気持ちについて、書き出してみよう、とかなんとか。そう思ってノートを引っ張り出す。
「取り敢えず、こんな風に……」
ノートの1ページ目の上段から、さらさらと書いていく。
<部活について>
◯漫研
・活動がゆるくて、部員の人と趣味の話がしやすいというメリット
・反面、漫画を描けるほどの画力がなく、まんが甲子園などの大会で賞を取れる自信がない
⇨つまり、内申点にはあまり影響がない(悪い意味で)
◯文芸
・同じく趣味。小説投稿サイトを使って小説を書くためだけに使う。
・ただ、毎日ひたすら文章を書き続けることが出来るかが不安。
⇨そのためだけに文芸部に入るのは、自分にとって良いこと?
◯茶道
・お茶
・活動は週に1日、水曜日のみ
・正しい姿勢や、お茶の淹れ方などを知れる良い機会
・これなら他の部活と兼部しても、影響はない。しかも、参加すれば美味しいお菓子とお茶がただで飲める。お茶っ葉を手に入れて、それを使って自分で淹れて飲むことも可能。
◯演劇
・声と体を使う部活
・声優って言う職業が気になってる子は是非!っていうキャッチコピーを見て、密かに気になる
・声を使うのが好き。声で表現をするのが好き。だから楽しそうだけど、少し恥ずかしい
⇨演劇をやったことがないから
・演劇部は、文化部にしては大会が多い方らしい
◯放送
・同じく声で表現する局
・こちらは局なので、演劇部よりも声を使って表現をすることが多い
・どうやら大会もあるらしく、それはそれで良いな、と、少しだけ思っている
・自由に声で表現できるのは、とても楽しいんじゃないかと思った
・学校行事でも活躍している(入学式の時やってた)
◯軽音楽
・音楽系
・やるならば、ボーカルかドラムかな、なんて思っている
⇨ボーカルだったら、声を使うことが出来るし、ドラムなら多少ある音感を、少しでも活かせるかもしれないから
⇨それに音を刻むのは楽しい。ピアノもギターも出来ないけど、音を刻むことなら出来る。
「とは言えなぁ……」
メリット、デメリット、志望理由。
いくら書き並べても、何だかしっくりこない。
何と言うか……考えの上っ面だけを書き並べてて、自分の本当の気持ちがわかっていないような……そんな感じだ。
『結局、真音は何に入るのか決めたの?』
陽太の、何気ない、邪気のない声で紡がれた質問が、心に小さな棘となって刺さる。
「……決めてないよ……」
僕の声が、小さく、か細く、自分の部屋に響く__。
リリリリリ!!!
「うわっ」
__という雰囲気は、突如鳴り響いたスマホの音で、一瞬の内に壊され。
はっとなった自分に僕自身も驚き、未だ鳴り続けるスマホを、おっかなびっくり手に取り、電話に出る。後で着信音を、もっと小さいのに変えよう、と決意して。
『ちょっとぉー!遅ーいっ!』
耳に直接響く声。キーンと耳鳴りがしたのを慌ててスマホを遠くにやり、耳を塞ぐ。
「……っえ?あ、びっくりした……」
声のでかさに思わず引いてしまった身を元に戻しつつ、やっとそれだけを応える。
『……何よ。私よ私。あなたの愛すべきお姉様。違う?』
「っ、はぁ……」
電話をかけてきたのは、5つ上の姉だった。
名前を、斎賀千晶。
性格は女王様。高飛車かつ自信家で、大層モテる。男はもちろん、何故だか女にも、モテ、モテ、モテまくる、我が姉ながら普通の大学生よりも格段に色っぽい。そんな人だ。普通、女っていうのは、自分よりも綺麗な女がいたら、即嫌がらせをするもんだと思っていたから、それを初めて見たとき、とても衝撃を受けた。
女王様で、高飛車で、自信家でも、その上に更に広くカバーするほどの包容力__母性があるからこそだろう。
つまり、性格に難はあるが、比較的面倒見が良い人である、ということだ。
『……ねぇ、真音?今あなた、とても失礼なこと思わなかった?』
「気の所為だよ」
『本当に?相変わらず女王様だー、とかでも思っているような間だったけれど。……気の所為だったのかしら』
「うん、気の所為だよ」
探るような声色の姉に、今さっき思っていたことをおくびにも出さず、「気の所為だよ」をゴリ押しする。多分、兄貴だったら押し負けてる。意外と押しに弱いから、兄貴は。
『……ふーん。まぁ良いけど』
良いんだ。
「姉貴、今日はどうしたの?珍しいね、そっちから掛けてくるなんて」
彼女は少し口ごもる。
『……ちょっと、ね。相談があって』
彼女にしては珍しいことに、口ごもっている。
「何。面倒事でも起こしたの?」
『違うわよ!……いや、違わないかも?……私にもよく分かんない』
「えぇ……」
厄介ごとの匂いしかしない。
早々に切ろうとすると、姉は『切らないでね』と念を押した。
『私……今、好きな人がいてね』
……おぉ?
『付き合ってるんだけど』
…………あぁ。
『その人に、プロポーズされたの』
………………はぁ?
「え、は?ちょっと待って。今、姉貴、21だろ」
『そうね』
「大学生だろ」
『えぇ、そうだけど。それがどうかした?』
「大学生同士って、結婚出来んの?」
沈黙が落ちる。
姉は一度、息を吸った。
『出来るわよ、一応』
「一応って何、一応って」
『私が調べたの、軽くだし。結婚しようって言われてふわふわしながらの調べだから、裏取れてないのよ』
「適当だなぁ……」
『しょうがないでしょ。私、告白されるのは慣れてるけど、プロポーズされたのは初めてなんだから』
「うわ、リア充発言……」
何気に自慢してくんのやめろよ……という言葉は心の奥に仕舞いつつ。
「……本気で、結婚する気なの?」
『……うん。幸せにしたい、って、言われた。私も、一緒に幸せになろう、って言ったの』
姉の声は硬い。先程の楽しげな雰囲気は消え去り、ただ、確固とした意志が、そこにはあった。
僕はため息を吐き、「……で?」と問う。
「僕は何をすればいいの」
姉が息を呑む音がした。
『……いいの?』
信じられない、という言葉が聞こえてきそうだ。
僕は再度ため息を吐き、心中を吐露する。
「だって姉貴、僕が協力しないって言ったら、勝手に色々やりそうだし」
『どういう意味よ』
「でも、僕は姉貴に不幸になってほしいわけじゃないから」
電話の向こうの姉に、思いを馳せる。
「姉貴は見た目の割に、一途だから。1回惚れたら本気で愛するでしょ。自分の好きなように、自由にやれる姉貴だから、協力するんだよ」
自由にやれるのは良いことだ。自分がやりたいことが決まっていなくても、何となく芯があって、そこに沿うように決められるのだから。
『……』
抗議すべきか、否か。
そんなことを考えているかのような間があって、躊躇うように小さな声がする。
『……相手は、まだ言えないんだけど』
吸って、吐いて、吸って。
『……ありがとう』
「どういたしまして」
姉がふっと笑った声がした。
『じゃ、また連絡するから』
「ん。相手の人とも仲良くね」
『分かってるわよ……』
軽い応答の後、電話が切れる。
暗くなった画面を見て、僕は思った。
「結婚、か……」
あの姉が、結婚。きっと、多くの男性を泣かせることだろう。
「遠い話のはずなのに、やたら近く思えるなぁ……」
ふと、陽太のことを思う。
結局あいつの好きは、何なんだろう、と。
白萩さんのことが「好き」。
その「好き」は、キスしたいだとか、結婚して死ぬまで添い遂げたいとか、そういうものなんだろうか。ただの勘違いとか、状況が変わって興奮していることで過敏になっているだけではないのか……。
「なぁんてな」
僕が考えることじゃないか。
それよりも。
「目下の課題は、部活をどうするか……なんだよなぁ」
頭を抱えてベッドに突っ伏す。
スマホの電源を入れ、音楽アプリを起動し、ワイヤレスイヤホンを装着する。
掛けるのは「Stand By Me」。
「ひとまず……勉強、すっか」
これは逃げであると、自分でも分かっている。何か都合の悪いことがあると、すぐに勉強しなきゃと逃げる。悪い癖だ。
分かってて、だがそんな自分を叱ることなく、黙って机に向かい、教科書とノートをぺらりと捲る。
こうして今日も、真音の夜は更けていくのだった__。
今回も投稿が早いです。このままいいペースで書けるように頑張ります……。
またまた初登場!真音の姉、斎賀千晶ちゃんです!
真音と刻弥の姉で、自由奔放、なのに色んな人にモテる、ちょっとカリスマ性がある美女です。そしてとても迫力があります。意外にあんま怒んないです。
ここでちょこっと真音の家族構成について。
斎賀家は、父・寿、母・皐月、長女・千晶、長男・刻弥、次男・真音、三男・丈琉、次女・信乃の7人家族。丈琉と信乃は双子の兄妹です。年齢は上から、40歳(今年41歳)、42歳(もう誕生日迎えた)、21歳(もう誕生日迎えた)、16(今年17歳)、15歳(今年16歳)、10歳&10歳(今年11歳)です。年齢からわかるように、寿よりも皐月の方が年上です。
ですが、女性に年齢の話をしないようにしましょう。怒られますよ、ほんと。(実体験)